「……ロックオンには話したが、俺は『人』じゃない」
「……あぁ」
「そんな俺が……ジュニアと愛し合う事が出来るんだろうか?」

 以前聞いていた話を記憶の中から引き出してきた。刹那とは血の繋がった姉妹ではないという事。それどころか『血』は流れていないと言っていた。つまりそれは異形の者を指す。
 そこまで想像を巡らせ宙を見つめていた瞳を那由多の横顔へと戻した。

「お前さんの心配事は……俺と刹那みたいに体を繋げられないんじゃないかってこと?」
「そうだ」
「なるほど」

 見た目には普通の人間とほぼ変わらない。少々……と言える範囲かは曖昧ではあるが、身体能力がずば抜けているように思う。跳躍などは刹那もすごいといえばすごいが、地面を砕くような腕力はないらしい。とはいえ、那由多自身も何かしらの状況下でしか発揮されないといい普段は刹那と変わりないようだ。
 その条件が判明されていない状態で触れ合って、何かしらの事態が起こる事を危惧しているのだろう。それよりなにより、ニールと刹那のように肌を触れ合わせる事自体が出来るのかが不明なのだ。
 数少なく語られる言葉の中から那由多の迷いと悩みを拾い上げたニールはしばし考え込む。しかし、結論がはじき出されるよりも那由多が再び口を開く方が早かった。

「だからロックオン」
「うん?」
「あんたが確かめてくれないか?」

 まるでちょっとそこまで一緒に来てくれ、とでも言うような調子で発された言葉にうっかり頷きかけてしまった。中途半端に下ろしかけた首を慌てて横に振りなおす。

「っいやいやいやいやいや。んなことしたら間違いなく俺がライルに殺されるっての」
「そうか?」
「そ・お。」

 殊更不思議そうな顔をされてニールは思わずがっくりと項垂れてしまった。
 『女の嫉妬』というのがどれほど厄介で恐ろしいものなのか今度じっくり教え込むべきだ、と変なところにまで思考が発展していってしまう。とりあえず、と無理矢理切り上げて本題へと舞い戻った。
 そこでふとした疑問が湧いてくる。那由多の『心』だ。

「那由多ってさ……ライルの事、どう思ってんの?」
「……どう?」
「答えにくい?」
「いや、そういうわけではない」

 少し驚いたような表情をするものだから突っ込んではいけないところを突いてしまったかと心配した。那由多はふと宙を見上げてそのまま動かなくなるからやはり聞かないほうが良かったか?と迷い始めたが、時折首を僅かに傾げているのでどうやら答えになる適切な言葉を捜しているようだ。

「……そうだな……刹那同様に守ってやりたいと思う」
「……守る?」

 ポツリと落とされた言葉に目を丸くする。すると今度は那由多が不思議そうな表情をしてしまった。

「おかしいか?」
「いや?おかしかないよ?ただ意外に思えて……」
「そうか?ジュニア……いや、ライルは、見ていると酷く孤独になっているように見える。そんな時、俺は包み込んでやりたいと思うんだ」

 そう言って己の手を見つめる那由多の横顔はまるで子を想う母親のように優しく、儚い笑みが浮かべられている。きっと当人は自覚していないだろうけれど、ニールにはそこにしっかりと存在する『愛情』を見つけていた。
 刹那もそうだったが、この姉妹は育った環境のせいか、『愛情』という感情に疎い節がある。ニール自身も刹那に自覚させる為あれやこれやと手を焼いたものだが……目の前のよく似て非なる少女にはどう自覚させればいいのやら……と少々思考を巡らせる。
 その結果とにかく『愛情』に関する知識が少ないことが第一の問題だな、と思い至った。

「あのさ、那由多」

 ひとまず彼女が今拘ってしまっている部分について訂正をしておこうと口を開く。その意図が声音に表れてしまったのか、振り向いた那由多の表情もどこか強張って見えた。

「体を触れ合わせ、重ねることだけが『愛』じゃないぞ?」

 回りくどい表現は新たな誤解を招くかもしれないという危惧からストレートに言葉にする。すると、予想通りに那由多の眉間が僅かに皺を刻んだ。

「だが……」
「うん、まぁ、最上級の愛情表現になるんだろうな。でもさ……」

 戸惑う色を浮かべる瞳をじっと見つめて言葉の続きを囁く。

「それも互いの心が繋がって分かり合っているからこその行為でしょ」

 するりと口から綴られた言葉は那由多の瞳を丸くさせる効果があったようだ。そのまま言葉を頭の中で反芻させているのだろう、動かなかった。
「俺と刹那だって、四六時中やってるわけじゃないだろ?行動や言葉でだって充分満たされるもんさ」

 自分達の事を例に挙げると納得したのか、こくりと素直に頷いてくれた。きっと那由多自身、思い当たる節があったのだろう。
 ライルの方はどうかイマイチ測り兼ねるが、けれどそれは那由多にも当てはまる事だ。当事者であるライルに那由多は何も伝えていない。言葉はもとより、行動でさえ何一つも、だ。その点、ライルの方は行動で示している節がある。ニールまでも過剰な接触はしていないが、近くで見ているからこその変化があった。

