「えぇ?何って…あれ…説教よ」
『説教??』
「なんかこの街に憧れて上京してきたんだけど…仕事にありつけなくてお金も底を着いたから強盗に走ったんですって。」
『おやおや…そんな裏事情が…え?なに?タイガーの周辺の声を拾えるって?』

 言うが早いか切り替わるが早いか…ヒーローTVの優秀なカメラはすぐさま接近に成功し、スイッチャーは画面及び音声の切り替えをしている。

「−ッだいたいな!お金なくなったから強盗に走るとか!選択肢が間違えてるだろ!」
「あ…あぅ…」
「お前のお父さんとお母さんは!人に優しくて!みんなの役に立って!多くの人に感謝されて!そんな人間になってほしかったはずだろ!そんな風に必死に育ててくれた親に申し訳ないと思わないのか!」
「…だ…だって…」
「夢が叶わなくても!帰る実家だってあるだろ!待ってくれてる家族だっているんだろ!」
「…は…はいぃ…」

 画面に映し出される光景は…簀巻き状態の犯罪者にヒーローが正座して説教を垂れる…と…かなりシュールな光景だった。しかし音声だけを聞いているとまるで………

「何やってんだ?あいつ」
「あらぁ…刑事ドラマでも収録してるの?」
「あ…お疲れ様」

 まだまだ続きそうなタイガーの説教を半目で見つめているとファイヤーエンブレムとロックバイソンがやってきた。

「おっ…おれ…これ、からぁ…」
「うん?」
「どぅ…したらっ…いい、ですかぁっ…」
「まずは自分のしでかした事の責任取って罰を受けないとな?」
「…っぃ…はぃっ…」
「それが終わったら…一度、家に帰って…親に話してみな?自分がどんなに頑張って…頑張って…必死に走り続けたけど…ダメだった…って。報告してこい。」
「…ほぅ…こく…?」
「そう。自分がどんな道を歩んで挫折してしまったか…素直に話して…また立ち上がれるまで…家にいさせてください…って。親ならちゃんと受け入れてくれる。協力してくれる。支えてくれるよ」
「はっ…はぃいぃぃぃ…」

 ついに男が号泣をし始めてしまった。タイガーはというと、そんな彼の体からワイヤーを解いて頭を優しく撫でている。

「…熱血青春物じゃない?」
「うむ…当たってるでござる…」

 いつの間に到着したのかドラゴンキッドと折紙サイクロンもぽつりと呟いた。

「…ッ素晴らしい…そしてっ…ずばらじぃっ…」
「「わぁ!?」」
「あら、キング。お疲れ様」
「おづがれっさまっ…」
「え?ちょ…ちょっと…スカイハイってば…泣いてるの?」
「とっ…とてもっ…うづぐ、しぃっ…そし、でぇっ…」
「あ〜…もう喋らんでいい…ほら、ちり紙。」
「うぅぅ〜…ありがどぅ…ぞじで…ありがどぉ…」

 肩を震わせてぐすぐす言い始めたスカイハイは本気で泣きモードに入ってしまったようだ。仮面の下からちり紙を押し込んでいるようだが…果して事足りるであろうか???

「それで…もし辛くなったら…俺を呼んでいいから」
「…え…??」
「淋しくなったら会いに行ってやる…愚痴でも…泣き言でも…弱音でも…俺が全部聞いてやるから」
「…たぃがぁ…さん…」
「俺が支えてやるから…だから…ちゃんと家に帰れる時まで…頑張れ。な?」
「…はぃっ…がんばりますぅぅぅ…ッ!」

 マスクを上げて微笑みかけるタイガーの膝に男が抱きついて泣き始めてしまった。漸くこのドラマが終わってくれるらしい。だが…その光景はまさに『オカンと元ダメ息子』のように見える。

「……落ちたわね…」
「やっぱりか…」
「え?何が???」

 ふふっ…と小さく笑うファイヤーエンブレムと呆れたため息を吐き出すロックバイソンにこぞって首を傾げて問いかけた。

「随分昔だが…あぁやって非行に走った奴を説得して泣き崩させた事があった。で、そいつは今でも時々タイガーと電話したりしてるんだ」
「…まったくあのおばさんは…また無駄にフラグを建てて…」

 やけに低い声が聞こえたと思えばバーナビーが来ていた。無表情なはずのそのマスクがまるで般若のようにおどろおどろしく見えるのは決して気のせいではないようだ。酷くイライラした声を出している。

