「うん。ないにはないのだけれど……サプライズの好きな人だからね」
「サプライズで……何もない日に変装?」
「ふむ……そういえば何も無い日だね。可笑しな事を言ってしまった。申し訳ない、そしてすみません」
「あ、いえ……大丈夫、です」

 サプライズが好きか嫌いかといえば好きだが、何の記念日でも誕生日でもない日にまでするほどではない。これがハロウィーンだったりしたのならば分からないでもないだろう。けれどハロウィーンまでまだ何ヶ月もあるし、キースの誕生日でもない。それとなく否定出来る方向に持って行きながら様子を伺えば納得したのか、うんうん、と何度も頷く。なんとか思い描いた結果を得られそうで思わずほっとしてしまう。

 だが、それも束の間だった。

「少し、お話をさせてもらってもいいだろうか?」
「え?」
「待ち合わせをしているように見受けたので、相手の方が来るまでで構わない」
「あ……え、と……そう、ですね。少しなら……」
「ありがとう!」

 ぱぁっと満面の笑みでお礼を言うと、キースはジョンの反対側に腰かけた。話をするのだから真ん中に愛犬がいては確かに話し辛いだろう。けれど……

「(…………近くね?)」

 カバンを置いてあるとはいえ、やけにぴったりとくっついているように感じる。単なる国民性の違いかとは思うのだが、かなり落ち着かない。引きつっているだろう口元を何とか笑みの形に留め、再び頭を預けてきたジョンを撫でる事に集中する。しかし広がるばかりの沈黙にますます落ち着かない。

「……あの?」

 いつまでも続きそうな沈黙に耐えかねてそろりと振り向いてみるとじっとこちらを見つめていたらしい。いつもと変わりないにこにことした笑顔のはずなのだが、何故だか違う雰囲気に見える。遠慮がちに声をかけてみると、は、としたような反応が返ってきた。

「あ、失礼。つい見惚れてしまって」
「は、はぁ……」

 こうもはっきりといわれるとかなり恥ずかしいものがある。居た堪れなくて顔を背けてしまった。

「……貴女は……」
「え?」
「私の好きな人にとても似ている」
「……は、ぁ」

 ぽつりと零れた言葉に目を瞠った。これは滅多と聞けない恋話ではないのか、しかもキング・オブ・ヒーローの!!と、興味津々になってきた虎徹の顔がキースの方へと自然に向けられる。そんな行動を特に気にするでもなく膝の上で両手を軽く組んだ。

「最近、近くにいて見ている事が増えてね。屈託のない笑みはきらきらと輝いて見ているととても心が温かくなる」

 声音がとても柔らかく優しく感じられる。まるで小川のようにゆったり紡がれる言葉に引き込まれていった。

「黒い髪に、きらきらとした瞳で、身長は私よりも高いのだが、守ってあげたくなるんだ」
「へぇ……」

 勝手なイメージでは小柄で小動物的な可愛い女の子を思い描いていただけに彼よりも高身長であることで驚いてしまった。けれどそれは彼が相手の事を外見だけに囚われることなく内面で見ているだろう事を確信させている。少ないけれど得られた身体的特徴から青空に描いた人物像を訂正していく。タイプとしては綺麗系の方がしっくりくるな、と考えていると更に情報が加えられた。

「女性である貴女に失礼かもしれないが、雰囲気が彼に似ていてずっと見ていたくなってしまうんだ」
「…………え?」

 更に与えられた情報でほぼ完成していた人物像が霧散してしまった。それどころか今とんでもない事を聞いた気がする。思わず宙を彷徨わせていた瞳を下ろしてくると、聞き間違いだっただろうか?とキースへと向き直った。

「……それどころか、彼が貴女だったらなどと考えてしまっている」

 真っ直ぐに向けられる青い瞳がまるで呪縛のように意識を支配してしまう。瞳を逸らすことも出来ずにただただ魅入られるように見つめ続けた。その瞳が徐々に近づいてくるかのようにも錯覚してしまう。

