8:Night sings the Lullaby


 走馬灯のように流れる街並。夜であってもまだまだ賑やかなシュテルンビルトの一角で、ヘリコプターが照らすライトから逃れつつ走り去る影がある。
 そして、その影を追い続ける集団……ヒーロー達だ。
 宙を舞う『体』の中から客観的に見ていた『虎徹』は、暗闇に紛れる能力の正体に気付き始めた。

「(ロープ?……ワイヤー?)」

 体を中心として四方八方へと放たれる黒いライン。闇に紛れ、まるで体が浮いているかのように見えるが実際は、虎徹の使用するワイヤーのように、体を宙吊りにして浮いているのと同じだった。

「(有名なアメリカコミックの主人公みたいだな)」

 そんな呑気な事を考えながら、虎徹は周囲に鋭く視界を巡らせていた。それは『自分の姿』を確認する為の『鏡』になるものを探す為だ。
 洗面台の鏡で見た『姿』。囁かれる『言葉』。意識が途切れる寸前に見たものが『現実』であるかどうかを今一度確かめたいのだ。
 ヒーロー総出で確保に当たっているのだが、やはり腕の中の存在にも、虎徹自身にも気付いていない。その理由はきっと『今の姿』にあるのだと判断した。

「(この道……このまま真っ直ぐ行けばマジックミラーのガラスを使ったビルがあるはず)」

 脳内で地図を開き現在地と移動していく先を思い浮かべてそこに存在する建物を思い出す。カーブミラーでも、と思ったが、一瞬にして通り過ぎる小さなミラーに目を凝らすよりもビルのガラスの方が好都合だ。
 徐々に近付く目的地。せめて横顔だけでも確認を、と緊張を迸らせる中、ビルの横へと通りかかった。

「(!!)」

 ガラスに『自分』の姿が映り込んでいく。宙に浮かぶ体、真黒なロングコートらしき服に包まれ、前合わせの隙間から腕が垣間見える。視界の端に留めた姿に顔を、と思ったその瞬間……

 ……首が動いた。

 真っ直ぐに前を向いていたはずの顔がゆるりとこちらを振り向き真正面から見る事が出来た。
 大通りの一区間を締めるビル。その長くも短い距離の中、ガラスに映った顔が話しかけてくる。

「(?……???)」

 目を凝らして見つめるも洗面台の鏡とは違い、距離もあれば、動き続けている体、揺れる視界ではまともに読み取る事も出来ず、一区間はあっと言う間に通り過ぎてしまった。

「(だっ!!もぉ!!!)」

 何か重要な事を話しかけていたに違いないと思い必死に見つめていただけに、何も読み取れなかったあまりの悔しさに悶絶してしまう。
 『会話』をする何か別の方法を考えなくては、とすぐさま思考を切りかえると、突然体の向きが変わった。交差点を曲がっていく体にすぐさまその方向の先にある場所を思い浮かべると……

「(……遊園地?)」

 先ほどの向きから少し逸れたところに遊園地が存在している。園内の改装工事をしているので閉園してはいるが、夜に紛れる様に高い観覧車の形が見え隠れしていた。遊園地ならではの適度な広さがある園内を思い浮かべて、逃げるにせよ応戦するにせよ、ちょうどいい場所だな。と思う。
 しかし……

「(……遊園地……)」

 今まで夢の中だと思っていた徘徊地を頭の中で並べる。工場……学校……公園……そして……遊園地。一見繋がりは皆無のように感じるのだが……

「(……子供がいそうな場所?)」

 そう考えると一つに繋がる気がする。一頻り唸って『もしもの話』を組み立てる。
 誰が動かしているか分からない『体』は『行方不明になった子供』を捜しているのではないだろうか?

「(……子供……子供………)」

 かちり、と小気味の良い音を立てて鍵が開いたような感覚だった。
 すべてが仮説の上でしか成り立たせていないのだが、『そう』考えるとすべての辻褄が合う。ならば確認しなくてはならない。

 『会話』をして、『過去』を知り、『現実』を確認する。

 * * * * *

 静かに降り立ったのはメリーゴーランドの目の前。煌びやかに、飾り付けられた木馬は華やかな屋根の下で輪になり上下思い思いの位置で止まっている。その中の白馬に目が止まった。もっとよく見える様にと近付けるだけ近づくと、すぐ傍からため息が聞こえる。

