そんな面々の中、涼しげな表情で黙々と食事を進めているティエリアは横で腰を浮かせたままのネーナに早く座れと目で訴えている。

「生憎と『それ』は訓練とは別物だ」

 語る口調もいつも通り淡々としていて淀みがない。と、いうのも、訓練の間ティエリアはコーチのごとく訓練の内容を熟考し、管理監督に徹しているからだ。本人曰く……

−「自分の役割はデータ関連なので体力はいらない」

 との事だ。するとなぜネーナは訓練に混ざっているのか?と疑問が出てくるが、単なるダイエットの一環ということらしい。

「訓練とは別って……何をするんだ?」

 うんざりとした表情の面々に憐れみを感じながら腕を動かすのも億劫なのだろうメンバーの代わりにニールが手を伸ばす。その内容を覗き見ようと横に座るライルが顔を寄せてきた。その二人を挟むように座っている刹那と那由多は普段と何の変わりもない。同じメニューをこなしているようだが、他のメンバーほど疲れていないのだろうか?

「何って書いてあるのー?」

 書面を読む気にもならないのだろう、クリスはだらりと伸びたまま聞いてきた。声は出ていないが、皆も同じ事を聞きたいのだろう、視線だけが集まって来る。

「んー………花火大会?」
「……花火?」
「そ!ニホン特区の夏休みでは定番でしょお!」

 眉間に皺を寄せつつ読みあげた単語にクリスが復活する。顔中をキラキラと輝かせていると、座ったはずのネーナが再び立ち上がった。その落ち着きのなさにティエリアの眉間へ皺が寄った。

「すぐ隣の島であるらしいの!花火の打ち上げは海岸沿いで波に光が反射してとっても綺麗なんだって〜」
「……屋台の数は?」
「え?」
「夏祭りなら屋台ぐらいあるんだろ?」
「ハレルヤってば花より食い気ってわけ?」
「ちっげぇよ。屋台来てるんなら金魚すくいはあるんだろ?
 だったら一度はしたかった水槽内全部掬い上げるってのをやってみてぇんだよ」
「……ちっちぇ……」
「なんか言ったか?ジュニア」
「いんや?何も」
「あ、だったら射的もあるかな?」
「あれも定番だからな……来てるんじゃねぇの?」
「だったら、ロックオンにリベンジします」
「うぇえ〜?」

 花火のすごさを語るネーナに生気の蘇ったクリスが食いついていたのだが、ハプティズム姉妹は屋台で遊ぶ方が好きなようだ。ちゃっかり試合を申し込まれてしまったニールは、「刹那といちゃいちゃデートが……」と少々ガッカリ気味だが、これを断ると勝ち逃げする気かとかなんとかチクチク言われそうなので引き受けておくことにした。

「言っておくが、全員浴衣及び甚平着用だからな」
「え?そんなの持って来てないよ?」
「明日の日中に買い出し行けば間に合うんじゃない?」
「心配はいらない。私達二人がちゃんと用意してきた」
「それであの大きなスーツケースだったのか……」

 施設にはランドリーもあるので着替えの数はさほどいらなかったというのに、会計二人組の荷物がやけに大きかったのが気にかかっていた。けれど、これで謎は解けた。最初からこの夏祭りに参加するつもりだったようだ。

「……それにしても……よく承諾したな?ティエリア」

 いまだ人の多い場所に行くのを極端に嫌うティエリアが、まさに人の渦といえる夏祭りに行こうなどというとは思ってもみなかったのだ。意外な提案に首を傾げると、彼女は嫌々という雰囲気が存分に読み取れる渋い表情をした。

「ムチを振るうのならば多少のアメも必要でしょう?」
「あ、そういうことね……」

 締めるばかりでは効率が上がらない、とネーナから説得されたようだ。こちらとしてはありがたいのだが、ティエリアはかなり嫌そうだ。それでもこうやって色々と譲歩してくれるようになったのだから、彼女自身の『訓練』も捗っているようだ。

「明日はこの夏祭りに参加するので『強化訓練』はなしだ」
「マジで!!」

 今まで寝ていたとばかり思っていたヨハンの顔が勢いよく上げられた。どうやら寝ていたのではなく、単に疲れ果ててしまっていただけのようだ。

「ホントだよぉ〜♪だから、明日はゆっくり寝坊して体を休めて存分に羽根を伸ばしましょう〜!!」
「「やった〜!」」

 保育士のようなネーナの言い回しにクリスとミハエルの歓声が重なった。実に素直な二人である。
 良い歳した学生が……とは思うが学生の夏休みらしい事といえばこう言った事も入るか、と軽く流しておいて、ふと隣に座る刹那が気になった。常日頃から静かではあるが、静かすぎる。

