"Out of the frying pan into the fire."
『一難去って又一難』



「………何コレ?」

 朝、会社のデスクに辿りつくと紙の山が積まれていた。書類、としては小さすぎるし、何より、昨日は始末書を書くようなことはしなかったはずだ。しかも綺麗に積まれているわけではなく、どさっと、本当に山積み、という言葉が合う積み上げ方だ。

「ファンレターよ。」
「………はぁ!?」

 パソコンのモニタから顔を上げた秘書の言葉に虎徹は目を剥いた。

「だから…ファ、ン、レ、タ、ー。一通りは目を通しておきなさい」
「…マジで?」
「えぇ。ロイズさん命令よ。」

 …という事は会社命令であり…絶対だ、ということだ。
 それにしても………
 ファンレター?こんなおじさん…いや…おばさんか…どっちでもいい…
 いい年した中年相手にファンレター???
 どこの物好きだ?
 …思わず眉間に深い皺を刻みつけてじっと山を見下ろす。

「…剃刀とか入ってたりして?」
「金属探知機には通してあるし、おかしな仕掛けもないそうよ」
「…検査済みですかい…」

 何気なく一通の封筒を取り上げてみる。シンプルな白い封筒ではあるが、封はピンク色のハート型をしたシールによってなされているし、切手もハートの絵が入っている念の入れようだ。口元を引きつらせながら恐る恐る封を切って中の便箋を取り出した。



「…おはようございます。」
「おはよう、バーナビー」
「……どうしたんです?コレ」

 虎徹から遅れること数分…会社に入る寸前に女子高生からサインをねだられた。学校が始まっているんじゃないのか…と少々心配したが、とりあえず手早くサインして手渡すとお礼を残して嬉しそうに走り去って行く。その後ろ姿をある程度まで見送って事務所に来てみれば…机の上に突っ伏すおばさんがいた。
 しかもよくよく観察していると、かたかたと震えているらしい。

「ファンレターが届いてね?」
「…ファンレター…?」
「一通読んでみたらその状態になったの。」

 原因を知っているだろう秘書に尋ねてみるとひょいと肩を竦めるだけで詳しい事は分からないのだという。
 それにしても…
 バーナビーは突っ伏したおばさんのすぐ前に山積みにされている手紙を睨みつけた。

「(…昨日の今日でこの量…)」

 自分の危惧していた通りの現象に重苦しいため息が吐き出される。とりあえずこの生きる屍と化した原因を聞いてみるか、と肩を突いた。

「おばさん?何してるんです?」
「ふ…ふふ…震えが…止まらねぇ…ッ…」

 のそり…と上げられた顔は青を通り越して真っ白だ。それとともに差し出されるハート柄の便箋に大体の原因が読めた。よほどの事が書き連ねられているらしい。

「……………」

 便箋に書かれた字にざっと目を通すと…やっぱり…と呆れてしまう。
 ちらり…と視線を下ろすと鳥肌を治そうと躍起になっているのか両腕で体を抱え込みガタガタ震えているおばさんがいる。

「どの辺でギブアップしたんですか?」
「…あん?」
「麗しい女神へ…ですか?」
「ひッ!」
「それとも…美しい瞳の輝きに…のクダリですか?」
「っふぶ!」
「疾走する姿がまるで戦乙女のように神々しい…ですか?」
「ぅがぁ!!!」

 1フレーズ読み上げる毎に大げさなほどの叫び声を上げて身を捩る虎徹の姿にバーナビーの心が少し晴れた。椅子の上で尻尾を丸めて小さくなりながらぴるぴると震える格好にまた笑みを漏らすと手紙の山を少し漁り始める。

「貴女は…どうしてそう破壊力の高い物を好むんですか?」
「…どういう…事だよ…?」
「こういうものから読んであげなさいって言ってるんです。」

 そう言って手渡したのは綺麗な宛名書きの横にクレヨンで描かれた花が目を引く封筒だ。恐る恐る受け取って中を開いてみると、画用紙いっぱいに描かれたワイルドタイガー…らしき絵が封入されている。
 その絵に思わずほわっと顔を緩めた。