『……ここにはなかった』
「御免ッ!」
「(!)」

 後方から聞こえた鋭い声に素早く反応出来たのは『虎徹』だった。風を切る音で咄嗟に能力を駆使して大きく飛びずさる。けれど反応してから体が動くまでに僅かなブランクがあったせいで左腕へ鋭い痛みが走った。空中で体を捻りながら顔をしかめていると、ついさっきまで立っていた付近に大きな手裏剣が突き刺さっている。折紙サイクロンの武器だ。

『大丈夫!?』
「・・・・・」
『そう。なら良かった』

 少々重たく感じる体で無事に着地をするとすぐ傍から声が掛けられる。自分の唇が動いた感覚があったが、声は聞こえなかった。けれど、聞こえてくる女性の声にどうやら「大丈夫」と返していたのだろう。焦っていた声音がすぐに安心したそれへと変わっていった。

『まだ、追ってきていたのね』

 その囁きとともに勝手に回される視界の中に、後ろから付いて来ていたヒーローの面々が迫ってきていた。バイクや車から飛び降り、間合いを取っている。上空にはヒーローTVのクルーが乗っているヘリがライトを煌々と照らしながら飛んでいるのが見えた。

「(ひとまずはここを切り抜けないと何も出来ねぇな)」

 目の前に迫り来るヒーロー達をざっと見回す。各々の戦闘パターンや得意の戦術を頭に思い浮かべつつ、連携プレーのパターンにも思考を回していった。その中でふと目を留めさせたのは赤い装甲を身につけたバーナビーだ。クリアパーツが発光していないので能力は使っていないのが一目で分かる。彼さえいなければハンドレットパワーで振り切れただろうに。

「(先手必勝とはいかねぇか)」

 むしろ早々にハンドレットパワーを使った方が不利になるのだが、折紙サイクロンの攻撃を避ける為に発動してしまった。出来ればバーナビーに先に発動してもらいたかったが、致し方ない。メンバーはこちらが『ハンドレットパワー』のNEXT能力を持っていることを知っている。ならば能力が切れるまでバーナビーは使わないだろう。つまりこの状態で逃げるならば残り4分以内にどうにかしなくてはならない。

『そうね……分かったわ』

 どうやって切り抜けるか考え始めたと同時に静かな声が聞こえてきた。知らぬ内に何か話していたようだ。体の回りでざわざわと擦れ合う音が大きくなっていく。何をする気なのか、と警戒している内に浮いた体を黒い幕のようなものが包み込んでしまった。

「(おわっ)」

 次の瞬間、体がぐんと引き上げられる。体の芯が重力の影響を受けてぐっと下に引っ張られるようで少々気持ち悪い。歯を食いしばっていると、どうやらハンドレットパワーが使える間に逃げ切ってしまおうというらしい。いくら人数がいて空にもスカイハイが待機しているとはいえ、高速移動を目で捉えられなければ捕まることはない。

「(強行突破か……けど……)」

 闇に紛れやすい黒尽くめの姿になったとはいえど、斎藤が開発したスーツのマスクにはサーモグラフィーモードもあるし、何よりバーナビーもハンドレットパワーを持っている。タイムラグもあるのでやすやすとは逃がしてくれそうもない。その証拠に地面を何度か蹴った所へ赤い光の尾をなびかせて突っ込んできた。

「逃がしませんよ」

 低く静かに告げられた言葉。彼が冷静に攻めてきている証だ。行く手を阻むように放たれた足技を片手でいなし、新たな逃走経路を探す。ハンドレットパワーによる高速移動に他のヒーロー達が追いつけていないが、バーナビーが足止めをしていると判断したのだろう、周りを囲うように散開し始めていた。隙あらば攻撃も仕掛けるつもりだろう、武器を構え手をかざしている。

「(長引くのは得策じゃないな)」

 何より自分のハンドレットパワーが切れるとヒーロー7人も振り切れるとは考えられない。心苦しくはあるが少々手荒なことをさせてもらおうと思う。ただ問題は、『勝手に』動く体をどうやって動かすかだ。悠長に考えている時間はない。バーナビーに道を塞がれて地に足を着いた。

「(!?)」

 途端に、がくりと膝を付きそうになる。四肢に感覚が戻ったのだ。その証拠に左腕の痛みが鮮明になってきている。ちりちりと焼けるような痛みに顔を歪めると目の前に下りてきたバーナビーが追撃に迫ってきた。慌てて防ぐべく腕をかざしたのだが……違和感に気づく。

「(左腕が動かねぇ)」

 強烈なハイキックをどうにか右腕だけで防いで少し距離を置くと同時にちらりと腕を見下ろした。赤い切り傷が手の甲から腕まで真っ直ぐに一本筋を描いている。その腕に新たな違和感を見出した。しかし深く考える時間は視界の端に迫り来る赤い装甲に刈り取られてしまう。

