…どうしてこうなったかなぁ…

 吐く息にすら焼かれそうな熱に眩暈を感じながら虎徹はぼんやりと思考を動かしていた。


I don't care what follows.
【後は野となれ山となれ】


 事の始まりはジムに来た時だ。
…いや…もうその時にはすべてが終わっていたのかもしれない。

 雑誌の取材があるバーナビーとは今日一日別行動だ。
 最近は上げなくてはならない書類もなくなりつつあり、久しぶりに真面目に体を鍛えようか…と思って来た…は、いい。
 ロッカールームに向かう途中、休憩室に人影がちらりと見える。

キースとイワンだ。

 そういえば最近よく話してるよなぁ…とそれだけの感想だった。
まぁ、仲がいいのはいいことだ。
 と、笑みを浮かべてそのまま素通りするはずが…

「ワイルド君!」
「タイガーさん!」
「…うん?」

 やけに必死な調子で呼びとめられた。



 誰にも見とがめられずにゆっくりじっくりと話せる所…というわけで…
ビル風の吹き荒ぶ屋上へとやって来た。
 まぁ…時季が時季だけに…それほど寒くはない。…温かくもないが…

「………」
「………」
「………」

 そんなコンクリートの地面の上…きちっとした正座のイワンと、真似をしたいのだろうけれど出来ていない崩した正座のキース…俺はというと、2人の向かい側で胡坐をかいて座っている。
 かなり真剣な2人の表情に気おされて言葉を発することも憚られる事数分…そういや最近2人とそれぞれにゆっくりした時間取ってなかったなぁ…とか…何か悩み事でも出来たかなぁ…とか考えていると、ようやく動きを見せてくれた。

「タイガーさん…」
「ワイルド君…」
「…はいよ?」
「私達は話合った…とても話合った」
「う…うん?」
「その結果…協定を結ぶ事にしたでござる」
「…はぁ?」

 ちっとも見えてこない話の内容に首を捻り続ける。

「今までも…協定に近い状態ではいたんだ」
「んー…う??」
「平等に、公平に…と貫いていたでござるが…もう限界でござる」
「えー…っと…悪い…主題がさっぱり見えないんだが…」

 必死な状態なのは分かる。そして何かを2人の間で取り決めた事も分かる。けれど…何故それを俺に伝えているのだろう?…肝心な部分が分からない、と素直に両手を上げると、じっと2対の瞳が射竦めてくる。
 その瞳に嫌な予感が過ぎった…

「お互いに知ってるんだ。」
「…なに…を?」
「互いと睦み合っていることでござる。」
「ッ!!?」

 2人の言っている内容とは…俺が2人と夜の営みをしているってことで…
 確かにヤってる事はヤってる…しかも一度や二度じゃない。相手が求めるまま…手を引くがままに体を開いて受け入れていた。
 別に隠しているつもりもないし、おおっぴらに言うつもりもない…けれど改めてこうやって言葉にして言われるとかなり恥ずかしいものがある。

 …だって…俺が…個別に迫り方とか受け方とか変えてるの…知ってるって事だろ?

 そう思うと一気に顔が熱くなった。

「…可愛い…」
「はぁ?!」
「ワイルド君…その反応は反則だ。」
「い、意味が分からん!!だいたい!なんだよお前ら二人して!いつから互いに知ってたんだっ!」
「いつからだったかな?」
「んー…と…3か月前??」

 結構前だ…しかもこの2人と体の関係を結ぶようになってから今月で4カ月目…かなり最初の方に気付いてたってわけか…
 思わずがっくりと項垂れていると、2人は更にとんでもないことを言い出した。

「きっかけは…互いに付けた覚えのないキスマークに気付くようになって…」
「タイガーさんの行動を調べていたら僕かキースさんの所に泊った次の日だと言う事に気づいて…それで聞いてみたら同じ事をしてたっていうか。」
「…あぁ…そう…」
「お互いにタイガーさんとの関係を終わらせたくないし…今まで通り…というのも難しい…」
「どうしようか…と話し合った結果…交代という案に辿り着いて。」

 …いや…二股かけてる時点で関係を終わらせてほしかったんですけど。
 むしろそうなる事を狙って自由奔放に振舞ってたんですけど。
 だいたいな?若者が、萎びたおじさんにぞっこんとか…どうかと思うわけ。
 一時の幻を愛だと思い込んでても困るし。
 輝かしい将来のある2人が…こんな先のないおじさんとちゅっちゅしてるのはマズイと思ってたわけですよ。
 だもんで…2人と繋がってるって気付いた時点でこの『遊び』を終わらせてほしかった。

 ………欲しかったのだが…

 なんで話し合いで続行しちゃってんの、君達。
 っつか…終わらせたくないって…なんぢゃそらッ!

