ちらりと見上げたイワンはジャケットを脱いだだけなのでほとんど私服を着たまま…ますます『介護』のように感じられる。

「(この年で介護気分はやだなぁ…どうせなら…)」
「え?…虎徹殿?」

 浴槽に虎徹を座らせたイワンは一旦脱衣所に戻って体を洗う為のタオルを手に戻って来た。そんな彼に虎徹は浴槽に淵へ顎を乗せると拗ねた風な表情を浮かべる。

「…イワン〜…」
「はい?」
「一緒に入ろうぜ?」
「ッ!?!」

 腕をぶらぶらと揺らしながら呟いた言葉は衝撃が強かったらしく…どかんっ…と音がしたんじゃないかと思うくらいに勢い良く赤くなったイワンは…タオルを落として尚、硬直して立ち尽くしていた。予想通りの反応をしてみせるイワンに虎徹は口を尖らせたまま見つめ続ける。

「…い…い…い…っしょ…って…」
「だってさぁ…考えてたんだけど…俺、先に洗ってもらったら…寝室で1人待ちぼうけになるんだろ?」
「あ…う…え、えぇ…」
「…淋しいじゃん…」
「ッ!!」

 今度はぷっと頬を膨らませる。良い年した大人がやっても気持ち悪いだけだろうに…という虎徹の考えとは裏腹にイワンは胸元を握りしめて息切れを起こしていた。

「(…狙ってやったには違いないが…複雑な気分…)」
「…ぬ…脱いできます…」
「はいよぉ」

 それでも望む結果が得られたので良しとしよう…とにっこり笑って踵を返したイワンに手を振った。

「…お待たせしました」
「おぅ。」

 少し温めに設定してくれていたおかげでのぼせる事はなさそうだが…1人残された状態で手持無沙汰だった。
 所在なく腕をぶらぶらと揺らしていると楚々とした雰囲気を纏いイワンが入ってくる。…お前はどこぞの新妻か…と突っ込みを入れたかったが、それよりも気になる物に視線が吸い寄せられて言えずじまいになった。

「(……結構デカい…?)」

 皆まで言わないが…身長に見合った大きさ…とでもいうのだろうか…いや、似た身長であるはずの虎徹よりは大きさがありそうだ。思わずじっと見つめすぎたのだろう、落としたままだったタオルで隠してしまう。

「あ…わり。」
「い…いえ…」

 微妙な空気を作り出してしまった、と誤魔化すべくへらりと笑うとイワンもはにかんでくれた。結構広さがある浴槽の中で小さく縮こまると、開いたスペースにイワンが入ってくる。ざぷ…と音を立てて湯が流れ出ていく様子を見ていると伸びてきた腕に引き寄せられた。

「…っ…」

 後ろから抱きかかえられるような格好にされて、腹に腕を回される。ぺたり…と湯の中で密着する肌が、とても熱い。肩に顎が乗せられて耳の傍で吐き出されるうっとりとしたため息が聞こえてきた。

「…嬉しいけど…少し…恥ずかしいですね…」
「…そ…そうか…?」
「はい…それから…生殺しですよね」
「あ?……あ〜…」

 耳元で聞こえる声に何の事だと振り返りかけたが、聞くまでもなかった。密着する腰よりも下…臀部に芯の通った塊が押し付けられている。時折…とくん…と脈打つ欲望に、また墓穴を掘ったかも…と苦い表情を浮かべた。

「…耐えられるのか?」
「はい。耐えます」
「あっさり言うねぇ…ちょっとくらいフライングしてもいいんじゃね?」
「いいえ。大丈夫です。今まで我慢してきた年数に比べれば…大した事ありません」
「…そう…?」
「虎徹殿は…我慢できます?」
「へ?」

 熱の籠もった声音をしていながら腕をぴくりとも動かさないイワンに紳士だなぁ…なんて思っていると反対に問い掛けられた。今の状況でどう考えても辛いのはイワンの方なのになぜか振り向いた先にあったのは心配そうな表情をした彼の顔。
 おや?と首を傾げる。

