「…すごい人だな…」
「あぁ、この辺りに住んでる人はほとんど来てるんじゃないかな?」

世闇の中に煌々と白熱灯が灯された場所へ来ると、所狭しと並んだ出店の数に刹那は目を瞠った。まるで昼のような明るさに照らし出される人々は同じように浴衣を着ていて楽しそうな顔が行き来する。出店は神社の前から大通りをずっと並んでいるらしく、種類も色々あるというから刹那はニールに連れられて端から順番に見て回る事にした。

「あれ?ニール?」
「刹那、こっちこっち。」

人の往来に気を取られているとすぐ横にいたはずのニールが見当たらない。立ち止まってくるりと見渡すと少し前に人に埋もれてしまっているニールが見えた。早足に近づくとどうやらお目当ての出店を見つけたらしく逸れてしまったことに苦笑を浮かべている。

「ごめんごめん。」
「いや、構わない……これは?」
「どんぐり飴。ちょっと大きいんだけどいろんな味があって好きなんだ。」
「へぇ…」

説明してくれる間にもニールは小さな籠に色とりどりの飴を取り入れていく。並べられた飴を見てみると小さな札に値段と飴の味が書いてあった。選び終わったニールが店の人に籠を差し出すとビニールの袋に移してもらって会計を済ませる。

「おまたせ。刹那はいい?」
「ん。あぁ…あまり食べないからもったいないかな…と…」
「そっか。じゃ、あとでお裾分けするよ。」
「え…いや…」
「んじゃ、次!」
「…あぁ。」

いそいそと巾着の中に直すと、今度は刹那の手を掴んで歩き出した。この人ごみの中逸れない為の策だろうそれになんだか面映い気持ちになりながらついていく。
鉄板焼きを幾つか回って一つずつ買うとそろそろ時間だからと近くの神社へ方へ足を向けた。他にも同じように時間を気にしながら移動する人がいるが、その人たちは皆一様に川原へ足を向けている。それに首を傾げると少し前を歩くニールを呼んでみた。

「人の流れと違う方向のようだが…」
「うん。こっちで大丈夫。」

自信満々に歩くニールについて歩けば神社をぐるりと回って木の生い茂る広場に出る。きょろりと見回すとそこは芝生公園だった。

「…近くだったんだな。」
「うん。しかもあんまり知られてないけど…こっちのが悠々と花火を見られるんだ。」

いつもの場所とは少し違う場所に腰を下ろすニールに倣って刹那も腰を下ろす。ちらりと空を見上げれば神社方面に煌々と明るく光る出店の光が見える他はぽっかりと明るい光を放つ月が見えた。出店の辺りと比べれば暗いが真っ暗というわけではなく、月明かりで周りが確認出来る。出店で買ってきた食べ物を広げ夜のピクニック状態になりながらも少し遅い夕食を摂っているとふと時計を確認したニールが顔を上げた。

「そろそろ始まる時間だよ。」
「…花火か?」
「うん。」

空を仰ぐニールと同じように刹那も空を見上げると遠くで−どぉん−と低い音が響く。

「ッ!」

思わずびくりと肩を震わせてしまったがすぐに空一面に広がる光の粒に気をとられてしまう。

「これが花火。」
「…綺麗だな…」
「でしょ?…でも…大きい音は苦手?」
「え…」

一瞬だったのにニールは気付いていたようだった。心配そうな顔を向けられてしまう。
大きい音が苦手というわけではない。ただ…刹那にとって故郷の戦争を思い出してしまう音だった。けれど戦争を知らないだろうニールにそれを告げるのは気が引けてしまう。

「いや…少し驚いただけだ。」
「…そう?」

大丈夫だから、と微笑を浮かべればちゃんと納得は出来ていないだろう表情を浮かべたものの、それ以上は聞いてはこなかった。けれどミサイルの発射音に似ていると思ったのは最初だけで、その後は夜空に広がる色とりどりの花火を見て楽しんだのは事実だ。その様子にニールも安心したのか少しだけ知っているという花火の種類を教えてくれる。
しばらく上がっていた花火が止まると、それは終わりではなく中休みと言って次に打ち上げる花火の準備をする為の時間だと教えてもらう。その間にニールが巾着を漁り始めた。

「はい、刹那。」
「?…これは?」
「苺飴。」

さっき出店を回ってた時にりんご飴の出店があったのだが、夕飯を今食べ終えたところだから確実に食べきれないと思って小さい方を選んだのだ。熟した苺に赤い飴がコーティングされているそれは2人で食後のデザートに食べようと買っておいた。差し出された飴を持った刹那は興味津々の表情で飴と睨めっこをしている。まるで新しいものを与えられた猫のようだ…とニールは薄く微笑む。包みを開いてぱくりと食いつくとその様子を見ていた刹那も、手にしたものをしばし見つめてから真似をする。

「おいしい?」

ころころと口の中を転がして徐々に溶かしていくと、甘酸っぱい味がいっぱいに広がっていく。この前マリナに頼まれて焼いたお菓子とは全く違った甘さにきょとりと瞳を瞬いてしまった。