「ヤった方は次のお泊りの時はしないっていう風に…交互に抱いて…」
「連日ではタイガーさんも辛いでしょうし…」
「…気遣いをありがとうさん…」
「ワイルド君とヤる回数も平等にって思って…ヤった事を報告し合ってたら…」
「はぁぁぁ???」

 仲良しはいいことだ…これはいつだって思うことだ…
 けどさ?…こう…雄としての縄張り争いみたいな?独占欲とかってのはないのかね??
 …もう…今の若い子の思考は分からんちんっ!

「…ってか…報告し合うとかって…マジ勘弁してくれ…」
「すまない!そしてごめんなさい!」
「…すみません…」

 本人のいない間に…人のアレコレソレをしてる時の報告会とか…独占するより共有を選んだってわけなのか?
 なんなの!?なんなの!君たちは!!!

「…それで…?ヤり自慢してたらどうなったって?」
「互いに気になりだしてしまって。」
「………何を…?」
「タイガーさんの乱れ方が。」
「……………」

 どんな報告を遣り合ってたんだこの二人は…
 俺は抜けそうなくらい綺麗に晴れた青空を仰いでしまった。もういっそこのまま消えられたらいいのに…って思考でいっぱいで…あぁ…涙まで出てきちゃった…

「それに…タイガーさんが来ない日に…キースさんの方で喘ぎ声を上げているんだって思うと…」
「…あ…あえぎ…」
「それをいうなら私もだ!折紙君の下でどんな卑猥な格好をしているのかと思うとっ!」
「…ひわぃ…」
「そ…その上…僕はまだした事のないまんぐり返しとか…全身嘗め回すとか…」
「私だってまだ騎上位をした事ないしっ…フェラしてもらったことなんてっ…」
「あー…もう、それ以上言うな。」

 ホントなんなんだ…俺へのイヤガラセ?新手の苛め?
 いや…この場合はプレイ?
 ……………
 いやいやいや…こんなプレイはおじさん、願い下げデス。
 …あぁ…頭が痛い…

「んで…結論はどうなった?」
「「一緒にしよう、と。」」
「………」

 聞かなかったことにしたい。
 なんにも聞かなかった事にしてしまいたいっ…
 …したいんだけど…

「………」
「………」
「…っっっ!」

 目の前に座る捨てられた子犬のような表情をする二人には勝てそうにないと思う…冷や汗をだらだら流しながら固まってしまった。
 折れるしか…ないのだろうか…けれど…一つ気になる…

「い…一緒って…独占、できないんだろ?…いいのかよ?それで…」
「…折紙君とはね?気が合うんだよ」
「…気ぃ?」
「タイガーさんを…渡したくない相手が同じでござる…」
「…なんだ…そりゃ…」
「共闘誓約だよ」

 余計に分からなくなった。ただ、にっこり微笑みを浮かべる二人の顔に迷いとか後悔とかって色は欠片も窺えない。つまりは、もう二人の中で決着は付いているという事か…
 最後の決定権は俺次第。
 イヤだって言えば…良くて…今まで通り…別々で…ってことに…

「………(俺って甘いよなぁ…)」

 二人の真剣な表情に否、とはいえなくなっていた。

 * * * * *

「どうぞ。」
「お邪魔〜」
「失礼する!そして失礼する!」

 すらり…とほとんど音もなく開かれた襖。日本マニアに相応しい畳と障子の部屋に靴を脱いで上がり込んだ虎徹とキースは勧められるままに座布団へと腰掛けた。

「…っつかさ?イワンの部屋でよかったのか?」
「うん?」
「ほら、この前こっち来たばっかだし。お前らの話からすると…順番としては次、キースの部屋だったんだろ?」
「あぁ、そのことかい。いいんだ、私がとても興味あったからね。」
「興味?イワンの部屋に?」
「いいや。カラフルな閨というものにッ!」
「………イワン?」
「………。」

