〜こんな急展開〜


 突然聞こえてきた声に首を捻ると、イワンがぽつりと立っていた。紙袋を提げている辺りどこかで買い物をしていたのだろう。しかしこの辺り一帯は居住区であり、ショッピングを楽しむような場所はなかったはずだ。
 という事は……虎徹を尋ねてきたのだろうか?

「……え……っと……」

 きょとん、とした表情のイワンに何を言えばいいのか……さっぱり思い浮かばない。

「………」
「………」
「よぉ、折紙」「マネージャーさん?」
「………」
「………」
「「え?」」

 ようやっと沈黙から抜け出した二人が互いにかけた言葉に仲良く首を傾げる。

「……あ……?」

 イワンの言葉に虎徹はしばし考え込む。先ほど『タイガーさん』と呼ばれたのに、今度は『マネージャー』と呼ばれたように思う。と状況整理をしていて、はた、と気付いた。先ほどまでマーベリックとディナーへ出ていて、レストランから直帰してきたのだ。

 つまり……今の自分の姿は『ワイルドタイガーのマネージャーである女性』。

 今までイワンを含めたヒーローとの付き合いを思い出してみると、ヒーローTVのパーティーに少しだけ顔を出してすぐに帰る、という行動をしていた『マネージャー』は、マスクを被っていない時のイワンに会っていないはずだ。

「ッ!!!」

 己の失態に気付き、虎徹は頭の先から血の気が引いていく感覚を味わった。

「あ……の……」

 一方のイワンは、会えなかった『ワイルドタイガーのマネージャー』に会いたいという気持ちが高ぶりに高ぶって、とうとう押さえきれなくなった。その結果、ネイサンに虎徹の住所を聞き出し手土産を持って訪ねてきたのだ。そろそろ日付が変わるような時刻になってしまったのは、ギリギリまで悩んでいた為で、訪ねて、もし虎徹が寝ているようだったらやっぱり諦めようとしていた。
 ……実を言うと、『ワイルドタイガー』こと、虎徹と二人きりになるというのも彼としては酷く緊張を強いられるものなのだ。今までヒーローTVでしか会わなかった相手は、自分が憧れるヒーローそのもので、己よりも何よりも人命救助を最優先に動く。時にそれは多くの建物や公共物を壊す事になっているが、それでもイワンの憧れには違いない。

 ……ただ、自分でも不思議だと思うのは……

 傍にいるだけでドキドキして、話しかけられるだけで頬がじんわりと熱を帯びる。微笑みかけられた日なんかは一日浮かれてしまいがちになってしまう。

 憧れ、というには強すぎる感情に戸惑いを覚えつつ『会いたい』という一心でここまで来たが……

 虎徹のアパートの正面にある階段で座る人影。遠目では誰だか分からず、そろり、と近づいていくと、聞き覚えのある声が『彼』しか使わないネーミングを空へ轟かせた。声と放たれたネーミング。その二つから訪ねる相手の名を呼べば、振り向いたのは『愛しの君』。
 あれ?と内心首を傾げながら、今度は実名を知らない為に相手の元担当職を口にすれば『折紙』と呼ばれた。ここでまた首を傾げる事になる。

「………」

 目の前に座っている人は……間違いなく愛しいあの人。
 いつもパーティーで会う時は、ドレスは苦手だから、と首周りの開いたドレスシャツとワイルドタイガーとお揃いのパンツスーツを着ていた。メイクを嫌う彼女はいつもルージュだけは引いており、上司である黒人の男性と一頻り話をしていたかと思えば、いつの間にかいなくなっていた。かと思えばネクタイに時間がかかったと苦笑いを浮かべるタイガーが現れていたように思う。

「・・・」

 ……もしや、と思い立った。未だ座ったままの『彼女』の目の前までくると、そっと手を差し出した。

「……握手、してください」
「へ?……あ……はい……」

 突然何を言い出すんだろう?と不思議に思いながら、ここで握手ごときを断る理由もない。むしろ変に疑われて色々聞かれる方が面倒だ、と差し出された右手を握り返した。すると、ほわり、とした笑みを浮かべたイワンの顔に、へらり、と曖昧な笑みを浮かべる。

「!?」

 瞳を伏せた、と思った次の瞬間、紫色の瞳はNEXT特有の青い輝きを放ち始めた。唖然としながら見上げる内にも、体全体が輝きに満ちた途端、目の前には『自分の姿』が現れる。

「……え?……」
「これが僕の能力です」

 そう言って話す声も自分の声。ドッペルゲンガー、という単語が頭に浮かんだが、能力、と答えた単語が頭に引っかかった。

「触った相手に擬態する能力」
「……ってことは……」
「教えてください。」

 初めて見る折紙サイクロンの能力に虎徹は瞬いた。見切れる事に精を出す彼はいつも派手な戦闘には加わらず、援助攻撃や人命救助をこなしている。それはもしかしたら、戦えないのではなく、戦いに向かない能力のせいだったのかもしれない。
 そんな考えに思考を乗っ取られていると、掴まれた手をきゅっと握られる。真剣な眼差しが己を貫いていた。

「この体は『マネージャーさん』ですか?……『タイガーさん』ですか?」
「!」
「……それとも……『両方』、ですか?」

 思いつめた表情。確信を持ちつつある考えに決定打を与えてくれ、と懇願するその面持ちに、虎徹は一度顔を伏せた。

「……折紙……」
「!」

 再び呼ばれた名前は、『愛しの君』が知るはずのない自分のヒーロー名。やはりこの人は『イワンが折紙サイクロンだ』という事を知っている人だ、という確信を得た。
 しかし、疑問はまだまだわきあがる。