「無意識ですか?」
「うん?何がだ?」
「腰…押し付けてきてますよ?」
「っ!?」

 ひそり…と潜められた声とともに、わき腹を一撫でされると途端にざわざわっと肌が粟立つ。しかも性質の悪いことに…気持ち悪さに粟立ったわけではなく…直後にじんっと疼く熱に快感で粟立ったのだと思い知らされてしまった。

「き…き…き、の…せいっ…だ」
「そうですか?」
「そ・お!だからむやみやたらと触って煽るんじゃないっ!」

 さわさわと未だに撫でて来る両手を引っぺがすと、凭れ掛かっていた上体を引き離して前のめりに反対側へと逃げていく。とはいえ、イワンの足の間では思うように体を方向転換出来ないのでしゃがみこんだような格好になった。
 何はともあれ、離すことに成功した、と小さくため息を吐き出しちらりと肩越しに振り返るときょとりと瞬くイワンがいる。どうかしたのか?と虎徹も首を傾げてしまった。

「…え…?」
「…え??」
「…『煽る』…?」
「………」
「………」
「………」
「………」
「……ッ!今のナシ!」

 うっかりまた墓穴を掘った事に気付いた虎徹は顔を真っ赤に染めてしまう。それが逆効果だなんてことは全く気付いていない上に、あまりの恥ずかしさに気付いたらしく涙目になってしまっていた。
 そんな虎徹の顔から目を離せないでいるイワンの視線に耐えきれなくなったのか、浴槽の淵に顔を伏せて小さく丸まってしまう。その行動が更に嗜虐心を擽る事に気付いていない…

「…虎徹殿…」
「ッひ!?」

 きゅっと小さくなる肩にちゅっと口づけると大げさな悲鳴が上げられた。あまりにびくりと跳ねたのでそんなに驚かせたのか、と…ちらり…と見上げると…上げた当人もうっかり叫んでしまったといった…こちらも驚いた顔をしている。その表情に…先に動き出したのはイワンだった。

「んっ…!」

 かぷり…と肩口に噛みつくと鼻に掛かった声が漏れる。耳に心地よく響く声音に小さく笑みを零しながら背中に覆い被さる様に肌を寄せると、少し身じろいだ。

「…緊張してます?」
「…う…ん〜……ぅん…柄にもなく…」

 素肌を重ねられない分を埋めるようにこういう風にくっつく事は度々あったのに、虎徹がかなり固い反応を返してくる。いつもはどちらかと言えば、不意を突かれて慌てるのはイワンの方で…虎徹はというと笑みを浮かべて余裕で受け止めてくれていた。
 けれど…今はそんな余裕すらないらしく…しかめっ面をしつつも素直に答えてくれる。

「…それは…久しぶりだからですか?」
「…う?…ん〜…と…」
「それとも…僕だからですか?」
「!」

 肩越しに覗き込んだ顔に出来る範囲で口付けを降らせる。合間に優しく問いかけた言葉に、…はっ…とした表情を浮かべた虎徹はすぐにしかめっ面へと戻ってしまった。

「…その聞き方…ずるくない?」
「だって…少しはうぬぼれたいじゃないですか」

 今日の今日まで…じっと耐えてきたのだ。
 意中の相手は何に対しても自分とは比べ物にならないくらいに経験を積んで来た『ヒーローの中のヒーロー』であり、うんと差の開いた『大人』。何をとっても『子供』でしかない自分は見向きもされない『単なるヒーロー仲間』だったはずだ。しかも、周りにいた『ライバル』だって…格好良い男性だったり優秀なヒーローばかりで…自分とは雲泥の差な人物ばかり…そんな状況だったにも関わらず、想いに応えて貰い、与えてもらった猶予によって強く、大きくなれたと思っている。
 そんな自分が…敵わないと思っていた相手に緊張させる事が出来たなんて…悦ばずにいられない。

「…〜…」
「んっ!?」

 しばらく、拗ねたように唇を尖らせた横顔を見ていたが、急に振り向いたかと思えば唇を奪われてしまう。間近に見える伏せられた黒い睫毛に僅かに寄せられた眉…紅潮した頬は湯船で暖まったからか…それとも?

