「では、こちらを一冊よろしく!そしてお願いします!」
「は、い…」

 あまりその口調で大声を出さないで、とは面と向かって言えないままそそくさと会計を済ませる。何せ、この周辺は『空虎』密集地なのだ。よって、皆もちろんのこと『スカイハイの口調』に敏感なのだから何人かが勢いよくこちらを振り返っている。その風景を彼の肩ごしに見て苦笑いを零した。

「そして大変申し訳ないのだが」
「え?はい??」
「『薔薇の花園』さんはどこにあるのか分かるだろうか?」

 困った、という色を前面に出した笑みで彼は小首を傾げる。良い歳こいた男が可愛い仕種してんじゃねぇよ!と頭の隅で突っ込むも、それ以上に深刻な問題が突き付けられていた。

「…『薔薇の花園』…ですか?」
「うむ。配置図を見てはいるのだが、実際に歩いてみるとどの辺りなのか分からなくなってしまって」
「ソ…ウ…デス、カ。」

 まさか自分のサークルを探されているとは思ってもみなかったカリーナはギリギリ絞り出した声で返事をする。てっきり空虎サークルばかりで狩をしているのだと思い込み、他人事に感じていただけあって衝撃が半端ない。

「あ、の…」
「うん?」
「あのサークル…空虎じゃない、ですよね?」
「あぁ、それが、少し恥ずかしいんだけれども…」
「…はい…」
「ワイルド…タイガー、君の魅力にやられてしまっていてね」

 うっかりいつものように『ワイルド君』と呼びかけたキースがギリギリのところでかわせたので内心ほっとしつつ、続きを待った。

「彼が受側のサークルはほぼ網羅しているのだよ」
「…ヘェ…」
「『薔薇の花園』の他にも『張子の龍』も気にいっているんだ。
 けれどやはりスカイハイ贔屓なのでね。空虎エリアは一通り回らせて頂いているんだ。
 中でもこちらの『部長と部下』さんは見ていて嬉しい、そしてとても大好きだ」
「…は…ぁ…」

 以外にも程があるキースの腐属性話を聞いてカリーナは半ば放心状態だ。
 けれど、ふと満面の笑みに陰りが出来て首を傾げてしまう。

「どのカップリングも好きなのだけれど……やはり兎虎人気には妬いてしまうね」
「…あぁ…圧倒的に多いものね…」
「確かにパートナーではあるけれど、ワイルド君は皆に平等だからね」
「そうよね…どれだけ『兎』が我が物顔してたって裏ではどうだかって話よね」
「うむ。ロックバイソン君も一番長い付き合いでよく飲みに出かけたりするのだし」
「ファイヤーエンブレムだって隙あらば添い寝に誘ったりしてたし」
「ドラゴンキッド君もとても懐いているし」
「折紙だってよく傍に行ったりするもの」

 うっかり『ヒーロー』にしか分からない『日常情報』を垂れ流しにしてしまった二人は、はた、と我に返る。ばちり、と視線を合わせると、何事もなかったかのようににこやかに微笑みあった。

「妄想の中でだけどね」
「えぇ、妄想の中で、ね?」

 ……ふふふ……と笑い合うとカリーナは席を立って身を乗り出す。

「すぐそこの…バラでコーディネイトされた机が『薔薇の花園』です」
「あぁ、あれだね。」
「それから、あっち方向の角に『張子の龍』がいますよ」
「ありがとう、そしてありがとうございました!」

 勢い良く直角のお辞儀をするキースに、お願いだからこれ以上目立つようなことはしないでよ!、と心の中で突っ込んでにこやかな表情は1ミリたりとも崩さなかった。すると、何か思いついた、という風に持っていた紙袋を漁り始めた。

「これをお礼の印に」
「え?……えぇ!?」

 そういって差し出されたのは片手には余るほどの大きさがあるフィギュアだ。
 中央にラインストーンをあしらった『Believe』の文字が置かれ、その周りにワイルドタイガーとバーナビーを含めたヒーロー全員が集結している。各々に決めポーズを取り、3頭身ほどのミニキャラでありながら格好いいと思わせた。
 口をぽっかりと開いたままにしげしげと見つめていると、キースが照れたような笑みを浮かべる。