「(くっ)」

 どうにか上体を逸らして直撃を免れるとすぐさま次の攻撃が迫り来る。

「(……足技はあんま得意じゃないんだけどなっ)」

 わき腹を狙った蹴りを持ち上げた足で受け止めると巻きつけるように太ももを挟み込んでバランスを崩させた。斜め前へと倒すように引き寄せた上体へ膝をめり込ませる。小さく呻く声にきゅっと唇をかみ締めて薙ぎ払う様に回し蹴りで追い討ちをかけた。

「バーナビーっ!」
「大丈夫……ダメージはありません。息が詰まっただけです」

 ちょうど後ろにいたロックバイソンが吹き飛ばされた体を受け止めたおかげで逃走出来るほど距離は開かなかった。けれど交わされる会話に思わずほっと息を吐く。

「時間はどうだ?」
「『僕は』残り3分弱です」

 その言葉に頭の中で即座に計算がなされる。バーナビーで3分弱という事は、虎徹の方は2分あるかないか。コレは早々に切り抜けなくては、と軽く息を吐き出した。その間にも、ターゲットをその場に足止めをするべく炎や雷、氷に竜巻と自然災害でもありえない現象が続いている。何とか避け切れば、体勢を整えたバーナビーが再びリングに上がってきた。どうやらハンドレットパワーが切れるまではバーナビー押しでいくようだ。
 しかし、その考えに乗ってやるつもりはない。

「抵抗せず大人しく投降してください」
『…………』

 数多の攻撃の間にバーナビーの声が聞こえてきた。

「今ならば器物破損罪だけで済みます。その後で貴女の探し人を探すお手伝いだって出来ますから」
『……余計なお世話よ』

 確保するべく説得を始めるバーナビーに、地の底を這うような声音が聞こえた。そのあまりの迫力に虎徹の背筋がぞっと震える。

『ヒーローだなんて言って……肝心な時には現れないじゃない』
「え?」

 微かに震える声は怒りと悲しみに染まり呼応するように周りでざわざわと影が騒ぎ出す。

『警察だって何もしてくれなかったわッ!!』

 瞬間、四方に飛散した触手のような影にヒーロー達の包囲網が崩れる。その隙を突いてバーナビーへと近づいた。
 こちらの動きに瞬時に反応したのだろう、回し蹴りが放たれている。乾いた音を立てて右手で受け止めると体を持ち上げ足の上へと乗り上げた。人一人片足に乗せておきながら重心のぶれないバーナビーに関心しながら、足を掴んだままの右手を軸にマスクの横っ面へと蹴りを見舞う。続けざまにムーンサルトを放ち足を開放した。つま先は目標を誤ることなくマスクの赤い顎へと直撃する。
 続けざまの頭部への攻撃は脳を揺さぶる。マスクをしているとはいえ、脳内の振動までは塞ぎようがない。その効果は覿面でバーナビーの足はふらついており、上体がふらりと傾いている。稀に行う手合わせではいつも手加減していたのでここまで叩きのめすことはない。けれど今は非常事態につき心の中でだけ謝っておき、足払いをかけて続けざまに首へとめり込ませた足で傾く体を地面へ沈めた。少し手加減が出来なかったらしく地面にヒビが入ったが、ボディパーツとアンダースーツが威力を弱めてくれるだろう。
 バーナビーがすぐに立ち上がれない事を確認するとブルーローズへと駆け寄った。とっさに構えた銃が氷塊を吐き出すが、軽々と避けてしゃがみこんだ彼女を飛び越えていく。左右をドラゴンキッドと折紙サイクロンが追いすがるがスピードを上げて振り切った。

 * * * * *

 闇に紛れてしまった影に各々が戦意喪失を味わう。イヤホンから聞こえるマリオの声もヒーローTVの終了を告げており、確保できなかった悔しさを語っていた。

「逃げられたわね」
「すばしっこいやつだ」
「今夜こそって思ったのに」

 散々逃げ回った影を取り逃がしヒーロー達の間に落胆のため息が漏れる。逃がした、ということはまたこうやって真夜中に走り回らなくてはならないということだからだ。

「う、わっ!?」
「え?ドラゴンキッド?」

 銃をホルターに戻しているブルーローズの傍で突然ドラゴンキッドがひっくり返ってしまった。

「いったたた……」
「急にどうしたの?」
「んー……分からない。何か踏んだみたいで……」

 どすんと大きな音を立てて盛大に尻もちを付いてしまったキッドは腰をさすりつつ足元を覗き見た。何か落ちているようだ。暗闇に紛れがちで分からないそれを恐る恐る摘み上げる。