「わぅ!」
「わ!?あ、ご、ごめんごめん!」

 どれほどそうしていただろう?フリーズしてしまったのは思考だけではなかったらしい。頭に置かれた手が一向に動かない事にジョンが拗ねてしまった。むっとした様子で見上げてくるジョンの頭を撫で回して機嫌をとる。むしろ頭の中が真っ白で撫でる事以外、何も出来そうに無い。

「いきなり変な話をしてしまって申し訳ない」
「え、あ、いや……その……」

 横で立ち上がった気配に思わず肩を跳ね上げてしまう。けれど苦笑を浮かべすまなそうな顔を見上げてこちらも曖昧な笑みを浮かべた。するとますます所在無さげに頭を掻き始める。

「誰かに聞いてもらいたかった、といえばそうなのだが……」
「そう、ですね……誰かに聞いてもらうと落ち着けますものね」
「……そうかい?」
「えぇ」
「そう……そうか……ありがとう!」
「わっ!」
「そしてありがとうございます!!」

 なんとか切り返せた無難な言葉にぱぁっと表情が明るくなった。更に手をぎゅっと握って勢い良く握手をさせられる。上体ごと揺さぶられるような勢いに膝でまったりしていたジョンが慌てて降りてしまった。

「話を聞いてもらったおかげで勇気が湧いてきたよ!」
「そ、それは、よかったです」
「彼ともっと接して交流を深めてみることにするよ」
「そうですね、がんばってください」
「あぁ!本当にありがとう!」

 いつになく熱くガッツポーズまでして語りだしたキースについつい虎徹も熱が入ってきた。うっかり同じようなガッツポーズを作って応援までしてしまう。そんな二人につられたのかジョンまで興奮してベンチの周りを走り回っていた。

「貴重な時間をお邪魔しました」
「いえいえ。お役に立ててよかったです」
「それでは!」

 来た時同様、愛犬を連れて颯爽と駆け出した青年に虎徹は手を振って見送りをした。満面の笑みと軽いフットワークにこちらも満足してしまう。

「……それにしても驚いたなぁ」

 次第に小さく見えなくなった後ろ姿に、とんでもなく意外な話を聞いてしまった、と思わず瞬いてしまう。再び一人きりになってしまったベンチの上でふと青空を見上げる。耳に残る彼の人の想い人を僅かな情報から作り上げていった。

「……キースのやつ……アントニオが好きだったとは」

 虎徹の脳内で構成されたのは、キースよりも背が高い黒髪の男……アントニオだった。
 ヒーロー事業が統括されたことによってトレーニングジムが同じ場所になったのだから最近よく出会っている。それに屈託なく豪快に笑う様はこちらも楽しくなる。それに虎徹と雰囲気が似ているのは腐れ縁故だろう。もしアントニオが女だったら間違いなく巨乳だ。今の自分の格好よりももっとメリハリボディだろうし、魅力的に違いない。
 つらつらと考えてうんうんと頷く。その頃、某焼肉チェーン店の一角で大男が盛大なくしゃみをしていたのは虎徹のあずかり知らぬことだ。

「さり気に応援とかしてやれないかなぁ……ん〜……でも俺、こういう恋愛沙汰においては何をやっても裏目に出るって言われたしなぁ」

 是が非にも悩める好青年の応援をしてやりたいのだが、過去にそういった類の行動を起こして悉く失敗に終わった苦い思い出が蘇る。落胆のため息を吐き出しふと時計を見上げると約束の時間の少し前だ。ひどく長く感じたのだが、実際はほんの数分だったらしい。
 時計から視線を下ろしていくと見慣れたシルエットがこちらに向かって駆けてくるのが見えた。

「すみません!タイガーさん!お待たせしてしまって」
「あ、いや、俺も早く来過ぎただけだし……」

 ベンチの前まで来たイワンは両肩で息をして膝に手をつきなんとか呼吸を整えようとしている。全速力で走ってきたらしく、もともとふわふわに跳ねている髪がくしゃくしゃになっていた。
 そっと手を伸ばして手櫛で梳いてやると大げさなくらい肩を跳ねさせて顔を上げた。