「実は隣のフロアにサークル参加で来ていてね。それと同じようなフィギュアを自作しているんだ」
「自作!?」
「『ROCK・WIND』という『兄』と『弟』の二人サークルで
 『兄』が原型を作ってくれて、『弟』の私が着色をしているんだ」
「こ…こんなの…作れちゃうんだ…」
「製作を始めたのが9月頃でね。まさか二人が引退するなんて思ってなかったからタイガー&バーナビーもいるんだけど…」
「でも…タイガーもバーナビーもいた方がしっくり来る」
「そうかい?良かった…ただここまでの大作は初めてでね。受け入れられるか少し不安だったんだよ」
「え?じゃあ今までのは?」
「ヒーローを個々に作っていたんだ。こんな風に」

 紙袋の中から新たに取り出したのは、脇にマスクを抱えアイパッチを着けた顔を晒したワイルドタイガーだ。セットされた黒髪が実に忠実で、アイパッチに囲まれた瞳も生き生きとしている。非常に細かい芸にカリーナは釘付けだった。

「…すごい…」
「ありがとう!ただ、残念なことに、ワイルドタイガー君の方は数を持って来ていなくてね」
「え?」
「この全員集合は『張子の龍』の『撫子』君にアドバイスを受けたのだよ」
「『撫子』に!?」
「おや?知り合いかな?」
「あ…うん…最近仲良くなって……」

 というのも、『撫子』というのは『女の子に擬態したイワン』の事なのだ。確かに別人に擬態出来るイワンなら誰にもばれはしないだろうけれど。まさか『撫子』として交流しているとは夢にも思わなかった。

「そうだったのか。この紙袋はね、『彼女』に今回のお礼が入っているんだ。
 それから『Believe』の宣伝を手伝ってもらえないかと思って机に置かせてもらえないか、と思っていくつか入れてきたものと…」

 『彼女』という単語に思わず口を引き攣らせてしまったが、口を大きく広げた紙袋を覗いた為に見られずに済んだ。覗いた袋の中には、個装されているフィギュアがいくつか入っている。ラッピングのリボンがカラフルで、透明な袋から垣間見える色や形からバーナビーはもとより、ロックバイソンやファイヤーエンブレムなど、全ヒーローが揃っているようだ。

「では、そろそろ失礼するよ」
「あ、は、はい」
「ありがとう、そしてありがとう!」
「こ、こちらこそありがとうございます!」

 爽やかオーラ全開に手を振り去っていくキースにカリーナは慌てて頭を下げた。そして『薔薇の花園』に辿り着いているのを見送ると、両手に包み込んだ獲得物を見下ろす。

「(『ROCK・WIND』か…時間見つけて行ってみようかな…)」

 見れば見るほどに個々のヒーローが、芸も細かく、表情や仕種などが各々の性格を顕著に表している。全員集合でこんなにすごいのだ。さっきちらりと見せてもらったワイルドタイガーだってとても魅力的だった。これまでに作ってたものも見れるのかな?と小さな興奮とともにカリーナは口元を弛める。

「た、だい、ま」
「あ、おかえりなさい」

 手の中に包み込んだフィギュアをマジマジと見つめていると息切れを起こした声が降ってきた。顔を上げればこの真冬の季節に頬へ汗を滴らせているアニエスがいる。競歩といってもかなり急いだのだろう、足元のおぼつかない彼女に椅子を勧めて段ボールの中に埋もれていたペットボトルを差し出した。

「大丈夫?」
「えぇ…ちょっと……急ぎに急いだついでに目に付いたスペースで狩もしててね…」

 そう言う彼女の小脇には戦利品であろう薄い本の束が抱えられている。さすがは敏腕ディレクター……ほんの少しのチャンスも逃さないその行動力は『さすが』というしかない。
 そんな彼女が徐々にクールダウンしてきた頃、カリーナは迷いつつも『報告』することにした。

「『部長』、一つ報告があります」
「うん?なぁに?」

 どこか業務めいた切り口にアニエスは眉を顰める。

「とりあえず、絶叫しないように口をタオルなりで押さえてくれますか?」
「…何それ…絶叫するような内容なの?」
「はい。確実に」

 真剣な表情で頷くカリーナにアニエスはますます訝しげな表情になる。こんな前置きを聞かされると恐ろしいったらないのだが、彼女の雰囲気から聞いておかないと余計に後悔するような内容らしい事を察した。

