そうこうしているうちに、歌を気に入られ、能力を買われてヒーローとして参戦することになった。間近で見るスカイハイとワイルドタイガー…TVでは気づかなかった二人のさり気無い連携プレイを見ても、やはり『萌える』気がしない。それどころか、現場でよくおっちょこちょいな面を見せるタイガーに少しうんざりし始めてしまう。何せ、先輩の癖に詰めが甘く、度々助ける事があったのだ。そんな日に彼は決まって満面の笑みとともにお礼を言いに来ていた。最初の頃こそ鬱陶しい、と思っていたのだが…

 カリーナの中に、『if』がふくらみ始める。

「あ…あなた…」
「ロゼー!」
「「!」」
「こっちみたいだよー!」
「あ、ありがと!すぐに行く!!」
「ロゼ?」

 アニエス達のスペースからずれる事2区間。そこで設置を始める友達に名を呼ばれてカリーナが返事をする…ただその名にアニエスは聞き覚えがあった。

「(『薔薇の花園』のクイーンロゼ?!)」

 その名前が脳内に浮かんだ瞬間、アニエスは白目を向いて雷に打たれたような衝撃に見舞われた。
 『薔薇の花園』というのは…性別逆転で有名なサークルだ。画風はどちらかというと少女マンガよりなのだが…男になっているブルーローズと、女になっているワイルドタイガーの甘酸っぱいラブコメディが繰り広げられ、キス一つするのもじれったく…それでも、おっちょこちょいなおばさんヒーローワイルドタイガーをさり気無く、けれど王子のように助けてくれるブルーローズが滅茶苦茶格好いい。そんなブルーローズに『お礼』といって恥じらいながらもキスをするベタな展開は見ていて…ほわり…と目じりが下がってしまう可愛さがあった。

「(この私に『おばさんタイガーぷまい』と思わせたサークルじゃないの!)」

 思わず買って読んだ『薔薇の花園』初のオフ本を思い出してしまい、ヨダレが流れそうになった。慌てて口元を拭い、この展開をどう処理すべきか…と必死に脳内を回転させる。

「…こ、こんにちは…」
「き…奇遇…ね…」

 ぎこちなく笑いあって何とか出た言葉はそれだった。

「ろ…ロゼ?」
「は…はい…」
「こ…こんな大きな祭典に来るのって…初めてじゃない?」
「えぇ、そうなんです…ずっとオンリーばかりだったんですけど…」
「そうよね…今まで一度も会わなかったもの…どうして…また…?」
「それが…サイトの方に
『祭典での販売をキボンヌ』とか…『祭典で待ってますっ!』とか…『祭典参加を全裸待機』とか
いっぱいもらっちゃって…」
「…なるほど…ね…」
「思い切って出してみたら…壁際とか…」
「…まぁ…薔薇虎の元祖みたいなサークルだものね…」
「こんなに反響があるとは思いませんでした…」
「……まぁ…頑張りなさい…」

 当たり障りのない会話といえるのだろうか…かなり不思議ではあるが、とりあえず鉢合わせになった理由は理解できた。オンリーに一切参加しなかった『上司と部下』と、オンリーにしか参加しない『薔薇の花園』…会うわけがなかったのだ。

「すいませーん、通してくださーい」
「あ、すいませ…」
「ッ!?」

 うっかり通路のど真ん中で話しこんでしまった二人は声をかけられて慌てた。ささっと端により、振り返るが…そのままフリーズしてしまう。
 それは…相手側も同じだった…

「あー!」
「…えぇ!?」
「なっ…なんでっ…」
「あなたたちまでっ…」

 振り返った先にいたのはリンリンコンビ…もとい、折紙サイクロンことイワンと、ドラゴンキッドことホァンが台車を押している。ただ、少し可笑しいのは…女物の浴衣を着ているのがイワンで、カラシ色の甚平を着ているのがホァン、というところだ。

「もしかして…お二人とも…サークル参加ですか?」
「え…えぇ…その…私は…ここの、ね」
「あ…あたしは…そっちの…薔薇が飾られてるとこ…」
「…え?…じゃあ…『上司と部下』の部長さんと『薔薇の花園』のロゼさんですか?」
「へー…折紙さんの本棚に並んでるサークルさんだぁ」

