「いいんじゃね?元探偵の潜入術でいくつも人格を作り上げたことがあるってので。」
「………」
「誤魔化しの利く範囲ではあるだろ。」
「利くのか?」
「利くだろ。突っ込んで聞かれても特技って事で片付けられるさ。」
「…あんたがそういうなら…」

己の教育者であった者の意見を聞いて賛同を得られたので一先ず安心出来るだろう。小さく息を吐き出した刹那は改めて目の前の食事に没頭し始める。僅かに箸の進みが速くなったのを見逃さなかったアリーは目の前に座る青年に分からないよう、椀で隠しながら苦笑を浮かべた。
本当ならば自分達2人はこんな平和な国に赴く事など有り得なかっただろうに…

「嬢ちゃんに感謝だな…」
「鈍いところにか?」
「…お前も大概失礼だと思うぞ?」

 * * * * *

「うん、結構慣れてきたんじゃない?」
「そうか。」

何度か撮影を繰り返し表情のヴァリエーションも増えてきた頃になると、ニールのカメラも板につき、刹那の方も撮影のコツが掴めてきたようだった。最初は証明写真のようなものばかりだったが、この頃は雑誌の真似をしてみたり、衣装を着たと仮定した魅せ方を考えられるようになっている。
意図せずに目を閉じたものもなく、ぶれているものもないことを2人で確認していると刹那がふと思い出した。

「そういえば…もうすぐニールの言っていたお祭りの日だと思うんだが…」
「うん!準備ばっちりだぜ!」
「いや…そっちが準備良くても俺の方がまったく…」
「大丈夫大丈夫!任せろって!」
「ん…あぁ…??」

話が微妙に噛み合っていない気もするが、納得しておくことにする。きっと刹那が心配するような事もニールがきっちりと手を回してくれているかもしれない。それにお祭りだからといって特に何か用意しなくてはならないような事を言ってはいなかったはずだ。
一通り画像を確認し終えるとニールは再びカメラを構えて立ち上がった。その行動に条件反射のように刹那も腰を浮かせる。

「な?刹那。」
「なんだ?」
「寝転んで撮ってみようぜ?」
「…寝転んで?」
「そうそう。…えーと…こんなやつ。」

こてんと首を傾げてしまった刹那に分かりやすいようにと具体例に一冊雑誌を引きずり出すと目的のページを開いて見せる。開いたページには男性モデルが芝生の上で寝転がっているのを上から撮っている構図の写真が使われていた。体が動かせない分、手、腕、顔の向き、表情でメリハリをつけなくてはならない事を読み取ると頭の中で動作を幾つか組み立てると寝転びやすいように机を隅に押しやった。

「どちら向きとかあるのか?」
「そうだな…頭をベッドの方に向けてくれると嬉しいかな。」
「ベッドの方?」
「うん。ちょっと上がらせてもらうけど…これなら真上から撮れるでしょ。」
「…なるほどな。」

ベッドの上で立ち上がってレンズ越しにピントを合わせていると刹那が小さく微笑むのが見える。

「じゃ、指示出しまーす。」
「よろしくお願いします。」

いつもの言葉を掛け合い、2人は擬似モデルと擬似カメラマンになるのだった。

 * * * * *

「…うん…美人…」

夕食を食べ終えた後、ライルがお風呂に入る間にニールは今日の撮影記録をチップに移していた。移すついでにパソコンの画面で少し大きめに映し出して何枚か見比べていく。指示した時の笑顔と自然と溢れさせる笑顔を見比べては後者の笑顔にうっとりと見とれる。
今日は普通に座ったり立っていたりするものではなく、寝転んだ無防備な写真を撮らせてもらった。…とはいうものの、そういう意図で撮るとは言っていないので少し後ろめたくも感じるのだが…
それでも被写体になった刹那は指示通りの仕草をすぐに取り入れてくれ、本人は意図していなくともニールの思い描いたような写り方になっている。誘導したとはいえ、『その』画像の刹那はまるで…

「…これが本当だったら心臓止められそうだよなぁ…」

うっすらと開いた唇…こちらに向かって差し出される指先…反らされた首筋に意図せずともなってしまう上目遣い…まるで何かを求めるようなその表情はまさしく『おねだり』の表情に見えるだろう。
『演技』に入った刹那は普段とは正反対に表情が良く変わるし、こちらの思い浮かべるような表情を浮かべてくれる。けれどどこかぎこちなさのあるその表情に比べ、頭の中で必死に考えながら動いていたであろう『素の刹那』はニールの心に直接働きかけるものがあった。プロのカメラマンならすぐに引き出せるんだろうな…とまだ見ぬ商売仲間に嫉妬心を抱きつつ本日の練習と言う名の『収穫物』をチップに移して丁寧に直しこんでいった。