「…でも…あぁやって真正面から向き合ってもらえるのって嬉しいよね…」
「あら…ドラゴンキッドも怒ってほしいの?」
「んー…だってさぁ…怒ってもらえるのって…真剣に心配してもらってるからだよね?」
「…羨ましいでござる…」
「あら…折り紙ちゃんまで…」

 ぽつっと囁かれる言葉に大人は苦笑を漏らす。『怒ってもらえる』なんてのは子供の特権のようなものだろう。そういった点でタイガーは人に好かれやすい。

「…それに…素直になり易いしね…」
「そうねぇ」

 羨望の眼差しにも似た瞳をするブルーローズの横顔を見て、ちらりと視線を移す。マスクで見えないが、きっと彼も同じ瞳をしているだろう…そうしている間にも警察が到着し、タイガーが始末した犯人達を収容している。皆、一様に鼻やら目が赤い気がするのは気のせいだろうか?

 最後のタイガーに抱きついていた男を立たせるとようやく事件は終了になった。
 ただ、離れがたいと言いたいのか、男の手がタイガーの手を握ったまままだ離さない。

「でもさ…甘やかし過ぎよね?」
「…まったくです…」

 一瞬にして冷気が駆け抜けたのは何も氷が溶けきっていないからではない。間違いなく『ツンデレ』と称される2人分の怒りによる冷気だ。
 マイク付カメラも警察の邪魔にならないように、と離れてしまったのか、もう会話は聞こえない。が、トラックに乗る直前にまだまだ泣きやみそうにない男をタイガーが宥めている。

「あぁいう優しさは仲間内だけにしてもらえないんでしょうかね?」
「同感だわ。」

 ガンガンに冷え行く空気にバイソンは視線を反らし、知らんぷりを決め込むことにした。心の中では…タイガーっ!そろそろ帰ってこぉぉぉいッ!!…と必死に祈っているのだが…
 むなしいだけの祈りを天は聞き入れたのだろうか、ようやくトラックが走りだした。思わず…ほっ…と息を吐き出してしまう。

「おぅ、お疲れさ〜ん」

 マスクを上げたままの満面の笑みでこちらに来るおばさんに、びきっという音を聞いたのはきっとバイソンだけだろう。
 やけに険しい表情のブルーローズと未だマスクを下ろしたままのバーナビーに首を傾げているタイガーは気付いていない…

<その笑顔をあのクズ犯行者に振りまいていたのか、このビッチ虎がっ!>

 …と思われていることに。

「「………」」
「あれ?どした??」
「「別に。」」

 とげとげとした声にやはり不思議そうにしているのだが、口を噤めば一言も話さないことを知っているので突っ込むことをやめることにしたようだ。

「それにしても…随分大人しく終わったんだな?」
「んー?まぁ…今日は実験も兼ねてたからな。能力なしで終わらせないといけなかったんだ」
「実験?聞いてませんよ?」
「そらそうだ。対象は俺だけだもん」

 話を反らせようとバイソンが振ってみると、違う問題が浮上してきてしまった。コンビである二人の片方だけ…しかも何かにつけて連絡が入る方であるバーナビーが聞いていない、というのはなかなかないことだろう。

「おばさんだけが対象の実験って何ですか?」
「だから…ほら。男と女の違いってやつ?」
「は?」
「あら、分かるでしょ?ハンサムちゃん、筋力よ、筋・力。」

 説明が下手なタイガーの言葉に余計訝しげな声を上げるバーナビーにファイヤーエンブレムが口を挟んだ。

「タイガーちゃんはキッドちゃんみたいにカンフーをマスターしてるわけでもなく…いわゆる自己流。そのバトルスタイルで生身の時にどれだけ通用するか調べないといけない…そんなとこでしょ?」
「さっすがはファイヤーエンブレム。」

 付き合いの長さと今どういう状態であるかを推し量りすぐさま答えを導き出した彼にタイガーは苦笑を浮かべて肩を竦めた。それとともにバーナビーにも理解できたのだろう、小さく頷いてみせる。

「…なるほど…それで…どうだったんですか?」
「ん〜…早く戻りたいなぁって…」
「そりゃそうよねぇ?今までと桁違いにパワーが落ちてるんだもの。苦戦するわよねぇ?」
「それもそうなんだけどさ…でも…このままの方が迷惑かからずに済むかも…」