「……そう、か」

 ぽつりと零れ落ちた言葉はどこか焦っているようにも、落ち込んでいるようにも聞こえたがあえて突っ込まなかった。きっとそれは那由多自身が変わっていくしかないことなのだろうから。

「うぃーっす。首尾はどんなもんだ?」
「お?」

 上から降ってきた声に顔を上げるとハレルヤがいた。どうやらティエリアの厳しいチェックからようやく開放されたようだ。

「ぼちぼちかなー」

 そう言って椀とポイを見せると小さく関心した声が漏れた。それというのもポイがまだまだ使える状態なのと、捕まえた金魚が大振りだからだ。

「刹那はどうだ?」
「?」
「うん?刹那はあっちでライルと競り合ってるだろ」
「へ?」

 呼びかけに首を傾げられ、きょとり、と瞬くハレルヤにどうやら隣にいるのが那由多だと思わなかったようだ。そんな彼女に苦笑を漏らして、刹那のいる方向を指で示した。すると屈んだ上体を戻して向こう側を眺め見る。

「あっちが刹那だったか」
「あぁ、そうか。仕上がりを見てないからどっちがどっちって分からなかったか」
「おぅ。てっきりロックオンといるから刹那かと思った」
「その見分けってどうかと思うぞ?」
「悪い悪い。で?那由多の首、尾……は??」

 じとりと見つめてくるニールの視線を適当に受け流し隣に座る那由多の手元を覗きこんだ。すると言葉が中途半端に途切れていく。ハレルヤの変化にニールも首を傾げて覗き込むと、びしり、と固まってしまった。

「掬い上げた金魚が苦しそうなんだが……」

 そういって困った表情を淡く浮かべる那由多の手の椀には所狭しと金魚が盛り込まれていてびちびちと跳ねていた。しかも反対の手に持つポイもまだ使い始めなのではと思うほどに綺麗なままだった。
 一方、弾を銃身に詰めながらライルは視線を泳がせていた。人ごみに紛れて目的の人物は見えないのだが、向かった先の出店は見える。

「那由多が心配か?」
「へ?」

 ぽつりと掛けられた言葉に思わず声が上擦ってしまった。振り返ると刹那がレクチャーした通りの綺麗な姿勢で的を狙っている。空耳かと思ったがちらりと向けられた瞳にどうやら問いかけられたのは本当だったらしい。

「心配って……姉さんと一緒なんだから何を心配するんだよ?」

 いつもの調子で答えたのだが、じっと見つめて来る瞳が納得してくれてはいない。逸らされない視線に笑顔を浮かべたままの口元が引き攣ってきた。そのまま過ぎる事数秒。とてつもなく長く感じるその時間は刹那の瞳が的へと向き直ったことでようやく終わりを迎えた。
 空気の放つ音についで景品が棚の上でカタカタと震える。落とせなかった事に小さく溜息を吐き出した刹那は、今度は顔ごと見上げてきた。

「心配、という表現は間違っていたな」
「うん?」
「嫉妬しているのか?」
「へぃ??」

 あまりにストレートな言葉に変な声が漏れた。

「ロックオンは俺が他のメンバーと親しげにしていると拗ねた表情を浮かべている」
「……はぁ」
「今のジュニアは同じ表情をしていた」
「…………」

 惚気られたのか、と思えばとんでもない方向から突っ込まれてぐうの音もでなくなった。真っ直ぐに見つめて来る瞳に耐えられず視線を明後日の方向へと飛ばす。

「認めたくないか?」
「あー……やー……うーん……」

 ざくざくと切りつけられる言葉に息まで詰まってきた。顔を反らせたままちらりと刹那を見るとじっと見つめられたままだった。
 その強い視線に、ふ、と小さく息を吐き出すと腹を括って顔を合わせる。

「そんなに分かりやすい?」
「いや、ロックオンは気付いていなかったし、恐らく那由多も気付いていないだろう」

 返ってきた答えに苦笑が浮かぶ。おそらくニールを見てきた結果気付いたのだろう。やっぱり双子なんだなぁ、ともう一つ溜息を吐き出した。

「何故那由多を誘わなかったんだ?」
「わぁ……そこ聞いちゃう?」
「疑問に感じたからな」

 出来れば聞かれたくなかったところを突かれてしまってますます苦い表情になってしまった。

「まぁ、ちょっとした意図があってね」
「それは?」
「う〜ん……子供っぽいんだけどさ。少しは妬いてくんないかなぁ、って」

 あまり答えたくはなかったのだが、知らせずに巻き込んだお詫びとして素直に答える事にした。すると僅かに見開かれた瞳をぱちりと瞬いて、こて、と首を傾げる。

「嫉妬してほしいのか?」
「まぁね」
「?どうして?」

 心の底から不思議で仕方ないといった刹那の雰囲気に小さく笑いを漏らす。

「嫉妬ってのはさ、愛の裏返しみたいなもんだろ?」
「そうなのか?」
「お子ちゃまにはまだ分かんないかぁ」
「………………」
「悪い悪い」

 ちょっと子供扱いをして茶目っ気を出してみたら、ぎっと鋭い瞳で睨まれてしまった。即座に謝っておいて取り繕うように下を向けたままだった銃を持ち直す。

「すっごく愛されて、大事な人だから、独占したいって思うし、自分以外の奴といたら苛々するもんだ。
 俺はそういった感情を向けられる事にすっごく憧れるんだよね」

 まっすぐに差し出した手で銃を構えて狙いを付けると迷わず引き金を引いた。すると放たれた弾は外れずに的を弾き、棚から落とす。店主からゲットしたドロップ缶を刹那の手に乗せてにっと笑った。