「……刹那?」
「何?」
「ん?いや、話について来れてるかな……と」
「あぁ、ほぼ分からなかった」
「やっぱり?」

 分からない事を素直に「分からない」と断言するのは清々しいのだが、話のひと段落がついた後なりに質問をしてくれればいいのに、と苦笑を浮かべてしまう。きっと刹那としては楽しげなメンバーに水を差すのではないかと気をつかったのだろうけれど。
 ちらりとライルに視線を投げてみると、彼女はひょいと肩を竦める。そうして意味ありげに動かした瞳の先にいるのは那由多だ。一見普段と変わらない表情ではあるが、刹那で鍛えられた洞察眼には不思議そうな表情を浮かべている様に見える。どうやら那由多の方も分からなかったようだ。

 ちょっとした手ぶりでニールの部屋に集合の意図をライルに伝えると、残りの夕食へと手を伸ばしたのだった。

 * * * * *

 白い太陽が傾き、空の色が茜色に染まる頃。船着き場で迎えの船を待っていた。

 メンバーは朝からゆったりと過ごし、昼過ぎから各々に渡された浴衣一式に着替えていった。男子陣は着付けだけですぐに終わるのだが、女子陣がそうもいかない。
 ヘアはもちろん、浴衣を飾る小物類にも余念がない。何より、ティエリアとネーナによる最終チェックが厳しく、出てきてもダメだしを喰らってやり直しになるケースが何度かあるからだ。

「うーん……さすがっていうか……」
「好みが出るな」

 しみじみと呟いたのはネーナだ。感心した響きの中に少々複雑な気持ちが混ざっている。その横で嘆息を零したのはティエリアだ。
 部屋を何度か往復する羽目になるメンバーを差し置き一発で合格を出したのはセイエイ姉妹だけだった。着付け方(むしろ浴衣自体)を知らないセイエイ姉妹を着換えさせたのはもちろんディランディ姉妹である。しかし、着付ける人が違えば同じものを使用しても仕上がりは全く別ものになるようだ。

 青地に蔓と白い小花柄の浴衣に白地へ水色の織り模様が入った帯を巻き、更に兵児帯で愛らしさを演出している。ただ、帯の結び方がそれぞれに違う。
 リボン結びの上で兵児帯をひらひらと幾重にも重ねたような形に仕上げてある刹那に対し、那由多の方はリボンの羽根を6枚に抑え長く余った兵児帯をドレープを刻むようにして垂らしてある。短い襟足を上手く纏め上げ部分ウィッグを付けたヘアスタイルも、根元からくるくると巻いたポニーテールになった刹那と、毛先だけ緩く巻き左耳の上で一纏めにした那由多、と個々に違いがあった。同じ水色のコサージュで飾っているとはいえ、雰囲気ががらっと変わって見える。

「ん〜?おかしいか?」
「おかしくはないよ?むしろぴったり。ただ、双子なのに全然違って見えるな、と思って」
「浴衣一式が全く同じ内容だったからさ。こんな風に変化つけるのも楽しいだろ」
「うむ。文句の付けようがない仕上がりだな」
「そりゃ光栄な事で」

 厳しいティエリアも満足気に頷いて見せるので言葉以上に良かったらしい。ネーナに至っては見つめるだけでは飽き足らず、帯の結び方を覗いたりヘアスタイルの仕上がり具合を弄ったりしている。

「ティエリアの言った事納得できたかも」
「うん?」
「好みが出るって事」
「「好み?」」
「あぁ、その事か」

 くすくすと笑い声を零しながら振り返ったネーナに、ディランディ姉妹は首を傾げると顔を見合わせて肩を竦め合いもしていた。お互いの帯結びを覗きあっていたセイエイ姉妹の腕を取るとにんまりと微笑む。

「ロックオンはふりふりのスウィート系が好きで、ジュニアはセクシーな小悪魔系が好きってこと」

 にこにことした表情に面食らったような表情になったディランディ姉妹はそれぞれ明後日の方向へと視線を飛ばすのだった。

「ところで、ディランディ姉妹は兵児帯を使わなかったのか?」
「あぁ、そうそう。代わりに帯締めと帯留めなんてないかな、と思ってさ」
「あ、俺は根付と帯揚げがあると嬉しい」

 各々手に黄緑色のオーガンジーで出来た兵児帯を畳んだまま持っている事にティエリアが気づいた。
 セイエイ姉妹同様、ディランディ姉妹にも全く同じ内容の浴衣一式を渡してあった。
 青竹色の地の矢羽根模様。淡い桃色の大和撫子が点々と散っている柄行きだ。今様色の帯は角出し、みやこ結びと大人びた結びになっている。この二人にもエメラルドグリーンのコサージュを渡してあるのだが、やはり髪のまとめ方もばらばらだ。編み込みを頭一周ぐるりと巻き込んだニールとサイドから捻り巻き込み反対側で毛先を散らしてあるライル。普段はほぼ見分けの付かない格好なだけにここまで差が出ると見ている方も楽しい。

「そうだな、これらの帯結びに兵児帯を使うのは勿体無いな」
「だろ?」
「それにイメージとしても必要がないようだ」

 二人の要望を聞いて帯結びを確認したティエリアが納得してくれた。二人としては出来れば兵児帯を使いたくないという意図の上で結んだ帯型だったのだが、どうやら兵児帯を使える結び型にやり直さずに済んだようだ。
 内心ほっと安堵の息を吐きだし、最終判決の結果を待つ。別になくてはならないものでもないのでこのままでもいいのはいいのだが……やはりそこはティエリアだった。