 ぽつっとこぼしたホァンの言葉にアニエスとカリーナの表情が固まる。

「あっあっあんたっ!私の出した本集めてたの?!」
「あたしの本までっ!?」
「あ…はい…タイガーさん受けのサークルさんはすべて網羅していて…お二方の本はバイブルでござるっ!」
「「恥っ!!」」

 握りこぶしで語られたイワンの言葉に腐女二人は揃って顔を両手で覆った。カミングアウトしていない知り合いに本を読まれていたのはもとより…こんなにきらきらした表情で語られると憤死しそうなほどに恥ずかしい思いをする。

「そっそれよりっ…あんたたち二人は…」
「サークル参加です」
「ボクたちはねぇ…この突き当たりぃ」

 つ、と指差したのはこのフロアのコーナーに位置する場所だ。遠目ではあるが、アオザイを着た女性が設置に勤しんでいる。保護者だろうか?…首を捻るアニエスの横では、カリーナが会場地図を広げてサークルを確認していた…のだが…

「え…うそ…ホントにあそこなの?」
「…はい…お恥ずかしながら…」
「え?なに?何なの?」
「あそこ…『張子の龍』…」
「!?」

 『張子の龍』…オールキャラギャグが主としているのだが…稀に出される折虎本がコアなファンを味方につけ、人気を博している。さらにサークルにも影響を及ぼし折虎のサークルも少しずつ増やしつつあった。しかし、製造冊数が少ないせいか、すぐに売り切れになることが多い。

「っ折虎の新刊はっ?!」
「今回あるってサイトに書いてたわよね?!」
「今取りに行ってきたよ〜」
「一冊キープ!」
「あたしもキープ!」
「え…で、でも…」
「描くカップリングが読むカップリングと必ずしもイコールになるとは限らないのよっ」
「むしろ虎受けならどれでもぷまいのよっ」
「あんたこそ虎受けは全部網羅してるんなら分かるでしょ!?」
「それも…そうですね…」

 目の色が変わった二人に怖気づきつつ、根は通じる部分があるのか、しっかりとうなづいて返した。いつも売り切れるんじゃないか、とハラハラしながら買いに行っていただけにキープしてもらえる安心に力の入っていた肩がすとん、と落ちる。

「それにしても…ホァンちゃんまで活動してたなんて…」
「ん?ボクは売り子オンリーだよ?」
「僕が売り子をしてるとどうも怖がられちゃうので…」
「あぁ…表情がね…」
「え?じゃあ一人で全部描いてるの?」
「あ…はい…」
「『張子の龍』っていつも結構なページ数よね?」
「…それが…」
「ボクと母さんで手伝ってるんだ」
「アドバイスとか、アイデアも頂いたりしてます」

 そんな説明に…へぇ…と深く関心を示した二人は再び『張子の龍』のスペースを見やる。今、こちらに背中しか向けていないが、設置をしている女性がホァンの母親かもしれない。とんだ裏事情を知ってしまった…としばし唖然としてしまう…
 けれど…新たに疑問が湧いて出てきた。

「…ねぇ?あたしの本って書店委託してないけど…自分で買いに来たの?」
「はい。自分で買い込むのも即売会の醍醐味でござる」
「だったら…どうして部長とロゼの正体にいまさら気づいたのよ?」
「あ…その…いつも恥ずかしくて女の子に擬態してまして…買う時もうつむいてしまっているので…」
「…それで女物の浴衣なのね?」
「…はい…」

 気になっていたことを突っ込んでみれば納得のいく答えが返ってきた。思わず、まじまじと浴衣を見つめてしまってイワンがもじもじと照れてしまった。もうまさしく大和撫子だな…と自己主張の強い服装の腐女二人はため息を吐き出した。
 ありえない…と思っていたことが次々起こっていたが、ようやく脳内整理が追いついてきたようだ。今ならば何が起きても怖くない…

 ………というのは甘い考えだったらしい。

「え?何?」

 ざわついていた会場内に突如として悲鳴が上がった。一瞬事件か、とヒーローである面々は顔を強張らせるが…声音が悲壮感の漂うものではなく…むしろアイドルの待ち伏せに成功した熱狂的なファンのような声だ。その変化に、皆、一つの入り口へと視線を動かし始めていた。