「…ふ…は…」
「っ…はぁ…」

 長い長い口づけ…互いに食む様に唇を動かし、ちゅ…ちゅ…と愛らしい音を立てていたが…ようやく離れた時にはお互いに息切れを起こしていた。ふわりと目を開くと、閉じられていた琥珀の瞳が水の膜を張った様に揺らいで開かれる…

「…虎徹…殿…?」
「…可愛い彼氏に初めて体を開くんだ…照れて悪いか…」

 拗ねたような声音…ぎゅっと顰められた眉…そっぽ向いた瞳…真っ赤な頬…普段から自分の事を散々『おじさん』呼ばわりしている彼だが…こんな表情を見せられて『おじさんだから』と言われても何の説得力もない。

 惹かれるなという方が無理だ。

 しかも、紡がれた言葉の破壊力と言ったら…『正義の壊し屋』の異名は半端ではないと関心せざるをえない。うっかり仰け反って悶絶してしまった。

「うん?おい??お〜い?イワン〜?」
「…『彼氏』…なんですね…僕…」
「そうだろ?こんなおじさんのわがままに散々付き合って…約束もきっちり守って…紛う事なき『彼氏』だろ」
「……」
「?…イワン?」
「す…すいません…嬉し過ぎて…」
「そ…そっか…」

 仰け反ったままだった上体を戻してうっすらと紅色に染まる肩に額を押し付けると、今までと同じようにぽふぽふと叩くように撫でてくれた。しばらくそのまま心地よい感触に目を細めていたが…手の下に感じる滑らかな肌にムラムラとしてくる。手を広げて形を確かめるように這わせるとぴくりと小さく跳ねた。

「…イワン…?」
「…体…」
「…うん…」
「…洗わせてください…」
「………ん…」

 そっと囁かれた言葉にゆったりと頷いた。


「……………」
「…イワン〜?」
「…あ、はい」
「あんまじっと見つめるんじゃないの。おじさん、恥ずかしいから」
「す…すいません…」

 湯船から出て椅子に腰掛けたものの…向かい合わせになったままイワンが動かなくなってしまった。その癖、紫色の瞳は飢えた光を宿し、じっと見つめてくるものだから居たたまれない。しかも触れられずに嬲られているような気分で…一糸纏わぬ状態では『ナニ』の変化が丸見えになる…と思うと恥ずかしかった。
 とはいえ、指摘して赤面される方が余計恥ずかしくなるようだ。釣られて照れてしまい思わずイワンから目を逸らせてしまった。

「!」

 反らしたままでいたので、手をそっと持ち上げられた瞬間大げさなほど驚いてしまった。ちらりと見上げてくる瞳にバツが悪い気分になり、また視線を逸らす。すると、特に深く追求することを諦めたのか…持ち上げた手に泡のたっぷり付いたタオルを乗せられると、優しく洗い始めた。

「…っ…」

 繊細な陶器を洗うように…赤子を洗う様に…優しく優しく擦られて腕を這い上がってくる手に瞳を細める。二の腕から肩へと這い上がると首筋へと移って来た。洗いやすいようにと顎を上げると、そろりとタオルが這わされていく。わしゃわしゃ…と泡の擦れる音を耳にもう片腕も洗っていく様をぼんやり眺めていた。
 徐々に泡に塗れていく体に複雑な感情を持て余しながら、胸元から脇腹へと淀む事なく動く手にちらりと顔を覗き見れば真剣な表情がそこにあった。何かを始めると没頭してしまうのは彼の癖だ。筋力が衰えない様にと配慮しつつ鍛えた腹筋を擦られるとかなりくすぐったくて…ヘソまで丁寧に擦られると堪ったもんじゃない。笑いださない様に必死に堪えていると、タオルを持った手は腰骨を撫でて足へと下りて行った。