「…いいわ…言ってちょうだい」

 彼女もディレクターの一人だ。たいていのトラブルやハプニングは慣れているし、心構えも出来ている。しかし、忠告通り置いてあったバッグからハンドタオルを取り出して口元を伏せた。

「…言いますよ?」
「ん。」
「先ほど、一人お客さんが来てまして」
「ん。」
「それが男性だったんですけど…」
「…ん。」

 今まで速攻で頷いていた動きが少しだけ鈍った。やはり男性が直々購入にくる、というのは珍しいし、驚く事に間違いはないのだ。とりあえず、少しでも衝撃を柔らかく出来る様にと慎重に言葉を選んでいるのだが……トドメの一言は威力を削ぐ事が出来そうになかった。
 一つ深呼吸をするとカリーナはぐっと顔を近づける。つられてアニエスも顔を近づけてきた。

「……キース・グッドマンでした」
「・・・」
「虎受け大好きとのたまい、ほぼすべてを網羅していると言ってました」
「・・・・・」
「『薔薇の花園』の本も購入しているらしく、『張子の龍』も攻略してます」
「・・・・・・・・」
「中でもやはり空虎を贔屓しているらしく、『部長と部下』の本はお気に入りだそうです」
「・・・・・・・・・・・・・」
「………『部長?』」

 先ほどまでは相槌を入れてくれていたのに、キースの名前を出した途端静かになってしまった。それどころか微動だにしていない。あまりの動かなさに不安が積り、呼びかけてみる。けれどやはりなんの反応もない。

「あの…『部長』?」
「・ ・ ・ ・ ・」
「ッ!?」

 そっと肩に触れたつもりだったのだが、ぐらりと仰向けになって椅子ごとひっくりかえりそうになっていくその体にカリーナは慌てて両肩を掴み取った。どうやら声も出ないほど驚いたようだ。

「…おほ…」
「え?」
「おほ…おほほ…おほほほほほほほほ…」
「・・・」

 まるでくるみ人形のようにカクカクと開閉を繰り返す口から笑い声が漏れてきた。笑い声、という表現も違う様な気がするが。

「同人カラ抜ケナクッチャー」

 本人に見られた以上続けられる勇気がない、という良識と、唯一といっていい癒しと萌の発散所を失って悲しい腐女心とが鬩ぎ合って壊れたようだ。もしアニエスがヒーローTVのプロデューサー出なければスカイハイの中の人をしらないのでこんな思いは味合わなかっただろう。
 キースは知らないが、アニエスとしてはどんな顔して会えばいいのか分からない。仕事に支障が出るかも……もしかしたら番組プロデューサーから下ろされるかも……と人生のどん底気分だ。
 だがしかし……とカリーナは思う。

「……遅いと思いますよ」
「…エ?」
「だって彼……常連って言ってました…」
「……ジョーレン……?」
「いつもは知人名義の通販で購入してた…って…」

 空間が瞬時にして凍りついていく。何もカリーナが能力を使ったわけではないのだが、本当に『ピシッ』という氷がはるような音がした。

「………何もかも手遅れってわけね…」
「……はい。」
「…ふ…ふふふ……いいわ…だったらもっと過激に度肝が抜けるようなストーリー展開をしてやろうじゃないのっ…」
「…は…?」
「覚悟しなさいっ…グッドマンっ…」
「・・・」

 突然語りだしたと思えば可笑しな方に復帰したようだ。どす黒いオーラを渦巻いて口の端から零れ落ちる低い笑い声がちょっとしたホラーに見える。
 立ち直ったのならばいいか、と少々放置的に眺め続けていたカリーナは、密かにため息を吐き出した。
 ご本人購読にアニエスの壊れっぷりも納得出来るだけあって、もしあれらの自作マンガを『タイガー』が見たら、と考えを過らせると背筋がぞっと震えた。

「(ま、あいつがこんな所に来てるわけないか……)」

 ふと脳裏に過った男の顔にふっと笑いを漏らす。自分が描いている『おばさん』のモデルというか、元になった人物が今頃愛娘と楽しく暮らしているだろう風景を思い浮かべて頬を弛めるのだった。



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