「?ブレスレット……かな?」

 手にとってみれば確かに輪を描いているのだが、踏んでしまったせいか糸が切れたらしく、珠がころころと解け落ちていく。

「あ……あっ……」

 手のひらから零れ落ちそうな珠を間一髪で拾い上げてぎゅっと握りしめる。そうして今度は水を汲む様に丸めた手の形のまま開いてみた。すぐ隣まで来たブルーローズも覗き込むと解けた紐と丸い石が手の中に納まっている。

「綺麗な紫ね」
「天然石かな?」
「うん、そうかも」
「・・・」
「どうしたの?」
「なんか……見覚えある気がして」
「そう?」
「んー……どこで見たかな……」

 しばし睨めっこを続けるもなかなか思い浮かばない。そっとポケットにしまいこんで集まっている他のヒーロー達の元へと駆け寄った。

「……バーナビー」

 各々怪我の具合やダメージの具合を話している中、ロックバイソンの思いつめたような声が聞こえてきた。呼ばれた本人が振り向くと、マスクを開いた彼の顔が見える。とても苦しそうな表情にどこか具合が悪いのかと疑ってしまった。

「バイソン先輩?どうしたんですか?」
「最悪の事態になった」
「え?」

 神妙な顔をしたロックバイソンがバーナビーに差し出したのは……

 グリーンのラインが入ったPDA。

 PDAはヒーロー全員が着けているが、ラインの色によって『どのヒーロー』のものか一目で分かる様になっている。
 鮮やかなグリーンはワイルドタイガーのものだ。

「これッ!」
「タイガーのPDAじゃないっ!」
「……どういう……事ですか?」
「少し目を離した内に消えた」
「消えた……って……」
「タイガーが自身でこいつを外すわけないと思っている」
「だから攫われたんじゃないか?って話なのよ」

 深刻な面々の中に入ってきたのはファイヤーエンブレムだった。

「攫われた?あの人が?」
「抵抗ぐらいするでしょ?!」
「このところの体調不良もあるからね」
「具合を悪くしていた所を攫われた……というのかい?」
「そうかもしれない、という域での推測だ」
「でもね?違うような気がするのよ」

 誘拐されたのでは、と言ってきた本人が否定をしてくる。ますます訝しげな表情になる面々に、ロックバイソンとファイヤーエンブレムはまずジャスティスタワーへの移動を提案した。

 全員が集合出来るタワー内の待機室。各々アンダースーツのみになったり、パーツを外したりマスクのみを外したり、と楽な格好になると、思い思いの場所へ腰掛けた。

「タイガーちゃんのPDA。洗面台の横に置いてあるゴミ箱に入っていたそうよ」
「……見つけにくい場所、ですね」
「あぁ。実際コールが鳴っていたから気付いたもんだしな」

 眉間に深い皺を刻んで肩を竦めるアントニオの横でキースが首を傾げる。

「ワイルド君がいなくなった時、何かあったかい?」
「いいや、何も。怪しげな物音一つしなかった」
「……タイガー……気絶させられたのかな?」
「あのタイガーだものね。いくら弱っているからって無抵抗で何の音もなく連れ攫われるなんて考えられないわ」
「そうなのよ。でも……」
「……引っ掛かりますね」
「でしょ?」

 よほど落ちつかないのか、テーブルの横で立ったままのバーナビーはずっと腕組をしたまま考え込んでいたのだが、突然ぽつりと呟く。どうやらバーナビーの考えをネイサンは分かっているらしく、ひょい、と肩を竦めてみせた。

「何か、あるの?」
「えぇ。もし攫われたとしたら……目的が分からない」
「そうなのよ。まったく連絡もないんでしょ?」
「あぁ、きていない」
「………折紙先輩」
「え、はい?」

 不意に話しかけられたイワンの肩がぴくっと跳ね上げる。

「この前、先輩がいなくなった時、いつ頃部屋に戻りましたか?」
「あ……僕が部屋に戻ったのは、明け方でした。朝日が差し込んで……明るくなってきた頃。
 タイガーさんがいつ戻ってきたかは……分かりません」
「……そうですか」

 何かきっかけになれば、と思ったものの、期待するような情報はなく項垂れてしまう。そんなバーナビーの肩をぽん、と一つ叩いてネイサンはみんなを見回した。

「一先ず各自休息をとって、お昼になったらタイガーの部屋の前に集合しましょう」
「そうだね。また夜更かしをしたのだから何をするにもまず睡眠を取らなくては」


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