「兄さーん。」

丁度パソコンの電源を落とした時、部屋の扉が開いて同じ顔の弟が入ってくる。

「風呂、空いたぜ?」
「おう。さんきゅー。」

ライルが上がってきたらすぐに入るように準備していたらしく、デスクを離れると着替えを脇に抱えて入れ違いに出て行ってしまった。それを横目で見送って扉が閉まるのを待つ。自分のベッドに腰掛けてニールの足音が聞こえなくなるまでじっとしていた。

「…そろそろいいか。」

耳を澄ませば微かに水音が聞こえてくる。そろりと立ち上がりニールのデスクに置いたままにしてあるカメラを手に取る。少し弄れば再生モードになった。…が…

「…やっぱもう消してるか…」

この頃ずっとカメラを持ち歩いているようだから、もしかしたら画像がまだ残っているかもしれないという期待をしていたのだが…綺麗に何も残っていなかった。カメラを元の様に戻してちらりとノートパソコンを見つめる。

「…立ち上げてもパス分からないしなぁ…」

実はもう昼間に一度試してみたのだ。ニールのいない間に…と思ったが…やはり個人の持ち物である以上、徹底的に調べつくすにも限界があるし、いくら双子といえ、パスワードなんか分からない。昼間に出かけるニールを追跡しようにも自分の宿題が終わっていないし、出かける口実が思いつかないし…かと言って一緒に出かけるのでは追跡の意味を成さない。…しかも…と、ため息を一つ溢して壁に掛けた物を見つめる。

−自由製作もさっさと終わらせてるってどういうこと?

ここまで優秀に夏休みの宿題をやりきってしまわれると、双子という立場上、どうしても比べられてしまうだろう。これ見よがしに言われないとはいっても家でごろごろ過ごしているライルと、毎日慌しく出かけていくニールとでは、言いたくなくても言ってしまうだろう親の心境も分からないでもない…
とりあえずライルも早めに宿題を済ませて本格的に探りを入れようとはしている。けれど、こうして探せるところを探してしまうのは気になって仕方ないという気持ちの表れだ。

−気になって宿題どころじゃねぇんだよなぁ…

エイミーの方もそれとなく探りを入れるとは言っていたが…所詮は『妹』。ばれてはいけないという緊張から度々ニールに疑問を抱かれては普段と変わらない態度をとり、探りを入れることは叶わないという状態だ。土曜のピアノ教室も今まで通りにニールが送っているし、道中の様子を聞いてみてもなんら変わったところはない。

−…あ〜…祭りの日までに何とかしたかったなぁ…

盛大なため息を溢しつつベッドへと戻るとニールが風呂から上がってきたのだろう、廊下をぺたぺたと歩く音が聞こえてくる。カメラを見てた事がばれなかったとはいえ、結局何の収集もなかった事に僅かに落胆してしまったライルは、鼻歌交じりに戻ってきたニールを恨めしそうに眺めるのだった。

 * * * * *

本日。快晴。夜には綺麗な月が拝めそうだ。街中ではあるが、きっと星もきらきら瞬いて綺麗だろう。
そして…待ちに待ったお祭り当日でもある。
ラジオ体操に向かう道中、ニールは心の中で思わず「ハレルヤ!!!」とイエスに向かってお礼を何度も呟き、口に出していってしまいそうな程だった。
子供は帰宅時間が早いとはいえ、保護者同伴ならば多少の融通は利く。以前母親と話をした事のある刹那は第一印象が良かったのか、母の好みなのか…随分気に入られており、ニールが刹那と一緒に行きたいと言えば彼に迷惑を掛けない事を条件にお許しを得る。一応10時までには家へ帰る事を刹那に頼み、お祭りには二人きりで出かけられるように取り計らえた。
これらの事情もあってニールは朝から浮き足立っている。
それはもう…いきなり表情が崩れて口の端から笑い声を漏らすくらいには。

「…なぁ、ライル。お前の兄さんは病気か?」
「…いや。病気ではないかと…」
「でもさ…不気味なくらい笑ってるんだけど。」
「や。それはほら…箸が転げてもおかしい時季ってあるじゃない?」
「じゃない?って聞かれてもよ…」

ラジオ体操第二で腕を開く体操をしながらライルは傍にいる友達とぼそぼそと話し合う。話題に上っているニールはと言うと、腕をリズム良く左右に開きながら1歩踏み出す度に「ふふっ…」と笑いを溢していた。はっきり言って気持ち悪い。