 両手を広げて見下ろすタイガーはどこか悲しげに見える…けれどその表情も一瞬にして消え去るとにっといつも通りの笑みが浮かべられた。

「だってほら。始末書の量が減るじゃん?」

 おどけてみせるタイガーにため息を吐き出したバイソンは肩を軽く叩いて両肩を竦める。

「そりゃいい事だな?残業がなくなるから飲みに誘いやすくなる」
「ん?別に誘われたらいくらでも行くよ?おごりでなら。」
「あー…だったらやっぱ残業尽くしに戻れ。」
「ひっどいなぁ〜」

 ケラケラと笑うタイガーに沈みかけた空気が晴れていく。無意識に強張ってしまっていた肩からも力が抜けてメンバーの中に穏やかな空気が戻ってきた。

「みんな、そろそろ撤退していいわよ」
「はぁ〜い」
「了解」
「はいは〜い」

 イヤフォンから聞こえるアニエスの解散命令に各々返事を返した。何はともあれ、事件は解決。仕事終了だ。

「あ、タイガー?」
「はいよ?」
「カメラを近づけるからシメに何かサービスしなさい。」
「…はぁ!?」

 まさかの番組のシメを命令されて唖然としてしまう。
 放送のシメなんてのはいつもアイドルであるブルーローズやみんなのキングオブヒーロー=スカイハイ、人気急上昇中のバーナビーがやることで…それ以外となるとその日のMVPがやるような事だ。
 どう考えてもタイガーがMVPになるわけないし…やったとしても…誰得?…と思ってしまう。それにテレビだからとて視聴者に媚るのは嫌いなタイガーにとってはとんでもない命令だ。

「その姿になってから初の出動でしょ?再デビューのようなものなんだから。しっかり映っておきなさい」
「んな無茶な!だいたい何したらいいのかさっぱり分からねぇよ!」
「そこは自分で考えるか、ベテランがいるんだから教えてもらいなさい。30秒後にカメラを動かすから。それとマスクは上げたままであること。以上。」
「おいおいおいおいおい!!!」

 一方的に言うだけ言うとアニエスは通信を切ったらしい。何を言っても反応が返ってこない。がっくりと肩を下ろしてちらり…と救いを求める瞳で見上げると、『ベテラン』の3人がじっと見つめ返してきた。

「…どんなこと…すりゃいいんだ…??」
「そうですね…『See You!』とか?」
「却下。このおばさんに言わせて綺麗に決まるわけないでしょ」
「それもそうですね…」
「何気に酷いよな…お前ら…」
「あひがふぉう!ほひて あひがふぉうッ!!」
「KOH?なんか声が可笑しいぞ?」
「ひッヒュがふひのなはにはいっへ…」
「は?」
「ティッシュが口の中に入ったんだってぇ」
「だいぶ詰め込んだでござるからな…」
「んー?まぁなんにせよ、そのセリフだとまんまパクリになるから却下だ」
「でもぉ…今女なんだからローズちゃんの決め台詞とか言ったら様になるかもね?」
「君の心を完全ホールド★…ってぇ?」
「やだっちょっとやめてよ!」
「やらねぇよ!恥ずかし過ぎるだろ!」
「…生きてるか?…バーナビー…」
「…えぇ…かろうじて…」

 やらないとか言っておきながら、びしっとポーズを決めてしまうタイガーに巨漢と紅い兎が精神ダメージを受けたらしい。かたかたと震えている。

「ちょっと!まだ決まってないの!?」
「そっちが無茶ブリするからだろ!」
「別に喋れとは言ってないでしょ!」
「だったら最初にポーズだけって言えよ!」
「ほら!カメラ行ったわよ!」
「げっ!低ッ!!」
「体屈めて!笑顔作って!」
「お、おう!」
「ウィンクして!はいポーズ!!」

 アニエスの指示通りに反射的な速さで対応していったタイガーは最後にびしっとポーズを完成させた。…その状態で優に5秒…

「はい、お疲れ。」
「は〜〜〜…」

 慣れない事をした為からか無意識に緊張してしまった体からへなへなと力が抜け落ちるとその場に座り込んだ。

「…タイガー…可愛い…」
「はぁ?」
「まるで一昔前の…だ○ちゅーの…みたいだな」
「でも…猫の手でござるし…」
「え?」
「女豹ね、女豹。」
「あら、この程度ならキャットウーマンでしょ」
「ふばらひぃ!ほひてふばらひぃ!!」
「何のことだ?」
「…先輩?」
「あい?」

 みんなして何言ってるんだ?と首を捻るタイガーに、ようやっとマスクを上げたバーナビーが眩しいくらいの笑みを向けて呼びかけてきた。後光が差してるんじゃないか、と思うほどの眩い笑みに思わず後ずさる。

