現場は廃墟となった工場地帯…
犯人の隠れ家としてはうってつけかもしれないが…
一面をもうもうと立ち上がる土煙りと瓦礫が派手に崩れ落ちる音が聞こえてくる。暗闇の中で戦うのか…とげんなりしかけたが、ヒーローTVのクルーや警備隊が灯りを用意してくれていたのでさほど暗くはないようだ。
バイクを適度な場所に止めて先に到着していたファイアーエンブレムに近づくと彼はこちらを振り返って肩を竦めてみせた。
「…何かあったんですか?」
「それがねぇ…私が着いた時は派手に暴れてたんだけど…人が増えるにつれて静かになっちゃってねぇ…」
「…ターゲットの情報は?」
「まだ取れてないのよ。通報も『工場跡から壊れるような大きな音がずっと響いてくる』って事でねぇ…」
その言葉を確認するように現場へと目を向ければ、ひしゃげたクレーンや鉄筋、穴の開いた壁が見える。どれも自然に朽ちた跡には見えず…人為的な物に見えた。着いた時に聞こえていた音はバランスを失って倒れた瓦礫だったようだ…新たに聞こえる破壊音は全くない。
「おぅ。」
相手の出方を見るべきか、とファイアーエンブレムと共に立ち尽くしていると、ロックバイソンが合流した。すぐ傍の鉄筋の上に軽やかに着地するドラゴンキッドと空中から高度を下げてきているスカイハイもいる。高いヒールの音を響かせてブルーローズも来た。置いてあるバイクの影に尖った手裏剣の切っ先が見えるから、折り紙サイクロンがそこにいるのだろう。
「静かだね、そして不気味だ」
「ホントに…むしろ実況のマリオの方が賑やかな感じ…」
「…タイガーはいないの?」
「来ていないようですね…更衣室にスーツもありましたから…」
「どこに行ったんだ…あいつは…」
ロックバイソンの深いため息に交じって鉄を叩く音がした。一様に音がした方向へと視線を走らせたが…何もない。
「…すごく…嫌な感じ…」
「まるでホラー映画のようだね」
ライトで照らされている範囲はたかが知れている…ベースボールの球場ならいざ知らず…即席のライトでは影になる部分も多い。
さらにタイミングの悪い事に…今夜は新月だ…
マスクの視野を夜間用に切り替えているとはいえ…こうも薄暗がりの中では捕捉しにくい。裸眼であるブルーローズやドラゴンキッドも捕らえられていないらしい。武器を構えて周囲に視線を巡らせている。
…かつん……かつっ…かつん…
鉄を叩く音…
それは足音のように聞こえ…歩いたり…飛んだりしているのか、少々不規則だ。
周囲を360度満遍なく聞こえる音は…さながら、こちらに警戒している野生の獣…いつコンクリートの茂みから飛び出てくるのか分からない…
「!」
突然の轟音とともに折紙サイクロンが飛び出してきた。いや、吹き飛ばされた…と言った方が正しいかもしれない。ついさきほどまで彼の居た場所がもうもうたる粉塵を巻き上げて崩れ始めていた。
「えぇいッ!」
すぐ近くにいたドラゴンキッドがすぐさま近づき、電撃を迸らせて棒を振り下ろす。粉塵を切り裂いて下ろされた棒には固いコンクリートの感触だけが返されたが…その切っ先を避けて飛び出した影があった。
長くたなびく裾…ロングコートを身に纏っているのか、体の軌跡に沿って黒い布が尾を引く。宙でくるりと体を捻った影は少し離れた場所にある鉄筋の上に軽やかな動作で着地した。
ふわりと腰の辺りから広がる裾…顔は深く被ったフードで見えず、ぴたりと体に沿った黒布はまるでアンダースーツに似ている。手にも黒革の手袋をしているのか…暗闇と馴染んで形をおぼろげにし、まるで『影』そのもののようだ。
「あなたの動きを完全ホールド!」
間髪入れずに放たれたブルーローズの氷は瞬く間に鉄筋を氷漬けにしていった。けれどターゲットを捕らえるには一歩及ばず、完全に凍りつく前に宙へ逃れてしまう。
「飛んだ…ッ!」
「…すばしっこいわねっ!」
一瞬にして燃え上がる赤い炎が辺りを照らす。ファイアエンブレムのフレイムアローが炸裂したのだ。攻撃を避けるかもしれない事を予測していたのか、ロックバイソンが手近に落ちていた鉄筋の切れ端を更に飛び上がり逃げ果せた影に投げつける。目標を誤る事なく飛んで行った鉄筋も手を付いて軽々と避けられてしまうが、スカイハイがすぐ近くにスタンバイしていた。
