「さてと…さっきも見たから分かってるでしょうけど…うちには色々あんのよ。まぁ、女の子だからこっちの方がお勧めかしらね」
「おぉ〜…青薔薇の簪とかいいねぇ…」

 長い爪が指差したのは机の右半分。ターゲットが女性なのだろう、シュシュやピン止め、ネックレスからブレスレットまでずらりと並んでいる。…まるで行商人だな…と思ったのは当人には内緒だ。
 その中で虎徹が目をつけたのはアジア近辺のアクセサリーの一種である簪がずらりと並ぶ場所。珠に虎や龍や螺旋が描かれたものから、細いチェーンで角や炎のエンブレム、折鶴、兎のシルエットのシルバーチャームを釣り下げたものまである。中でも一番華やかなのは、ブルーローズをイメージしたであろう、青い薔薇に氷の結晶型をしたチャームがついたものだ。

「そうねぇ。浴衣の薄紫にも合いそうだわ…で・も。私はこの辺りがいいと思うの」
「うん〜?…ブローチ?」
「ノンノン。コサージュとおっしゃい」
「コサージュぅ?」
「そうよ〜?あんたの言う通り、ブローチにもなるんだけどね?こうやって…」
「え?」

 ただひたすらぼんやりと見つめていた『撫子』の帯に手が伸びてくる。何をするのだろう?と見下ろしていると、コサージュの中の一つを手に持つと、クリップ部分を開いて挟み込んでしまった。

「ほら。こうして、帯の飾りにも使えるのよ」
「「おぉ〜…」」

 仕上げ、とでもいうのだろうか?帯に取り付けた濃紫の華を突いた。華の中心に、青、白、紫を主にしたビーズが束ねられ、華の下からチェーンで吊り下げられた折鶴のチャームがキラキラと光る。黒の帯にも、薄紫の浴衣にも違和感なく色を添えるコサージュに二つの感嘆の声が綺麗に重なった。

「髪飾りにも、さっきいったようにブローチにもなるから。使用の幅は広いわよ」
「…はい…」
「えーと…じゃあ…あともう一個…これの色違いとか…」
「え?」
「妹いるだろ?」
「あ…は、はい…」
「どんな子?もしくはヒーローの誰が好き?やっぱり…ドラゴンキッド?」
「はい…明るくて活発で…ドラゴンキッド…み、たいに元気いっぱいな女の子です」
「…ふぅん…」
「そっかそっかぁ…可愛いだろうなぁ」

 思わず…ドラゴンキッドそのものです…と言いかけて慌てて付け足した。特定される言い方ではないし、会っていないからばれないとは思うが…今の『撫子』の姿は当人に近い…というか、髪や瞳の色が違うだけでほぼ同じだ。
 ばれていないらしく…うんうん…と頷く虎徹に対して…『クイーン』は意味ありげに瞳を細めて見せた。思わず口元を引き攣らせつつ僅かに首を傾げてしらを切りとおす。すると、途端ににぃ〜っこりと微笑まれて思わず背筋を跳ね上げてしまった。

「お揃いの色違い…って事で…やっぱこれかな」
「うん、そうね。キッドちゃんのカラーリングが喜ばれるでしょうね」
「んじゃ、この二つで。」
「OK〜。で・も。ちょぉっと待ってなさぁい?」

 虎徹が選び抜いたオレンジ色の花に龍のチャームが付いたコサージュを袋に詰めると、『クイーン』はやけに楽しげな声で机の下を覗きこむ。すると何やら作業を始めたようだ。大きな背中で何をしているのかさっぱり見えはしないのだが…とりあえず大人しく待ち続ける。とはいえ、ほんの3分ほどで作業を終わらせてしまい、顔を上げてきた。

「?どうした?」
「プレゼントよ。さ、左手出してくれる?」
「え?あ、はい…」

 差し出された右手に言われた通り左手を乗せると、手首にするりと細長い物が巻かれる。かちり…と小さく金具の音がした、と思えば、手作りのブレスレットだった。

「…ふわ…」

 細い革の紐で編まれたブレスレットは紫と緑の小さいトンボ石が編み込まれ、中央に虎の模様が書き込まれたトンボ石が光っていた。しかもその下には折鶴のチャームが揺れている。

「おぉ〜…って…なんか厳つくね?」

 …と虎徹が思うのも仕方がない。『クイーン』が作り上げた『ソレ』は、男性用に作るブレスレットの材料から作ったものなのだ。可憐で儚げな印象しか持たない『撫子』には少々無骨過ぎる代物だろう。

「いいのよ。ねぇ〜?」
「はい!とっても嬉しいです!」

 けれど…そんな虎徹の感想に反して、当人の『撫子』の表情は光り輝いていた。よっぽど嬉しかったのか、きゅっと抱きしめる様にして手首を抱えて見せる。何せ、本当は男である上に自分のカラーと虎徹のカラーが組み合わされているのだ。

「見た目と好みが一致するとは限らないのよ」
「…へぇ…」
「あ、えと…代金を…」
「いらないわよ」
「え!?」
「コサージュは『兄弟』から。そのブレスレットは私からの『応援』付きプレゼント」
「!」
「応援?」
「あんたは知らなくていいのよ」
「えぇ〜?」
「あ…ありがとうございます…」

 ばっちん…とウィンクをされて『撫子』は思わず顔を赤くして俯いてしまう。気付かれていない…と思っていたが、やはり鋭い感覚の持ち主には誤魔化しきれなかったようだ。その上、『応援』付きのブレスレットには何に対する『応援』なのかがしっかりと表現されていた。