「…な…に…?」
「可愛い子猫ちゃんですね?」
「…へ?」

 にっこりとした笑みとともに見せられたのは今しがた放送されたであろう、タイガーの『シメのポーズ』。

「ッ!!!」

 ポーズと言われて思いつたのがブルーローズと一緒にイベントをした時の咄嗟のポーズ…なのだが…カメラのレンズが下の方だったので片手を付いて屈んだ事と、マスクを上げた状態でウィンクに笑顔がセットになっている。
 …どう見てもアイドルのグラビア撮影だ。

「はずッ!!!ってお前らいつまで見てんだよ!さっさと消しやがれ!!!」

 がぁ!!と吼えるタイガーに皆散り散りになって逃げていった。それこそ空を飛んでいく者もいれば軽がると建物の上を駆けていく者もいる。
 その中、バイクとスポーツカーを使う面々がそれぞれの搭乗機へと向かう。タイガーもバイクに向かいながら声を張り上げた。

「ブルーローズ!」
「ん?なぁに?」
「俺の独断でここに連れてきたからな。送ってやるよ」
「…ホント?」
「おう。スポンサーのとこまでだけどな」
「やったぁ!」

 あれだけ大技を披露した後にまた能力を使って戻るのは疲れるだろう…という心遣いと、本人の言う通り、勝手に連れてきた、という引け目もある。それを帳消しにする為に送迎を申し出れば素直に喜んでくれた。
 ブルーローズはというと…再び堂々と密着出来る口実が転がり込んできた事に大はしゃぎしてしまう。当人には悪いが…女になってくれてありがとう、と感謝してしまった。

「待ってください。」
「ん?」
「バディである僕を差し置いて二人で帰るつもりですか?」

 せっかくなくなったと思ったバーナビーの眉間の皺がまた寄せられている。更に不満タラタラな言葉にタイガーは首を捻った。

「差し置いてって…こいつ乗せるならサイドカーは使えないだろ?」
「この前ファイヤーエンブレム先輩を乗せた時みたいにすればいいじゃないですか。」
「あー…却下。」

 前にも3人乗り状態で帰った事を指摘すれば少し考えてすっぱり切り捨ててきた。思わず眉根を跳ね上げてしまう。

「どうしてです?」
「闇討ちにでも遭ったらどうすんだ?」
「え?あたしにバーナビーの後ろに乗れってことなの?だったらお断りよ。」
「貴女の意見は聞いてません。」
「いぃえ!命に関わるから嫌で・す。」

 そんなタイガーの呆れた顔とブルーローズの言葉にバーナビーはもっと怪訝な表情になった。

「命に関わる?僕の運転の方はおばさんより上手いと思いますけど?」
「運転技術の問題じゃないの。」
「だったら何が…」
「あのねぇ…バニーちゃん。君のファンはほとんど女の子でしょ?」
「…まぁ…そうですね。」
「そんな君に…ヒーローでアイドルといえ…女の子がぎゅって抱きついてたらどうなると思う?」
「…どう…って…」
「女の子のファンほど怖いものはないんだからね。」
「じゃあ…おばさんが僕の後ろに乗ればいいじゃないですか。」
「却下です。」
「……何故?」
「逆セクハラするな、って言われたとこだし?」
「!」
「ってことで。また後でなぁ〜?」
「じゃあね、ハンサム〜」

 バイクに跨ったタイガーの背中にぎゅっとブルーローズが抱きつく。すると颯爽と走り出してしまった。

 今まさにおじさんが逆セクハラに遭ってるんじゃないのかっ!

 と叫びたかった言葉は柔らかな曲線を描くおばさんの姿にぐっと飲み込んでしまった。だがこのやり切れない怒りをどうしてくれようか…とバーナビーはしばらくその場にたたずむのだった。



「…完全に忘れられてるな。」
「ホントよねぇ…まだシートは余ってるってのに…」

 そんなツンデレサンドの行く末を見守っていた二人がポツリと囁きあう。
 少し離れた場所に止めてあった炎の如く赤いスポーツカーには窮屈そうに後部座席へ座るロックバイソンと、ハンドルに顎を乗せるファイヤーエンブレムがいた。その助手席には悠々とした空間がある。

「…お互いしか見えてなさすぎだろう…」
「ま、お陰で私はバイソンちゃんと夜のランデブー出来るんだけどね?」
「え…か、会社に帰るんだよな?」
「あら?どこか行きたい??」
「いや…全然。」

 必死に首を振るバイソンに笑みを漏らしてファイヤーエンブレムはアクセルを踏み込んだ。


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