「おぉ〜…いいねぇ…この一生懸命さが伝わる絵。」
「まったく…最初からこんなものを選ぶ貴女の気が知れませんね。」
「んな事言ったってよぉ…封筒じゃ分からねぇじゃん…」
「分かるでしょう?ほら。字が滲んでいる所もあるし、封の部分がよれています」
「お??」
「手汗が酷いんでしょう。インクが乾く前に汗で滲んだり、糊に付いて何度か貼りなおしたんでしょう…激太りした男だと言っているようなものじゃないですか」
「…よく見てんねぇ…」

 バーナビーの指摘した部分をまじまじ見てみると確かに握り締めた拳で字を擦ってしまったような痕もあった。
 それに引き換え…
 今手に持っている封筒を見てみると…母親が書いてくれたのであろう綺麗で丁寧な筆記体で綴られた表書きと緑のクレヨンで描かれた花の絵。何故緑なのだろう…と考えると…ワイルドタイガーの色だから…とすぐに答えが思い浮かんだ。
 ふと便箋の中に一枚のメッセージカードが入っていることに気付く。

「………」

 簡潔に書かれた文章にふっと瞳を細める。

「まだ何か入っていたんですか?」
「んー…『お母さん』のメッセージがな。」

 首を傾げると手に持っていたメッセージカードを差し出してきたので受け取る。表書きと同じ筆跡の文章を読み取ると感嘆を漏らしてしまった。

「…『他界した親を思い出しました』…ですか…」
「いなくなった親に同じような怒られ方でもしたのかね?」
「……あぁ、なるほどね…」

 なるほど、とは答えたが、バーナビーにはイマイチ理解出来なかった。『親に叱られる』という経験が皆無だからだ。アカデミーでも常に成績優秀を走り続けた彼にとって…怒られる…というのがどう憧れるのかも分からない。
 ただ、虎徹が真剣に怒り、喰らい付いては鬱陶しいくらいにお節介を焼きに来る事が最近、嫌ではないな、という自覚があった。
 それと同じなのだろうか…と、とりあえずそのくらいに留めておくことにする。

「…?…バニーちゃん?」
「何ですか?」
「や、それはこっちゃのセリフ…」

 画用紙に描かれたタイガーの似顔の横にある難読文字を見ていると、バーナビーがデスクの端に腰掛ける。その動作に驚いていると、目の前の手紙の山をより分け始めた。

「…大体…ですけどね。」
「うん?」
「こんな感じでしょう」
「…?????」

 手際よく分けられた手紙は3つに分けられ、左から右へと量を減らしている。変形させられた山を見つめて首を傾げた。

「僕の勘によるものではありますが…左に行くほど精神的ダメージを受ける可能性が増す、と考えてください」

 言うだけ言うとバーナビーは自分のデスクへと移動してしまう。ぽかん、とした表情でしばらく見ていたが、パソコンを立ち上げてタイピングを始めるから視線を目の前へと戻した。
 一塊だった手紙の山が今、3つに割られている。
 …しかも…左から…大、中、小。
 そしてバーナビーは言った。…左へ行くほど精神的ダメージを受ける可能性が高い、と。

「…左の山を積極的に片付けて…精神的余裕があれば真ん中のロシアンルーレットに挑戦して…苦しくなってきたら右の山で癒せ…と?」
「察しが良くて助かります。」

 彼が何の仕分けをしてくれたのか納得が出来た。
 今までの経験上、右がほんわか出来る手紙の山…真ん中はどちらか判断が付きにくいので、もしかしたらとんでもない地雷が混ざっているかもしれない、という山。
 …そして…
 一番大きい左の山…何気なく取った1通と同じ類のものだ、ということだ。
 ……意識が遠のきそうだ…

「ふっ…やってやろうじゃねぇか!!!」

 決意を新たに気合を入れた虎徹だったが、左から1通…2通…と読み進めている内にまた震えて机に突っ伏してしまった。
 その後頭部を横目に眺めつつバーナビーは小さく笑いを溢した。

「(何も内容をしっかり読み取っていかなくてもいいのに…)」

 ざっと全体を見て斜め読みで充分なのだ。そうでないと何百通と届くかもしれない手紙をいちいち読んでいると日が暮れてしまう。
 変なところで真面目だなぁ…とますます可笑しくなってきた。
 もう1通左の山に挑戦したあとくらいにアドバイスでもするか…とバーナビーはこっそり笑みを深めた。
 そんな時だ。小さなベルの音が聞こえてくる。
 顔を上げると秘書の電話が鳴ったらしく、切るなりこちらへ視線を飛ばしてきた。