「…おいし…」

僅かに間が空いたが、返事を返してくれた。それとともに表情が和らいだから気に入ってもらえたのだと判断する。その表情だけでニールの胸は温かな気分でいっぱいになっていった。

 * * * * *

花火を満喫し、そろそろ門限の時間も近づいてきた頃、2人は刹那の部屋に戻って浴衣から私服へと着替えていた。刹那の浴衣はニールの夏休みの自由製作なので持ち帰るべく、来た時同様に包み両手で抱えている。

「あのさ、刹那。」
「ん?」

家まで送るという刹那と夜道をぽてぽて歩いていると、ニールが残念そうな声音で呼びかけてきた。振り返ればその表情は拗ねているように見える。つい今しがたまでニコニコと楽しそうにしていたのにこの変わり様は何だろう?と首を傾げればニールは歩みを止めてしまった。

「?どうした?」
「あのさ…俺、明日からアイスランドに行くんだ。」
「…あぁ…?」
「お父さんのお父さん…俺からしたらじいちゃんの家に行くんだ。」
「里帰り、というやつか。」
「ん。でね…1週間くらい…来れない…」
「そうか。」
「………」
「………」
「………それだけ!?」
「え?」

こっくりと頷いた後に何か言葉が続かないかと待ってみたが一向になく、思わず突っ込みを入れてみればきょとんとした顔をされてしまった。そんな刹那の表情にニールは荷物へと顔を埋めてしまう。

−…さみしくなるな…とか言ってほしかったんだけどなぁ…
「…ニール?」
−……贅沢か…

余計な期待をしてしまった事にがっくりうなだれてしまったニールは、「なんでもない。」と笑って誤魔化しておいた。刹那も刹那であまり納得はしていないが、こちらに明かすつもりはない事を読み取ったらしく何も聞かずに、再び歩き出したニールと並んで歩く。
そんな事をしていたら家の角まで辿り着いてしまった。

−ここを曲がれば1週間、刹那おあずけ週間に突入。

頭の中でその文句を浮かべただけで重いため息をつきそうになるが、ぐっと堪えて…

「曲がったらもう玄関だから。ここまででいいよ。」
「…そうか。」
−ライルに合わせたくないしな。

本音は欠片も見せずにほんわりと微笑めば素直に頷いてくれる。きっと刹那の性格からきちんと親に送り届けるまでと言って聞かないような予感がしていたが、年齢も考慮してくれたのかあっさり引いてくれた。まだ離れたくないとぐずってしまわない内に玄関へ向かおうとしたが…

「待て、ニール。」
「うん?何か忘れ物した?」

駆け出そうとしたところでぐいっと引き止められた。何事かと振り返ると眉間にシワを寄せた刹那が、ずいっと顔を寄せてくる。

「違う。代金を聞いていない。」
「へ?代金?」
「飴だ。」
「あぁ、いらないよ。」
「ダメだ。教えろ。」
「いいって。」
「ダメだ。」
「…………」
「…………」

しばし続く沈黙。ニールとしては今日一緒に行ってくれたお礼のつもりなのだが、刹那は納得してくれそうにない。かと言って代金をもらいたくない。そんな風にぐるぐる考えていると、一つ案が浮かんできた。

「…………わかった。」
「よし。」
「でも代金じゃなくて代わりのがいい。」
「代わり?…何かあるのか?」
「うん、あるある。」
「そうか。なら何でも言え。」
「…いいの?」

一か八か、で切り出してみればどうやら妥協してくれるようだ。否、の返事が返ってこなかった。

「?何故ニールが聞くんだ?」
「あ、いや…うん…」

首を傾げる刹那にニールはきょとんと瞬きを繰り返していた。

「んじゃ…ちょっとかがんでくれる?」
「あぁ。」

ニールに言われたように刹那が上体を折り曲げるとぐっと顔の距離が近付く。間近に迫る周防の瞳に、ニールは一瞬見惚れてしまった。けれど、じっと見つめる瞳にぎゅっと手を握りしめるとポツポツと言葉を重ねる。

「あと…目…閉じて…」

そっと伏せられたまつ毛は目元に影を作り、陰影を濃くしている。こくり、と喉を鳴らすと頬に手を添えてゆっくりと近づいた。

「………ん…」

重ね合わせた唇は微かにイチゴの味がした。

 * * * * *

朝6時。
ぱちりと瞳を開いた刹那はベッドから下りると服を着替えて顔を洗いに一階へ下りていく。
寝癖混じりの髪に軽くブラシを通してキッチンへ行くと、冷蔵庫の扉を開いた。
内容をざっと確認すると豆腐、油揚げ、ネギを取り出しシンクへ置く。更に卵も取り出して扉を閉めた。
鍋に切った材料を放り込み煮詰めている間に巻き卵を作る。綺麗な黄金色に焼き上がったところで時計を確認した。
そろそろマリナが起きてくる時間だ。
テーブルに食器と焼き上げた卵焼きを乗せて椅子を一脚引いておいた。一端リビングから出ると洗面所へ行き霧吹きとブラシを手に戻ってくる。すると階段の方が騒がしくなった。