「どうしたの?何かあったの?」
「部長さぁんっ!」

 さきほどまで設置に動いていたメアリーが開いたままの携帯を片手に輪の中へ加わってきた。そんな彼女の珍しい慌て具合にアニエスをはじめ、一同首を傾げる。

「今、みなさんが見ている入り口の方…あの近くに知り合いがいるんですがっ…『マダムラビ様が来た』ってっ…」
「なんですってっ!」

 入り口の方向はちょうど『マダムラビ』というペンネームの大手作家のサークルスペースがある。バーナビーがヒーローに加わるまではスポンサーに調教されるタイガー…もしくは、ヒーロー内でタイガーを輪姦するというかなりハードでかつエロティックな描写で有名なサークルだ。しかもただただエロいわけではなく…個々の心理描写がしっかりと盛り込まれ、単に犯されるだけではなく歪んでいたりはするものの、ちゃんとソコに『愛』が存在するストーリー展開を主としていた。
 ただ、バーナビーが加わって以来…犯行グループに捕まって犯されるタイガーをバーナビーが助け出す展開が多くなってきた。けれど、助け出してからはタイガーを癒すのではなく、『その体に染み付いた男を塗りつぶす』といった描写でバーナビーが彼を犯す方向になってきている。
 飴と鞭の使い分けが両極端なバーナビーの描写にファンはますます増える一向な今日この頃…なのだ。

 そんな作家が会場に来た事がどう大事件なのか…

 それは、『マダムラビ』と呼ばれる作家は何の職業についているかは分からないが…多忙を極めており、一切会場には顔を出さないことで有名だったのだ。サークル参加は毎回売り子にすべてを任せており、本人不在を貫いてきた。その為に…実はものすごく太っていてイベントに来るのが面倒くさくて嫌なのでは…などという噂も立っていたのだが…唯一、本人と出会った事のある売り子の証言では…スポーツ選手並みの長身にモデルばりのスタイルの良さだ…ということだった。

「今まで一度もご本人が来ることはなかったのに?」
「ほ、本当なんですかっ!?」
「ん〜…ボ、ボクも野次馬したいっ…」
「写メはっ!写メとか撮ってないの!?その知り合い!」
「まっ待ってくださいっ!今受信中なんですっ!」

 じりじりとしか増えないダウンロード率に全員がソワソワ、イライラとしている。たった数秒の時間のはずなのに、酷く長く感じられた。

「キターッ!!!」

 表示されたダウンロード終了の画面に思わずガッツポーズが繰り広げられる。頭を寄せ合い、付け合い…小さな画面を覗き込む…

「………」
「………」
「………」
「………」
「………」

 その場に広がったのは黄色い悲鳴ではなく…重苦しい沈黙だった。

「…まさか…って…思うけど…」
「え…やっぱり…?」
「他人の空似とかっていうのはないですか?」
「ないと思います…」
「むしろこの完璧さ具合が更に確信に近づけているっていうか…」

 開かれた画面には、黒地に大きな蝶が染め抜かれた浴衣に白の帯を締め、赤い牡丹の花の形をした帯留を付けている…金髪碧眼の美女が写し出されている。淡くほほ笑む表情は万人を魅了するであろう美しさで…色白な顔はビスクドールのように整い過ぎていた。長い睫毛…淡く色づく口紅…高く結い上げられた髪は、下ろしていたら腰くらいまであるのではないか…と思わせるボリュームがあり、顔を更に小さく見せている。
 どこからどう見ても絶世の美女…けれど…

 今ここに集うメンバーには…彼女がバーナビーである事に気付いていた。

 体型を大幅にカバー出来てしまう浴衣ではあるが…女性であることを強調するように胸元に膨らみを作り出す徹底ぶり。TVでは表されない彼の一面を知っているからこそ…納得出来てしまう…

「…あそこの新刊…どうしよう…」
「あたし…さすがにこの格好で買いに行く勇気はないわ…」
「僕も…擬態しててもボロが出そうで怖いですね…」
「ボクなんてまんまだし…」
「…むしろ今から帰りたいわ…」
「あ…でも『マダムは今日、兎虎本のハンティングに来てるらしい』っていう情報が入りましたから…」
「ホント?だったらこの界隈には来ないわね」
「ね…マダムが出かけたっていう情報入ったら教えてくれない?」
「あ、僕にも教えてください」
「了解です!」