「ロイズさんがお呼びよ。」
「はい」
「………」
「二人ともね?」
「………」
「おばさん」
「…うぁい…?」
「呼び出しですよ」
「…ぁい…」

 沈黙したままのおばさんへと呼びかけると…また酷いものに当たってしまったらしい。秘書の声すら聞こえない状態だったようだ。ガクガクと震える体をギクシャクと動かして後に付いてきた。

「お呼びですか?」
「えぇ、今夜の事に付いて少し…確認をしておこうと思って」

 すぐ隣の上司であるアレクサンダー・ロイズの部屋に入ると、彼は書類になにやら書き込みながら話を切り出した。最後に判子を丁寧に押さえつけると漸く顔を上げる。

「今夜…あぁ、まだ時間など決まってませんでしたね」
「うむ、それもあるし…」
「………」
「…へ?」

 二人並んでデスクの前に立つと、彼は意味ありげな視線を虎徹に投げかけるとともに言葉を中途半端なところで切ってしまった。その一連の動作にバーナビーはある程度察し、同じように視線を投げかける。二人の視線を受け止めることになった虎徹はといえばきょとん、と瞬くだけだ。

「あれ?俺が何かしましたっけ?」
「何かした…じゃないですよ、おばさん。今夜の事、覚えてますか?」
「今晩?何かあったっけ??」
「「………」」

 ストレートに尋ねるバーナビーに虎徹は…こてん…と首を傾げる。予想通りの反応にバーナビーとロイズは眉間に手を当てて深い溜息を吐き出した。

「へ?え??」
「マーベリックさんの生誕パーティーですよ。」
「あぁ、うん。知ってるよ。一流ホテルのワンフロア貸しきってするんだってな?」
「…何故他人事のように話しているんだね?」
「え?だって俺は参加しな…い………え?」
「「………………………」」

 まるでただの一般人のような話し方の虎徹に突っ込んでみれば事も無げに返してくるとんでもない答え。二人の頭痛は絶頂に達したのか、机に凭れかかるように体が傾いてしまった。

「マーベリック氏はどういう方が分かってますか?」
「…アポロンメディアのCEOです…」
「で?…貴女は…どこの所属ヒーローですか?」
「え?アポロンメディア…」
「今夜のパーティーは?」
「マーベリックさんの生誕………」

 二人からの質問責めに合っている間に何を示しているのかようやく分かったのだろう…おばさんの顔が中途半端に固まってしまう。

「え?…もしかして…俺も…出席?」
「当たり前でしょう?」
「なぜ出席しないつもりでいたんですか…」

 二人分の呆れた物言いに虎徹は顔から血の気を引かせていった。そうして真っ青になるなり大いに焦りだす。

「いや?待て待て待て!俺なんかが出席するもんじゃねぇだろ!?」
「直属の部下が出席しないでどうするんですか?」
「だっ…だってどう考えても目障りだろに!」
「貴女の事だからてっきり窮屈でイヤだというのかと思いましたが…」
「まぁ…本音はそれだけどよ…どっちにしろ、いないに越したことないと思うんだけど?」
「直属のヒーロー不在なんて事の方が不快でしょうに」
「でっでも…あ、じゃあ病欠で!」
「却下です。昨日あれほど活躍しておいてそんな子供だましが通用しますか。」
「…う〜…」
「…虎徹くん?」
「ッ!!」

 なんとかして逃げ果せ様とそれなりの理由と筋の通る回避方法を必死に思いつこうとする虎徹に冷ややかな呼びかけが浴びせられた。その声のトーンに体が跳ね上がる。

「…っ…っ…っ…」

 恐る恐る首を動かせばにこやかなロイズの笑顔…しかしそれは決して『にこやか』なんてものではなく…ある種の死の宣告を囁かんとする死神の笑みだ。

「イヤなら…その体のまま辞めてもいいんですよ?」
「ッ!!!!!」

 その言葉はいままで以上の破壊力を持ったようだ。


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