「私が捕らえる!そして逃がさない!」
宙に同じく飛び上がったスカイハイが風を操り影を巻きこむ様にして捕らえる。空中では彼以上に自由に動ける者はいないだろう。
目論見通りに影を風の檻へと閉じ込めたスカイハイはターゲットの様子を伺いつつ近づいていく。観念した…とは考えにくいが…捕らえた直後から微動だにしなくなったのだ。
「…どうだ?スカイハイ…」
「分からない…そして…静寂が不気味だ…」
風の中に包まれた影は気味の悪いくらいに沈黙したままだ。代わりにイヤフォンから聞こえるマリオの歓声が煩わしいくらいに緊迫した空気が広がる。
スカイハイが高度を落とし影とともに地面へと下りてくる。その回りをぐるりと囲うように他のヒーローが布陣を張る中…フードを上げさせようと手を伸ばしていった。
指先がフードに触れる…
「ッ!?」
その瞬間、影が膨れ上がった。青いオーラを迸らせ、両腕を広げ薙ぎ払うように動き風の檻を吹き飛ばしてしまう。
「ッ能力者!」
四方に吹き飛ばされた風に身動きが封じられて、ほんの一瞬視界が奪われてしまった。
「!?」
「!スカイハイ!!」
再び目を開くと、影が目の前に立つスカイハイに手を伸ばしていた。突進するかのように見えたその行動はすぐに速度を緩め、ふわりとコートを広げて顔を覗きこむよう両手を仮面に触れてくる。呆気にとられたスカイハイは棒立ちの状態だ。
『………違う…』
「…え?」
ぽつりと零れた声は複音声のようにいくつかの声が重なりぶれて聞こえた。それとともに間近に迫る顔に僅かながらフードから出ている目元が見える。青く輝く瞳…冴え冴えとした光を灯しているのに、どこか悲しげに揺らいで…すぐに鋭い光を放つ…
「ッ…」
「伏せてください!」
鋭く言い放たれた言葉に従い、スカイハイが上体を屈める…すると赤い装甲に包まれた足が空を切り裂いた。
低く唸りを揚げながら影へと繰り出されるバーナビーの足技はオーラを纏い、肉眼で捉えられることのできないスピードを持っている。確実に影を捕らえられる…はずだった。
「っく!?」
捕らえられるはずの一撃は影が翳した腕によって阻まれた。一旦戻して次の攻撃へと移る前に影が標的をバーナビーに変更したらしい…受け止めた足を払いのけて一気に詰め寄っていく。突き出される指先を避けて体勢を立て直すと反れた手が空を貫き、鉄製の壁に穴を開けた。ひしゃげる鉄…気味悪く軋む音を奏でながら崩れ落ちていく塊から手を引き抜いた影はゆらりと振り向く。
「…同じ能力?」
さきほどスカイハイの風を弾き飛ばした時は違うようにも見えたが…鉄を軽々と崩してしまえる力とバーナビーの速さに反応出来る素早さにもしかして…と予想が立てられた。尋常ではない速さを発揮しているバーナビーと影に付いていけず、何とか助太刀を考えているだろう、回りのメンバーに小さく頷いて合図する。察しのいいファイアエンブレムはすぐさまメンバーに指示を出しながら展開させていった。
タイムリミット5分…コレを越せば影も普通の人間に戻る。
その瞬間を狙って捕らえればいい…
「少々…手荒に行きます」
バーナビーと同じ能力なのであればなおの事…手を抜いて攻撃に当たりでもしたら…ヒーロースーツを纏っていても間違いなく骨折は免れないだろう。再び構え直して影と対峙する。相手も同じなのだろう…バーナビーに向けて構えた。
「(…?…既視感…)」
どこかで見たような構えに一瞬心が乱れる。けれど深く考える時間は与えられず動き出した影によって中断させられてしまった。顔に迫り来るハイキックを同じ蹴りと受け止める。びりびりと震える振動にマスクの中で歯を食いしばった。
けれど躊躇することは許されない。自分の繰り出す攻撃で鎮められれば良し…鎮められないならば機会を窺っているメンバーに任せる…その為にも時間稼ぎをしなくてはならない。
「ッ…!」
均衡したかに思えた足技は影が急に力を抜いた事によってバランスを崩す。力を込めた方向に従って軸足を中心に体が回り…肩越しに拳を握り締めた光景を垣間見た。ぐるりと体を捻って襲い来る豪速の拳をかわす。
『…違う…』
「…?」