「・・・」

 …中心を洗わないのか?…と聞きたい所だが…まるで触って欲しいと強請っているような気がして言えなかった。太股、膝の裏…脹脛…爪先…黙々と洗い進めるイワンは片方…もう片方と丁寧に洗い上げていく。両足が泡に包まれるとふと顔を上げられた。

「…?」

 何か言われるのか?…と待ち構えたが一言も発する事なく…ただ、そっと近づく体に思わず強張ってしまった。

「?…??…お?」
「失礼しますね」

 どんどんと近付く顔に警戒し続けていたが、くしゅっと泡の潰れる音と共に抱きこまれた。互いの肩に顔を埋める格好になると、素肌が触れ合い、ソープのおかげでぬるりと滑る感触に肌の滑らかさを感じ取る。何をする気なのだろう?と思えば、背中を洗い始めた。

「(…赤ん坊を洗う時みてぇだな…)」

 落とさない様に抱きかかえて洗う方法は、楓をお風呂に入れていた時のようでなんだか気恥しい。

「(…っつうか…後ろに回れば良くね?)」

 よくよく考えると抱き込まなくても、後ろを向く様に言うなり自ら回り込むなりすればいいわけで…どうしてまたこんな方法を…と唖然としていると背筋をぞくりと走る感覚に体を跳ね上げた。

「っだぁ!?」
「あ、すいません。驚かせましたか?」
「お、驚いたか、ってか…何やってんだ?」
「お尻の方を洗おうと思って…抱えようと思ったんですが…手が滑って」
「あ…あぁ…ね…っつか…言ってくれたらちゃんと協力して動くから」
「はい…すいません」

 泡まみれの体を抱えあげようと思ったようだ。滑る手が背中をぬるりと滑り、背筋を震わせたらしい。完全に任せるような事を言った自分のミスだな…と、所在なくだらりと垂らしていた腕を泡で滑りながらイワンの首に絡めると椅子から腰を浮かせた。膝立ちになって体重を預けると、椅子から浮いた尻から足の付け根まで撫で下ろすように洗われる。

「…んっ…?!」

 終わったかなぁ…と気を弛めていると尻肉の隙間にぬるりと滑る物が当てられた。突然の接触に背筋を跳ね上げる。その感触は一度では終わらず、ぬるぬると行き来を始めた。

「いわっんぅ!?」
「デリケートな部分なので…タオルで洗うのは忍びないと思って」
「だっ…だからって…素手とかっ…」
「一番優しく洗える方法ですので。ほら…前も…」
「ぁ…うぅっ…」

 後回しにするのかとか思っていた体の中心を泡がたっぷり付いた手で握り込まれる。洗う…というより、扱くような動きで反応し始めた竿を…先端をぐりぐりと擦られていった。力加減が分からないだろうけれど、ソープのおかげでぬるぬると滑るばかりで痛みはもたらさない。それどころか、ひっきりなしに背筋をぞくぞくと震えさせていた。

「ふっ…はぁっ…」
「根元も…袋もちゃんと洗いますから」
「んっ…ぅ…ッひぁ!?」
「…あぁ…すごい…ぎゅうぎゅうに締めつけてくる」
「あっ…ん、ぅんっ!」

 にゅるりと菊華へすんなり入った指が小さく抜き差しされて肌をぞくぞくとした快感が登り詰めてくる。ソコから与えられる快感を熟知した躯が期待に震え、呼気を荒げていった。一ヶ月ぶりに味わう開かれる感覚に躯の芯が戦慄く。もっと欲しくてイワンの体に縋りつくも、それ以上の事はしてこない。

「っ…ぃわんんっ…」
「はい」
「っも…もぉっ…!」
「もっと…ですか?」
「んっ…んっ…」
「ダメですよ?日にちがまだ変わってないし…僕は洗ってるだけです」
「ぁ…ぅんっ…!」

 イワンの言う通り、単調な抜き差しだけで悦楽を煽るような触り方はしていない。けれど、飢えた躯は『ただ体を洗っているだけ』でもぞくぞくと震えるほどの快感へと変換してしまい、いますぐにでもぶち込んで欲しいと願ってしまう。


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