「お、おは、よう!刹那!」
「おはよう、マリナ。」
「今日こそはゆっくり準備出来るようにって思ってたのに!」
「きちんと職場に間に合うのだから問題ない。」
「…そうだけど…」
「ほら、早く食べ始めないと本当に間に合わなくなる。」
「…えぇ。」

引いておいた椅子にマリナがつくと目の前にご飯と味噌汁を並べる。彼女が合掌してから食べ始めると刹那は後ろに回り霧吹きとブラシを手にもつれた長い髪を梳かし始めた。
食事を終えたマリナが慌ただしく着替えて出勤してしまうと、今度は二人分の食事の用意をしてテーブルについた。
そのままぼんやりとする事数分。リビングの扉が開く。

「今帰ったぜ…ってどうした?」

黒いスーツに赤毛を無造作に縛りつけた男、アリーが立っていた。いつもならキッチンに立ってまな板や包丁を片付けていたり新聞を読んでいる刹那がぼんやりと座っていた事に驚きの表情を浮かべている。

「あ…あぁ、すまない。少し考え事をしていた。掛けてくれ、すぐ準備する。」
「おぅ。」

二人分のご飯と味噌汁をテーブルに並べると二人も合掌してから食べ始めた。

「んで?」
「…何だ?」

味噌汁の入った椀を両手で包みながらちらりと視線を上げると、アリーの眉間にシワが入っている。卵焼きを突いていた箸を鼻先に突き付けられてぱちくりと瞬いた。

「何だ、はこっちのセリフだ。毎日毎日機械かってくらい規則正しく行動するお前ぇが、考え事でぼーっとしてた?何ぞあったってこったろ?」
「…そう…か…」
「とっとと吐け。何があった?」

突き付けた箸を置いて腕組みをするアリーに、刹那も箸を置いた。しばし箸置きを見つめていたが、きっと決意したように顔を上げる。

「アリー…そのまま座っていてくれ。」
「おぅ。」

アリーの返事を聞いた刹那は一つ頷くと椅子から立ち上がり彼の横へ回ってくる。刹那の手がアリーの肩に乗り、相手を伺うようにじっと顔を見つめていたが…

―…ちゅ…

不意に顔が近づき可愛らしい音と柔らかな感触を唇に残して離れていった。

「……………」
「……………」

直後に広がった沈黙はさほど長くは続かなかった。

「……………おい。」

口元を押さえた刹那がバタバタとシンクへ駆けて行きうがいを始めている。それを半目になり眉間にシワを作ってアリーがツッコミを入れた。

「お前…失礼にもほどがあるだろ…」
「いや…すまない…酒とタバコの味がして…つい…」
「そりゃあ、仕事柄しゃーねぇわな。」

濡れた口元を拭った刹那が席に戻ると、卵焼きを口に放り込んだ。口の中に広がる苦味がマシになった気がする。

「で?キスがどうかしたのか?」
「あぁ…実は先日、奢ってもらったんだが…代金を受け取らない代わりにこれでいいと言われて…」
「ははぁん…どうして代わりになるか分からなかった、と。」
「あぁ。」

納得顔をするアリーに比べ、刹那は表情を曇らせたままだ。それをにやりと笑いぐっと上体を倒してくる。

「相手は聞かねぇが、ずいぶん気に入られてんだな?」
「?どういう意味だ?」

ニヤニヤと締まりのない顔をしているアリーに若干引きつつ聞き返せば、びしり、と指先を突き付けられる。

「唇にキスなんざ、『愛してます』ってやつだろ?」
「……あ…い?」

ぽんと告げられた言葉に刹那は瞬いた。あの行為にそんな意味が含まれているなんて思ってもみなかったのだ。

「……おれ…は…」

途端に上手く回転しなくなった思考と揺れる視界で自らの声が震えているのを聞いていた。

「おいこら。」
「…っ…!」

突然コツリと額を小突かれてぴくりと肩を跳ねさせた。

「自分に愛される資格などないなんて言うんじゃないだろうな?」
「…ぇ…」
「図星か…」

深々とため息をつくアリーに刹那は俯いてしまう。机に膝をついたアリーはしばし刹那を見つめたあと箸を手に取った。途中だった食事を再開している。それに倣って刹那も箸を取った。

「…別に人の考えにどうこう言うつもりはねぇが…」
「…あぁ…」
「その考えはとっとと排除しとけ。」

言葉を発し終えたと言わんばかりに味噌汁を啜り始めたアリーを、刹那はちらりと見上げてまたすぐに手元へ視線を下ろした。

「………了解…」

朝食が終わればアリーは朝風呂を済ませて就寝する。つまりはここから刹那の自由な時間となる。いつもなら、芝生公園へ出向いて木の根元を調べてニールが来るか来ないか確かめていた。だが、先日彼からアイルランドにいる祖父母の家に行くので一週間は来れないと聞いている。つまり、する事がなくなってしまったということだ。

「………」

食器を洗い終えた刹那はしばらくシンクの前でぼんやりしていたが、何か思い立ったかのリビングから出て行ってしまった。


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