 少々ニュアンスは違うが、虎徹には何のことかよく分かった。…いや…分かってしまった。
 郭というものが存在していた時代からあったもの…褥の敷き布を紅や桃色、黒などにして、そこに横たわる体を際立たせて、抱く方の興奮を誘うものだ。しかも吐き出される白濁の欲が普通の白いシーツと違って絵の具で描いたようにはっきりと…くっきりと浮かび上がるように色を残してしまう。
 もちろん、そんな小道具を使ってしたのはイワンだけであって…しかもイワンの興奮度合いも然る事ながら…虎徹自身の乱れ具合もすごかったと記憶している。
 …つまりはこのこともキースに報告していた、という事だ。思わず…じろり…と睨んでしまうと彼はそそくさと顔を背けてしまう。
 重たい溜息が唇から吐き出された。
 今更だが…本当にこの二人は筒抜けだということだ。

 だったらもうなるようになってしまえ…と虎徹は半ば自棄になりながら立ち上がった。

「ワイルド君?」
「タイガーさん?」
「体洗ってくるからその間に…そのー…なんだ…順番…とかっ…決めとけ。」

 顔を真っ赤にしてしどろもどろになりながら告げられた言葉に二人はすぐピンとくる。どちらが先に入れるか…という事を決めろ、という事だ。思わず顔を見合わせてしまう。そんな二人を残して虎徹は勝手知ったるなんとやら…入ってきたのとは別の襖を開けた。

「あ、タイガーさん…一式は出したままですから…」
「りょうか〜い。」

 襖を閉じる直前に掛けた言葉に、キースはぴくり、と反応を示した。彼の変化に気付いた虎徹が首を傾げつつ、その場で踏み止まる。

「…一式…とは?」
「ボディソープとかな。」
「……ワイルド君はいつも折紙君のところでお風呂に入るのかい?」
「え?はい、そうです。」
「…私の所では入らないのに…」
「そうなんですか!?」
「うん…ほら、キースの家にはさ、俺がいつも使ってるソープとかシャンプーとか置いてないから。」
「…なるほど…」

 お泊りに行く確立が高いのでそのたびにいつもと違うソープを使っていればイヤでもばれてしまうだろう…特にメンバーにはネイサンという嗅覚にとても優れた『レディ』がいる。きっと同じソープの香りを漂わせるだけで余計な勘ぐりをされるに違いない。

「んじゃ、褥の用意、よろしく☆」
「任せろ!そして任せてくれ!」

 なんだか俄然やる気を出したキースの様子に苦笑しながらも虎徹はバスルームへと向かった。

 脱衣所から浴室…湯船に至るまで…余すところなく和風で整えられたそこは、実家を思い出して落ち着ける場所だったはずなのに…今日はまったく落ち着かない。寧ろずっと動揺している。

「…一緒…一緒に…っつったもんな…あいつら…」

 それは暗に3Pを表していて…このおじさんに若者二人も相手に出来る体力はあるのか?…と一抹の不安に襲われる。二人とも優しいからどこぞの年中発情期な兎とは違って気遣ってはくれるだろうけれど…果してその気遣いを保ってもらえるのだろうか?
 考えるだけで重たい溜息が口から零れ落ちる。

 あの二人はどちらかというと正反対なのだ。
 イワンの方は幼いということもあり、経験自体少ないだろう…その辺を考慮した上でいつも虎徹がリードする形を取っていた。そんなこともあって、最近では良く雰囲気作りの小道具を用意している。シーツもその一つ…自分ばかり気持ちよくさせられているのではないか…という心配から虎徹の羞恥を高めてもっと興奮するように…と仕向けてきていた。
 一方…キースはというと…動物か…と思うほど全身をくまなく嘗め回してくる。その上、言葉責めを交えてしつこいくらいの甘い愛撫を与えてくるものだから、イワンの時のように何か仕掛ける隙がない。ただ…場所を選ばない…というきらいがある。キッチンだったり、リビングのソファだったり…バスルームもあった。その内青姦させられるかも…と薄ら寒い予感すらしていた。

 そんな二人が一緒に一人のターゲットを犯す…果してどうなるのやら…まったく想像が働かない…

 一先ずは体を隅々まで念入りに洗い清めて一旦涼もう…とソープへと手を伸ばした。



 虎徹が体を洗い始めた頃…部屋に残された二人は互いの膝を付き合わせていた。一緒にする…と決めて、場所もイワンの部屋…というところまでは決めていたが…どうやって虎徹を攻めるか…までは考えていなかった。

「…重要…ですよね…」
「うむ…とても重要だ…そして難解だ…」

 …うーん…と唸り続けるが、ふとイワンが顔を上げた。

「とりあえず褥の用意を万端にしましょう」
「うむ、そうだね!」

 自分自身を勇気づけるように布を取りだしたイワンをキースは手伝い始めた。


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