懐に潜り込み膝を上げた瞬間、小さな声を聞いた気がした。けれど放たれてしまったニーキックは目標を誤らず鳩尾へと迫る。
やはり…というか…予想通りに受け止められた膝を押しやられると二人の距離が開いた。耳元で聞こえる残り時間の知らせにふっと一度落ち着いて呼気を吐き出す。こうも一筋縄でいかない相手とは戦ってこなかった…というのも…対になる存在であるワイルドタイガーが一緒に戦っていたからだ。
一人きりの戦い…周りに他のヒーローが居るとは言え…対峙するのは自分だけ…
その事実がこれほどまでにプレッシャーとなるとは思ってもみなかった。
「(あと少し…)」
自分が仕留められなくても皆がいる…という安心感…
『先輩』から教わった心得に精神的な余裕が生まれる。残り時間から仕掛けるのはあと一度きりだろう…
ならば…
瞬時に『GOOD LUCK』モードを起動させる。
当たるならば全力で当たっておかなくては…後悔する…
形態を変形させていく音を聞きながらバーナビーは能力発動状態で打てる最後の一撃を繰り出した。
<…終了まで残り5秒…4…3…>
カウントダウンと共に放たれた回し蹴り…豪速の唸りと共に影へと迫りいく…影の方は避ける気配がない…それどころか腕を構えた。
…受け止めるつもりか…と信じ難い思いと共に振り切る。
みしり…とめり込む足技…受け止めた影は衝撃を殺し切れずに吹き飛ばされた。
<…1…終了です>
「……仕留めた?」
メットの中に響くアナウンスを聞きながら影の飛んでいった場所を凝視する。土煙の舞い上がる中…瓦礫の崩れる音が聞こえてきた。
「!」
「避けて!」
一際派手な音とともに飛び出してきた黒い塊に一瞬構えたが、鋭いブルーローズの声に高くジャンプをした。すると足のすぐ下を氷塊が通り過ぎる。
『………』
青いオーラに包まれた腕が放たれた氷塊を打ち砕く。粉々に飛び散る氷の中…影を包み込んでいたオーラが消え失せていった。
「きれた!」
「今度こそっ…完全ホールド!」
輝きを失った影に向かってブルーローズの氷撃が次々と放たれる。素早く対応した影が避けていくが…氷が張り広がりゆく地面がついに捕らえた。足元から氷付けになる影の姿にようやく捕らえた…とメンバーにほんの一瞬の隙が生まれる。
『……邪魔…』
もう少しで全身が氷に包まれる直前、低く囁く声が響いた。途端に膨れ上がる影に、先ほどスカイハイが捕らえた時と同じ状況が生まれる。
歪に…肥大さを思わせるほどに膨らむ影が…体を拘束する氷を粉々に砕いていった。
もう少しで全てが砕け散り再び自由になってしまう…と思ったところにドラゴンキッドの棍が雷電を纏って放たれる。
「やぁッ!」
雷を纏っていれば最悪受け止められたとしても感電させられるはず…その考えの元、力の限り振り翳された棍は影へとまっすぐ突き立てられた。
落ち着き払ったように翳される手の平…受け止める気か…と思った瞬間…
…腕が膨張し始めた…
「っ…なに、これ!?」
歪に膨れ上がった黒い塊は帯のように細長くほどけ始め、うねり始める…その光景はまるで生き物のようだ。ゆるり…と弧を描いた次の瞬間、弾けたようにドラゴンキッドへと飛び掛ってきた。
「ぅあぁッ!!」
まるで鞭のように撓る黒い塊は雷電を纏った棍を弾き腕を交差させた彼女を吹き飛ばす。その体が壁にぶつかる直前に折紙サイクロンが身を挺して受け止めることによって怪我を免れた。けれど影はあっさりと次に襲う目標を変更している。
気が逸らされた間に再び氷付けにしようと能力を発動させ続けていたブルーローズ…その姿をゆらりと動かした瞳に映しこみ…派手な音を立てて氷を割り砕くと一気に詰め寄る。
「させるか!」
ブルーローズへと襲い掛かる拳をバイソンが受け止めた。その隙に腰が抜けてしまったローズをファイアエンブレムが抱えて退避させる。一度腕を戻して体勢を立て直した影が新たに攻撃を仕掛けてきた。けれどその速さはロックバイソンでも充分に対応出来る速度だ。
やはりバーナビーと同じ能力は先ほどタイムリミットを迎えていたらしい。
『…お前も…違う…』
「な…」
両手で取っ組み合いになった瞬間、影がずるり…と顔を近づけてくる。おかしな具合に曲がる頭から低く零れる言葉に混乱が招かれた。