「突っ込みでもしてやって治してやれよ。」
「いやぁ…突っ込みしてやると逆効果なんだよな。」
「あ…もうした後なの?」
「そ。キモイっつっても笑いを引っ込めろっつっても治るのは一瞬で…すぐにくふくふ笑い出すから諦めたの。」
「…あ…そ。」

弟とその友達から贈られる白い目にも気付かないニールは意気揚々とラジオ体操を続けている。しかしその心はすでにここにあらず。数時間後のお祭りへと飛んでいってしまっていた。

 * * * * *

「こんばんはー!」
「あぁ、よく来たな。」

お祭り当日ということで昼間は会わずに夕方から会うようにしていた。
マリナの方は先ほど出かけていった。なんでもエイミーが一緒にお祭りに行くのにどうしても『やりたい事』があるらしく、その準備の為にも彼女の家へ訪ねなくてはならないらしい。そんな訳でマリナとは一緒にお祭りには行けないが、向こうで出会えるだろう、と送り出し、入れ違いに来るだろうニールを待っていたら元気のいい声と共にやってきた。
…その腕に大きな布包みを抱えて。

「……なんだ?ソレは。」
「お祭りに行く用意。」

ストレートに疑問をぶつければ満面の笑みで返される。ニールが来ればすぐに出かけるものだと思っていた刹那は、外へとでかかった足を中へと向きを変えてニールを中に招いてやる。

「?…何かする事があるのか?」
「するってか…着替え。」
「…この服ではダメなのか?」
「ダメじゃないけど。」

とりあえず着替えというから自室に戻って着替えた方がいいか…と判断するといつものように部屋へと向かう。包みを受け取ろうとしたがニールが自分で持っていくと言って聞かないから、仕方なくドアを開けてやって中へと通した。

「お祭りに行くならこの格好だよな!って事で用意したんだ。」
「…言ってくれればこちらで用意したのに。」
「いーの!なんてったって俺の初・コーディネートになるんだから!」
「……なるほど。」

そこまで聞いてようやく納得がいった。準備を刹那にさせないのではなく、将来の『ニールの仕事』になるであろう内容だからだ。真似事であっても実践に沿ったことをしている刹那に比べ、ニールの方は未だ必要であろう事をやっているだけで、実践に沿う事はやっていない。なので、今回のお祭りに行く為のコーディネートが初めての実践になるのだ。

「服を選ぶのにいつも刹那を連れ歩いて見繕うんじゃきっと間に合わないと思ってさ。刹那の居ないところで選んで、それを今から着て貰って成功かどうか見れるってわけ。」
「それは楽しみだな。」
「だろー?しかも俺の分もあってお揃いなんだな。」
「同じものなのか?」
「うぅん。色は違うけどな。布地の種類は一緒。」

ほくほくとした笑みを浮かべて包みを床に広げていく。中には深緑と紺に幾何学模様の布が重ねられ、その上に狐色と浅葱色の帯が乗っていた。あとは小さい袋と箱が二つずつ。

「…民族衣装?」
「ん。浴衣っつってニホンの伝統らしいんだ。」
「へぇ…」
「ちょっと縫い目は荒いけど…綺麗に出来たんだ。」
「……ニールが作ったのか!?」
「うん。意外と簡単でさ。」
「…器用だな…」
「ほら、着付けるから脱いで脱いで!」

言われるがままに服を脱ぐとニールが広げた紺色の浴衣に袖を通す。前に回ってきたニールが合わせを確認して紐を結び、その上から浅葱色の帯を巻いてくれた。背中で帯びを結び終わったので、出来栄えを見るべく刹那の周りをくるりと回ってみる。

「どっか苦しくない?」
「あぁ。なんともない。」
「そっか。…うん。長さもおかしくないし…」
「…成功?」
「うん!」

残念ながら刹那の部屋には姿見の鏡はないのでニールの目のみが頼りになる。大満足といった風に笑うニールの顔に浴衣は上手くいったのは分かるが、ちらりと自分の体を見下ろしてみた。

「どうかした?」
「あ、いや。いつも黒か白ばかりだったがこういう色もいいな…と思って。」
「うん!すっげ似合う!」
「…そうか…」

袖を広げてみたり帯を手でなぞって見たりとする刹那を微笑ましく思ってしまう。そんな姿を見ながらニールも浴衣に着替えると箱から下駄を出して浴衣の余り布で作った巾着に財布を入れた。忘れ物はないか確かめると二人は颯爽と祭りへ出かけていった。


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