「ひとまず、能力の解除してくれるか?」
「……はい」
「こんなとこでする話じゃないからな。家に入れよ」
「……お邪魔します」

 どんどんと溢れ出す疑問をどうぶつけていいのか、途方にくれかけていたイワンに声をかけたのは虎徹の方だった。

 * * * * *

「ちょっと散らかってるけど……適当に座ってくれ」
「……はい……」

 キッチンでケトルに水を注ぎ始めた後ろ姿を見て、イワンは部屋の中を見回した。あまりじろじろ見るのは失礼なのだが、好奇心が勝り、抑えられそうにない。
 散らかってる、とは言ったが、ソファの隅に見慣れた私服一式とハンチングが引っ掛けられ、ローテーブルの端にポーチと大きめの鏡が放置されているくらいですっきりと片付けられている。室内の雰囲気も少しレトロな感じといえばいいだろうか。
 ぐるり、と見回して、一箇所で視線が止まった。

 ローボードに飾られている写真立て。

 小さな女の子の写真がいくつか飾られている中、一つだけ伏せられていた。それは強い違和感を醸し出し、瞳を釘付けにしている。

「可愛いだろ?」
「え?」
「一人娘なんだ」

 トレイをローテーブルの上に置いた彼女はすぐ隣までくると比較的新しい写真を手にとった。その写真には、元気いっぱいに満面の笑みでピースサインを突き出している女の子がピンショットで写されている。

「こんな仕事してるから、一人きりにしてしまいがちになるだろ?
 それに、決まった時間に帰って来れるわけでもないし……
 夜中に出動することだってある。だから実家に預けてんだ」
「……淋しい……ですね……」
「……娘が……な。」

 そう言って切なげに微笑む顔は見ていて胸が痛くなる。見ていられずに思わず顔を反らしてしまった。

「……これ。」
「?」

 持っていた写真立てを元に戻して伏せられた写真立てを指さす。指先で淵をなぞるだけでひっくり返そうとはしない。その動作からちらり、と顔を見上げると瞳をゆったり閉じてから視線を投げかけてきた。言外に「見て」と言われたのだと気づくとそっと持ち上げる。

「!」
「人生で初めて女で良かった、って思った瞬間」

 そろり…と表を向けた写真の中には、純白の衣装に身を包んだ虎徹がはにかんでいた。隣に立つタキシードに身を包んだ男性と抱きしめ合い、幸せそうな表情を浮かべている。

「……綺麗……」
「はは!もう大昔の姿だからな。照れちまうぜ」

 豪快に笑って頬を掻く虎徹と写真の中の女性を見比べる。服こそ違えど、浮かべる笑みも顔も、何をとっても同じ人物だ。

「……女性……だったんですね……」
「……あぁ」
「でも……『ワイルドタイガー』さんは……男性……ですよね?」
「……うん、そうだ」

 現役10年目のベテランヒーロー『ワイルドタイガー』。ヒーロースーツと能力発動時の影響からか、巨漢に見えるが……パーティーなどではいつも細い線を描き出している体に驚いていた。けれど、どう見ても『男性』だったように思う。確かめるようにぽつり、と聞いてみても肯定の言葉が返ってきた。

「ちょっと長くなるけど……」
「はい。聞かせてください」

 * * * * *

「トモ〜!見ろ、これ!ワイルドだろ!!」
「……どうしたの?それ」
「ベンさんが考案して作ってくれたんだ♪ステルスとかレジェンドみたいにヒゲ生やしたいけど生えねぇからさ。代わりにって作ってくれたんだぜ!」
「へぇ……やるなぁ……ベンさん」
「だよなぁ……もう、凄過ぎて惚れちゃいそう☆」
「……………」
「?トモ?どうした?険しい表情しちゃって」
「惚れそう?……ベンさんに?」
「ん?おぅ。めちゃくちゃ格好良くて惚れるかも」
「……へぇ……」
「………トモー?」
「なんですか?」
「ベンさんは社会人として好きなんだけど」
「……ふぅん……」
「なぁ……トモ……まさかと思うけど……ヤキモチ焼いてる?」
「………」
「………」
「………」
「………」
「………焼いてますが、なにか?」
「………マジで?」
「最大のライバルは『牛』ばかりだとばかり思っていたのに……とんだ伏兵でした。
 しかもこんな近くにいるだなんて……引き離そうにもこれからずっと仕事で顔を合わせないといけないし、話さないなんてことも到底無理。君に関しては異常なほどに心が狭くなるから寛大なあの人に勝てっこないし、唯一勝てるのって言ったら若さとか……それもほんの数年で……って……
 何ニヤニヤしてるんです?」
「ん〜?だってトモがすっげぇ焦ってんだもん」
「悪かったですね?……余裕がなくて……」
「悪かないよぉ〜?たださ……」
「……何です?」
「め〜っちゃくちゃ嬉しいこの気持ちをどうやったら伝えられるかなぁ?って。」
「………嬉しい?」
「おぅ!鼻歌なんか歌っちゃいたいくらいに」
「じゃあ、ぎゅってして」
「ぎゅ?」
「ぎゅ。」
「ハンドレットパワーなしで?」
「もちろんなしで。」
「……うし。んぎゅ〜」
「ん。」
「……こんなんでいいの?」
「うん、充分だよ」
「ふぅん?」
「だって……」
「うん?」
「テッちゃんの柔らかい胸が目一杯押し付けられてすっごく気持ちいいから」
「ッだ!!トモのえっち!」

 朗らかに……楽しげに話し合う二人を夢に見た。
 遠い遠い日の夢。
 幸せな……暖かい日の夢。
 そんな日はいつも決まって、明るく振る舞うことにしている。
 気を抜くと……泣いてしまいたくなるから……


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