「…誰か…探しているのか…?」
もしかすると説得を出来るかもしれない…そんな淡い希望から語りかけるとぴくりと肩が跳ねる。ふっと組み合っていた手からも力が抜けた。
するり…と抜け落ちた手…反応に困っていると突然両手が突き出された。
『…私達の…邪魔をするな…』
「ぐぅっ!」
低く掠れた声…唸るような言葉が紡がれると収束したはずの黒い塊が膨れ上がり、巨体に叩きつけられる。咄嗟に能力を発動させはしたが、体が後方へと押しやられてしまった。
『私達の邪魔をするなぁ!!!』
怒号の叫びと共に伸びた黒い塊が暴走を始める。
抉れる地面に飛び散る石片…巻き上がる土煙…崩れ落ちる瓦礫が雪崩のように降り注ぐ。
「みんな!そこから引き上げて!」
イヤフォンからアニエスの焦る叫び声が響く。ここから今すぐ引き上げなければ間違いなく、瓦礫に呑まれて怪我どころではすまない可能性がある。
互いに頷き合い、安全な場所まで…と走り出した中…バーナビーはちらりと肩越しに後ろを振り返る。
未だ立ち尽くした影の姿は壊されたコンクリートや鉄筋の中へと呑まれていった。
*****
「…あー…れ???」
眩しさに瞳を開けるとどこかに寝そべっているらしい。ぼんやりと見上げて白っぽい青空であることに気付くとゆったりした動きで首を捻った。するとどこかの屋上なのだろうか…コンクリートの地面が広がり、遠くにフェンスらしきものが見える。逆側へと首を動かすと、ちょこんと座っている少女がいた。
「…あ…」
心配そうな顔に慌てて上体を起こす。まだまだ曇った表情の彼女の頭を優しく撫でてやるときゅっとテディベアに抱きついた。
「ごめんな?一緒に行ってやるっつったのに…こんなトコに来ちまって…」
せっかくお母さんの元へ連れて行ってやるはずだったのに…
くしゃり…と顔を歪めてしまった虎徹に彼女はふるふると首を横に振ってくれた。
「…優しいな…」
思わず口元を緩めると…ふと周りを見回して記憶を辿っていった。
確かこの少女に手を引かれて暗がりのビルへと行ったはずだ。暗闇に伸びる廊下の上…錆びた鉄の扉がとても不気味だ… その中の一枚に少女が縋り付いて扉を叩いた。
けれど何の反応もないのに首を傾げた。
それでも尚叩き続ける少女に「中にいるのか?」と問いかけると困ったような表情で見上げてくる。
とりあえず開いてみよう…とノブを捻ってみるも錆びているのか動かない。
もしかして開かなくなって閉じ込められたとか?
…何にせよ開けてみないと分からない。
壊してしまう事に少々戸惑いはあるが心の中で建物の管理者に謝ってハンドレットパワーを発動させた。
………
……………
…………………
………それで?
扉を開いて…
部屋が意外に広い事で驚いて…
誰も…いなくて…それから…
…それから?
「…んー???」
これでは相棒の呼びかけが『おじさん』から『おじいさん』に進化してしまうかもしれない。首を捻りつつ記憶を探るも一向に何も浮かびそうにない。眉を顰めつつ周りを見つめると…隣接しているビルなどから自宅のマンションの屋上らしい。
…何故…?
…いつの間に…?
ますます首を捻らなくてはならなくなった。
「………」
「あ、わりぃわりぃ。」
首を捻りまくる虎徹に気分が悪くなったと勘違いしたのか小さな手がそっと袖を摘む。笑顔で振り向くとほっとした顔をされてしまった。
「…お母さん…見つけられなかったな…」
「………」
「…一緒に探そうか?」
「!」
「で。見つかるまでは俺んとこにいたらいいよ」
にっと笑って提案してみると、しばらく…きょとん…と大きな瞳を瞬かせ続けていた。けれど、まん丸の瞳がふっと弛んで優しい弧を描く。
了承してくれたようだ。
立ち上がると同じようにすっくと立ち上がってくれる。
「それじゃ…しばらくの間よろしくな!」
差し出した左手を彼女は満面の笑みで握り返してくれた。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
. . . to be continue . . .
←BACK
lullaby Menu
TOP