「……そういうものか」
「ま、愛情表現の一つってやつだな」
「なるほど……奥が深いな」
「いやぁ……そういう言い方されると恥ずかしいかな」

 真剣な表情で頷く刹那から無理矢理視線を外して商品棚へと動かした。落とせそうなものの目星を付けて再び銃を構える。

「とはいっても、那由多にゃ嫉妬とかしないって言われてんだけどねー」
「そうなのか?」
「うん。そういう感情とは無縁なんだと」

 ライルの顔に自嘲じみた笑みが広がる。そのらしくない彼女の表情に言葉を紡げずにいると声が掛けられた。

「首尾はどんな感じ?」
「お?ようやっと開放されたか」
「ようやくね」

 振り向いてみればアレルヤがいる。ハレルヤ同様、ティエリアの厳しいチェック地獄からようやく開放されて祭りへとやってきたようだ。手ぶらである事から出店を楽しむ前に先行していたメンバーを探していたらしい。

「ついさっきまでレクチャーしてたんでまだ数を撃ててないんだけども」
「色々取ってるねぇ」

 さっき刹那に渡したドロップの他にも小さいぬいぐるみや透明樹脂の置物などなど。それなりの数はある。それというのもレクチャーをしつつも試し撃ちと称したものもしっかり撃ち落していたからだ。

「那由多は初めてなんでしょ?どう?楽しめてる?」
「……え?」
「うん?」

 ライルに向けていた顔を今度は刹那に向け直したアレルヤがにこにこと聞いてくる。しかし呼ばれた名前にこてん、と首を傾げた。

「那由多はロックオンとあっちの店に行った」
「え?あ、刹那だったの?」
「はは〜ん……俺といるから那由多だと思ったってか?」
「あ〜、うん、そう。ごめんね?刹那」
「あぁ、構わない」

 申し訳なさそうな顔のアレルヤに刹那はあっさりと答えた。実に彼女らしい対応にくすりと笑いが漏れる。

「お〜い、どんな感じ〜?」

 残りも射ってしまうか、と持ち直しているとハレルヤを先頭にニールと那由多もついてきている。


「んー、ぼちぼちかな?」
「そっかそっか」
「もうちょいで終わるから対決するならそれからな?」
「おっしゃ、んじゃ、とっとと終わらせろ」

 早く対決させろ、とばかりに詰め寄ってくるハレルヤに乾いた笑みを浮かべていると後ろにいる那由多が目に入った。手にはニールとお揃いとばかりに小さな金魚が泳ぐビニールの袋を持っている。自分で差し向けたとはいえ、一番のライバルでもある姉とのお揃い状態がイラついてしまった。いかんいかん、と慌てて的へと向き直ると刹那がこちらを向いている。その真っ直ぐな視線をなんとか意識の外へ追いやってターゲットを見定め始めた。
 一発残らず的を射抜いていくライルとメキメキ上達していく刹那を遠巻きに人だかりが出来た出店から離れた場所。出店が列を連ねる入口で闇にまぎれそうな黒づくめの女性が立っていた。そこへ長身の男性が近づいてくる。

「お帰り。どうだった?」
「んー、それがどうも今晩は動いてないみたいだ」
「そうか」
「おーい」

 そこへもう一人男がやってきた。

「そっちはどうだった?」
「まーったく見当たらんよ」

 先に到着した男に聞かれるとそう答えてお手上げといったポーズをとる。そんな二人の様子に女性は小さくため息を吐きだした。

「やっとしっぽを掴んだんだがな」
「そう気落ちしなさんな」
「そうそう。まだ逃げたってわけじゃないんだしさ」
「……あぁ」

 明るく励ましてくれる二人に淡く微笑みを浮かべるとふと出店の並ぶ方向へと顔を向けた。まるで何かを見つけたようにじっと見つめる女性に二人が首を傾げる。

「何かあったか?」
「……いや、気のせいかもしれない」
「うん?」
「シグナルを感じた気がしたんだ」

 囁くようなその言葉に二人も同じ方向へと視線を飛ばす。けれどそこには多くの人が行き交い、目的の人物を見つけるには暗すぎた。

「ま、ニホンだからな。案外ここに来てるかもしれないか」
「……」
「巻き込まれない事を祈ろうぜ」
「……そうだな」

 切なそうに瞳を細めた女性はどこか名残惜しそうな表情を浮かべながらも踵を返し、暗闇の中へと消えて行ってしまった。


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