 紫と緑…つまり…折紙サイクロンとワイルドタイガー…

 革紐の編み込み方も、二つの色のトンボ石の間にバツ印が出来るような編み方で…露骨といえば露骨なのだが…意味を知らない虎徹が見ても分からないよういになっているのが救いかもしれない。
 芸が細かいと言うか…なんというか…とてつもなく複雑な気持ちな上に、『応援』という言葉から…援助してくれるという意味が汲み取られ、恥ずかしいような嬉しいような…とにかく面映い気分にしてもらえた。

「さて。お喜びのところ悪いんだけど…時間なのよねぇ」
「うん?」
「あ…本当だ…」

 つい、と長い指が示したのはフロアの壁に駆けてある時計。イベント終了まで残すところ一時間と少しになっている。

「時間いっぱいまでいたいんだけどねぇ…撤収に時間かかりそうだから早めに切り上げて混雑する前に出ちゃおうと思ってねぇ」
「…あぁ…そうですねぇ…」
「うん?そんなにすごいのか?」
「すごいも何も…一般参加者はもとより、サークル参加者も全員ここから帰っていくのよ?」
「…ん〜…あ〜〜〜……な。」
「すっごい人になるって事。分かった?」
「ん。分かった分かった。」
「というわけで。私はもう店じまい。」
「おぅ。お疲れさん。」
「ありがとうございました」
「どういたしまして」

 ひらひらと手を振るネイサンに見送られて再び手を繋いだ二人はフロアとフロアの中央に位置する通路まで出てきた。

「それでは…私のスペース、こちらなので」
「そっか。俺はさっきの兄弟んとこ寄ってから帰るわ。今日はありがとうな?」
「いえ。こちらこそ。ありがとうございました」
「じゃ、また機会があれば会おうな?」
「はい。それでは」

 しずしずとお辞儀を残して去っていく『撫子』を見送って虎徹は一つ伸びをした。
 会場に来た当初はまさかずっとこの中でいる事になるとは思ってもみなかったのだが…なかなかに良い経験をしたし、良い出会いもあった。ヒーロー仲間の意外な一面も拝めたし、かなり充実した一日になったと言っていい。

「(さてと…楓に言う為にもさっさと二人んとこに行くかな)」

 足取り軽く『兄弟』のいるスペースへと向かう虎徹は無意識に鼻歌を歌っていた。

 * * * * *

「おっはよぉ〜っす!」

 いつも通りの明るいテンションの元、虎徹がジムに入ってきた。今日の予定は、午前中をジムで時間を潰して昼前からインタビューが入っている。とはいえ、虎徹個人のインタビューは少ないのですぐに終わるだろうけれど…相棒であるバーナビーの方が終わるまで待たなくてはならない。それも大した時間にはならないだろう、と意気揚々に入ってきたのだが…

「…おぅ…」
「…おはよう、そして…おはようございまぁす…」

 入口に近い場所でのろのろとバーベルを持ち上げるアントニオと、ダンベルをこちらものろのろと動かすキースがいる。二人揃って目の下にはくっきりとクマを作っており、笑顔なのに何故かお通夜に来たような雰囲気だった。

「な…なんだなんだ?お前らその顔…死相が出てんぞ?」
「いや…それが…」
「うっかり徹夜を…」
「徹夜ぁ?何やってたんだ?」
「昨日の…女の子…『撫子』さんなんだが…彼女と一緒に三人でチャットをしていて…」
「ははぁ…話が盛り上がってそのまま朝になった…ってわけか」
「その通り…まさにその通り…」
「おいおい…こんな時にコールでも来たらどうすんだぁ?」
「…大丈夫…その時は…その時…」
「ちゃんと切り替えてやるぜぇ…」

 言葉の内容としては気合十分…元気いっぱい…なのだが…覇気がまったく存在していない。そんな二人に虎徹は…これは落ちるまでそう長くはないな…とため息を吐き出した。
 そして、ふと顔を上げれば少し離れたクランチベンチでだらりと伸びているイワンの姿があった。その目元にもくっきりとクマが出来ていて…こっちは落ちた後か…と苦笑を浮かべてしまう。

「…うん?」

 更に視線を動かせばランニングマシーンを全速力で走っているバーナビーの後ろ姿があった。どこか鬼気迫る雰囲気に首を傾げる。

「…なんか…自棄になってないか?バニーのやつ…」
「やっぱりそぉ思うぅ?」
「うぉ!?」

 突然耳元で囁いた声に虎徹は飛び上がった。振り返った先にいるのは『クイーン』…否、ネイサンだ。口元に指を当てて首を傾げている。

「ハンサムちゃんたら…朝からずっとあの調子なのよぉ」
「へ?朝…から?」
「と〜ってもイライラしてる感じ。生理かしら」
「おい。」

 最後に付け加えられた冗談にしては些か生々しい単語にびしり、と突っ込みを入れる。すると、くすくすと笑って…嘘よぉ…とは言ったが…もっと別の単語にしてほしい…と密かにため息を吐き出した。
 その間にも一切ぶれる事のない全速力ダッシュをし続けるバーナビーの背中を見つめる。

「(インタビューに入れば落ち着くかな?)」

 顎に手を添えてふむ、と小さく頷く。

「(もし落ち着きそうにないならちょっと突けばいいか)」

 …と軽く考えて己に課せられたメニューへと取り組み始めた。

 取材に立ち会っていたアニエスの至極機嫌の好さそうな笑み…そんな彼女に合わせるかの如く、小さく鼻歌を歌うメアリーに少々疑問は持ったが…

 今日も平和に『腐』のつく集団は日常生活へと溶け込んでいったのだった。


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