「用意しておいて正解だったねぇ」
「むしろないものが無さそうで怖いんですけど……」

 ダメ元で言ってみたというのに、ティエリアのトランクから要望通りの代物が取り出される。しかも色が合わせ易いようにとモノトーンの二色以外にも茶色や若草色といった色まであって絶句せざるをえない。根付と帯留めに至っても全員の浴衣の柄や色を考慮してあったのかいくつか用意されていた。
 その中から手鞠を模した帯留めと根付、焦げ茶色の帯締めと帯揚げをそれぞれ受け取ったニールとライルは手早くつけていく。
 出来上がりをもう一度ティエリアが確認をするとよほど気に入ったのか満足気に頷いて見せた。どうやらこれで合格らしい。

「他のメンバーももうすぐ仕上がるだろうから、先に行ってくれても構わない」
「にぃにぃズはもう行っちゃってるしね」
「あいよぉ」
「んじゃ、また後でな」

 ひらひらと手を振るネーナと余分となった着付け小物を直し始めるティエリアを残して4人は早速波止場へと向かった。

 * * * * *

「……歩きにくいものなのだな」
「そりゃなぁ……」
「元々日本のお嬢さんは走ったり飛んだりってお転婆な事はしないように育てられてたらしいからな」

 履き慣れない草履とあまり開かない歩幅に苦戦しつつ、なかなか距離が歩けない事に刹那が僅かに眉を潜めていた。那由多の方も静かではあるが、その表情は幾分険しい。

「まぁお前さん達ならすぐ慣れるだろ」
「あぁ、でも指の間が擦れて痛くなったらすぐに言えよ?ちゃんと絆創膏とか用意してあっからな」
「「了解」」

 船着場から祭りの行われている神社まではさほど距離はなかった。それに本堂より手前には既に出店が軒を連ね、夜空だけでなく足元も明るく照らしている。まずはお参りにと本堂へ着く頃には二人共草履に慣れたらしく歩行がスムーズになっていた。

「おっし、何からいきますかね?」

 境内の階段から降りて目の前に広がる屋台の列を眺めながらうきうきとしたライルが腕まくりをする。いくつか通りすぎる途中で射的が見つかった。机の上に並べられるライフルに刹那と那由多が首を傾げる。簡単に説明をつけながらディランディ姉妹で実演をすれば、興味津々といった表情になってきた。

「よし、勝負だ、刹那!」
「望むところだ」

 まずは刹那とライル、その後に那由多とニールで対戦をする事にして早速的を狙い始めた。その少し後ろで見守っていると袖がくっと軽く引かれる。

「ロックオン……少しいいか?」

 じっと見上げてくる那由多の表情に引っかかるものがあったニールは目の前で射的で夢中になっている二人へ声をかけた。

「あっちで那由多とバトってくるわ」
「へ?」
「まだまだ弾の残数あるんだろ?だからその間に金魚すくいで那由多と勝負してくる」
「あぁ、はいはい。気をつけて」

 的を狙うことに全神経を注いでいるだろう刹那の返事はないが、ライルの方も生返事に近い。特に疑問を持たれることもなくすんなりと開放された。
 二人の後ろ姿に形だけで手を振り、那由多の背を押しながら金魚すくいの屋台へと来た。その屋台は結構大きく、繁盛していて人も多くかなり賑やかだ。店主からポイと小鉢を受け取ると水槽の端へと腰掛けルールの説明をする。一通り説明をし終えると座らせた那由多のすぐ横に座り込み、掬う金魚を目で追い始めた。

「……どうぞ?」

 視線を動かすことなく、狙い定めた金魚を小鉢に入れながらぽつりと囁けば那由多も水の中を優雅に泳ぐ金魚へと視線を落とした。

「……聞きたい事がある」
「うん?」
「ベッドで戯れる、というのはどういう事をすることなんだ?」

 淡々と紡がれた言葉に手が固まってしまった。今、小鉢に入れんとしている金魚がポイの上で苦しげに暴れている。もう少しで水槽の中に落とすところだが、なんとか小鉢を持っている手を動かして確保した。

「……え、と……その戯れるってのは……『恋人同士が』ってやつ?」
「あぁ」

 事も無げに頷かれるとまるでこちらが変な事を確認しているような錯覚に陥る。刹那もそうだが……この姉妹にはもう少し羞恥心というものが備わって欲しいところだ、と思わず遠い目をしてしまった。

「ジュニアに、刹那の次でいいならば愛してやると言った」
「へ……へぇ」

 さらに放たれた意外な告白に目を見開く。怪しまれないようになんとか声を絞り出せはしたが、詰まってしまうのはどうしようもなかった。

「だが……」

 ふと途切れた声に表情を覗き見る。どこか思いつめたような顔にニールは目を瞠った。


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