 万事解決!とばかりにメンバーが話している頃…会場の中央通路に面した島の端…ピンバッチのディスプレイ板を前に悩む二人に声を掛けてきた男がいた。

「おまちどうさぁ〜ん」
「おぅ、買い出し御苦労さん」
「で?どうした?問題でも発生したか?」

 近寄って来た男も含め、三人揃って同じ黒髪に黄色人種特有の肌色…瞳の色も揃って同じであるところから家族なのだろう…一際小さく見える少女を真ん中に男二人で挟むと、合流してきた男はハンチングを脱いでくるくると回し始めた。

「飾り方を迷ってるの」
「飾り方?」
「あぁ…横一列に並べるとボードが余り過ぎてな…」
「なるほどなぁ…だったらさ、タイガー&バーナビーを中心に円陣組ませたらどうだ?」
「…円陣…」

 一列に並べていたヒーロー全員のピンバッチを外して仮に並べてみると少女…もとい、楓の表情がぱぁっと明るくなった。

「そっか…ありがと、お父さん!」

 満面の笑みに変わった楓の頭を撫でて男…虎徹は目尻を下げる。そして持っていた袋をもう1人の男…兄、村正に渡した。

「チャーム飾るのに丁度好さそうなの見繕って来たから」
「丁度いいって…網か?これ…」
「その網目にチャームぶら下げたら見栄え良くなるだろ?」
「なるほどな…そっちの袋は?」

 気難しげな表情は一切崩さず頷いた村正は虎徹がまだ持っている袋を指さした。すると、その顔に苦笑が浮かぶ。

「いやぁ…まさか…って思ったんだけどさぁ…買い出しに行く途中で知り合いに会ってよぉ…お遣い頼まれちった☆」
「サークル参加か?」
「うん、そ。」
「お父さんの知り合いってどの辺でしてるの?」
「隣のフロアだよ。各ヒーローのイメージに合わせた自作アクセサリーを持ってきてた。
 あと意外な事に…ミニフィギュア作ってる奴もいて…」
「えぇ〜…すごーい」
「二人?」
「二人…ってか…2ヶ所。フィギュアの方が造形担当と着色担当に分かれてるらしいんだ」
「…本格的だな」
「ホントにな…ま、そんなわけで…あいつらんとこ寄ったら外出て適当に時間潰してくるわ」
「お父さんもここにいたらいいのに…」
「や…むさ苦しいおっさんが二人も並んでたら可愛いアイテムが可哀想だろ?」
「…ん〜…」
「じゃ、頑張ってな?」
「は〜い」
「また後で。」

 手を振りつつ去っていく虎徹の後ろ姿を見て楓はため息をついた。

「単に兄弟で並ぶのが恥ずかしいだけなんじゃないかな?」
「…あぁ、ありうるな」

 娘の鋭い推理に村正は苦笑するしかなかった。
 一方…サークルの設置をしているお嬢様方の視線を一身に集めつつ黙々と歩いている虎徹は、居心地の悪さにハンチングを深く被りなおした。とはいえ…彼女達が主に見ているのは、柳のごとく細い腰とすらりと伸びた足ばかりで意味がなかったりする。

「(それにしても…)」

 今から向かうフロアにいるメンバーを頭に思い浮かべて虎徹は苦い表情を浮かべた。

「(あのごっつい指からあんなちま可愛いものが作れるとはなぁ…)」

 長年の付き合いがある男の顔を思い浮かべて作っている光景を想像すると、背筋をぞっとしたものが走りぬける。考えないが吉…と早々に出来上がった光景を霧散させると、同じくらい体格のいい青年の満面の笑みが思い浮かんできた。指先が器用である事は元より…もしかすると、能力を使って乾かしているのでは…と思ってしまった。その上、会場内を見渡して…あのゴツイ二人が長机にぎゅうぎゅうなって座る羽目になってなくてよかったな…と苦笑を浮かべてしまう。

「(壁際配置万歳…ってか?)」

 実は裏で、サークル参加常連の二人がとても窮屈そうにしてたのが哀れに見えてわざわざ配置を変えてくれていたりする。
 もちろんまったく知る由のない虎徹は…良かった良かった…と素直に喜んでおり…軽い足取りは色黒の辛うじて女性に見えなくもない人物の元へと向けるのであった。


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