「お、っと……」
「す、すいませんっ……びっくり、して……」

 虎徹の方も驚いて手を引くとあわあわと目に見えて焦るイワンが酷くおかしい。そんな彼に小さく笑いを零しているとますます赤くなった。

「?どした?」
「あ、あの……っ」
「うん?」
「その……服装とか……髪型とか……」
「あ。あぁ……思い切ってイメチェンしてみたからな。変だったか」
「変だなんてとんでもないっ!とっても愛らしくて可愛くてっ!に、似合ってて……直視、できないくらい、照れ、ます……」
「・・・〜〜〜〜〜あ、ありがと……」
「……は、はい……」

 次第に尻すぼみになっていったストレートな褒め言葉に今度は虎徹の頬が熱くなる。顔を見ていられなくなって互いに逸らしてしまった。
 そんな状況がどれほどか続くとイワンの呼吸が整い、身なりをぱたぱたと整えだした。その様子に落ち着いた虎徹は少し困った表情を作ってみせる。するとイワンはきょとりと瞬いて首を傾げた。

「なぁ、折紙?」
「はい?」
「オフの時にこの姿で『タイガーさん』って呼ばれるのはちょっとなぁって思うんだけど」
「あ!そ、そうですよね!すいません!気が回らなくて!」
「あ……俺も『折紙』はやばいか」
「あ……」

 相手に注意しながらも自分自身も使ってはいけない呼称を使っていることに気づいた。ぱちりと視線を合わせ、しばらくすると笑いがこみ上げてくる。ぷっと小さく吹き出すと、バッグの中からハンドタオルを取り出すと手招きをした。近づいてくる顔にそっと手を伸ばして額に浮かぶ汗をふき取っていく。

「お互い名前で呼ぶ方がいいよな」
「は、はい……」
「じゃぁ……イワン?」
「〜〜〜はいっ」

 伺いを立てるように疑問形にしてみるとぱぁっと輝きを増して必死に頷く。そんなイワンの様子に笑みを深めると、「あ。」と言葉が零れた。

「あの……僕はなんとお呼びましょうか?」
「え?」
「その……虎徹、という名は……男性に使われるものですよね?」
「あぁ。知ってた?」
「あ、いえ、その……調べて……」

 さすが、というべきだろうか?日本大好きと豪語するだけあってよく調べてある。けれど合っているかどうかの自信はないらしく、眉がへなりと下がったままだ。

「間違えてますか?」
「いんや、そんなことないよ?確かに虎徹ってのは男の名だ。本名を文字って作ったからな」
「あ、じゃあ本当のお名前は近いんですね?」
「うん。オーソドックスな日本の名だしな。当ててみる?」
「はい!」

 あっさり教えてもよかったのだが、ワクワクとドキドキが顔にはっきりと書かれた表情にクイズ形式にしてみた。よく調べてあるのだからすぐに分かるだろうと返される答えを待ってみる。

「ということは……虎子さん!」
「……そっちを残しちゃったのね……」
「あれ?」

 自信満々と言わんばかりの顔で弾き出された答えは期待を見事に裏切ってくれた。思わずがくーん……とうなだれてしまう。しかし、ニアミスとも言えるからお小言はなしだ。

「虎じゃなくて。もう片方の字を使ってくれるか?」
「えと、徹子、さん?」
「そ。そっちが正解。
 アントニオの呼び方で分かると思ったんだがな」
「えぇと……あぁ、テツって呼んでらっしゃいますね」

 大きなヒントとなる人物を上げればよほど納得がいったのだろう、両手をぽんと打ち鳴らした。うんうん、と何度か頷いたと思えばふと顔が挙げられる。その変化にきょとりと瞬いているとふわりと微笑みが浮かんできた。

「徹子さん」

 まるで囁くような優しい呼びかけに胸の奥がきゅっと締め付けられるような感覚に見舞われる。次いで頬がかぁと熱くなるので慌てて伏せてしまった。

「〜〜〜」
「徹子さん?」

 不覚。としか言い様がなかった。まさか名前を呼ばれるだけでトキメク日がまた来るとは思わなかったのだ。急に黙ってしまった為に不安になったのだろう、心配そうに覗き込んでくるイワンにどうにか取り繕った笑顔で、大丈夫だと告げた。


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