ぐるぐると考え抜いた結果、背中から抱きつく事にした。のたのた…と膝立ちで回り込むと肩から覆いかぶさるように圧し掛かる。

「おんぶおばけ〜」
「〜っ!」

 顔の両側から細い腕がにょきっと伸びてくるとともに背中に押し当てられる肉体の柔らかさにイワンの顔が更に真っ赤になった。しかし残念ながらその原因を作ったおばさんには変化を見る事は出来ない。それどころか、意外に安定しているイワンに…もう少し寄りかかっても大丈夫か?…と半ば実験的な心境になりつつ結局は全体重をかけてしまっていた。

「(おー…びくともしてねぇ…)」
「(つ…冷たい視線が痛いっ…羨望の眼差しが痛いッ…でもせっかく虎徹殿がくっついてくれているのにっ…)」

 じっと突き刺さる仲間はずれにされた男二人の視線がチクチクと突き刺さる。けれどせっかく手に入れた好機会を自ら棒に振れない。さっきも味わった甘い匂いに包まれながら視線と己の心と戦っていた。

 ちらりと腕時計を見る…優に5分は経っただろうか…イワンの性格を考えると切り上げる言葉は言い出し辛いと思われる。それにそろそろ開放してやってもいい…くっ付いた背中の体温がやけに温かかった事も考慮すると、かなり照れているとも思った。

「は〜い、終了ー。」

 ぽんぽん、と頭を叩いてくっ付けた体を離すと、強張っていたのか、強張っていたらしい肩がすとんと下りた。そんなイワンの背に笑みを漏らしながらふと思いつく。

「あ、そういやさ…どうしてイワンはすぐに体の変化に気づいたんだ?」
「………」

 ストレートに疑問をぶつけると彼は少し考えて能力を発動し始めた。ゆらりとぶれる姿はあっという間に形を変えてしまう。
 彼が変化したのは昨日までの虎徹だった。

「これが昨日までの虎徹殿です」
「…うん…どこか変わってるか?」

 胸に手を当ててみんなに示すように振り返ると座り込んだままの虎徹へと手を差し出した。釣られる様に手を重ねると立ち上がるように引っ張り上げられる。引かれるがままに立ち上がると腰に手を回して抱き寄せられた。

「胸を潰されていましたが…」
「…お?」
「ほら…同じ身長だけど腰の高さが違う」
「あぁ…ホント…」

 見比べやすいようにぴったりと並ぶようにしたらしい。しかも位置が分かるようにと虎徹の腰と自分が変身した虎徹の腰の場所に手を添えている。そうやって見比べてくると確かに…僅かではあるが括れの位置がずれている。

「それに腕も…細くなってます」
「…見比べないと分からない程度だけどな?」
「それから足のシルエットも変わったと…」
「んー…まぁ…ちょっと…丸みがあるわね…」
「…要はそこまでしっかり観察してないと分からない程度ってことね」

 納得のいく説明に各々関心しているとイワンは能力を解除して元の姿へと変わってしまった。その姿を見下ろして、ぽん、と頭に手を乗せる。

「すぐ分かるほどしっかり見てるなんて…さすが擬態能力者だよなぁ」
「え…あ……はぃ…」

 別に彼は…擬態能力者だから分かった…わけではない。虎徹だから分かった…という方が正しい。だがしかし…その事実に気付いていないのは虎徹のみだろう…

「まぁ…なんだ。しばらくはこの体のままだからさ。そこんとこよろしくってわけで。」
「そうねぇ…今のところ特に困ったこともないし…」
「性別が変わったといえど、ワイルド君はワイルド君だからね。」
「ははっ、さーんきゅ。」

 昨日までと全く変わらない…いや…それ以上にスキンシップが激しくなったとはいえ…態度を変える事のないネイサンと、爽やかいっぱいに微笑みかけてくれるキースに虎徹も笑みが広がる。そのまま近くにあるベンチへと腰掛けると…

「「ッ指導ー!!!!!」」
「あぎゃあぁ!?」

 カリーナとネイサンが揃って膝同士をぶつけさせにきた。太腿をぴったりと合わされてぎらり…と光る二対の瞳が睨み上げてくる。

「は?…え???」
「あんたね…いくら元おじさんで今おばさんだからって…こんな座り方許されるわけないでしょ?」
「まったく…足を広げて座るなんて言語道断。それでなくとも今ミニスカート履いてるんだから気をつけなさい?」
「へ?でも下にスパッツ履い…」
「て、ようがっ!」
「ダメなものはダ・メ・よ!!」
「えぇ〜???」
「タイツならまだしもハイソックスでしょ!?」
「う…うん…」
「絶対領域が剥き出しになってるってことよ!?」
「う?…ん??」
「太腿よ!太腿!!」
「丸出しでしょ!コ・コ!」
「う、うん…分かったから突かないで…」

 どんどんと捲くし立てる二人の勢いに虎徹はたじたじだ。しかもてんでさっぱり分かっていない元おじさんの鈍さが頭にきているのか、示す指がどすどすと太腿を突き刺してくる。

「おばさんっつってもタイガーちゃんの場合は妙齢の女性なんだからね!」
「熟女好きなんかからしたら格好の獲物よ!」
「それが無防備に内腿なんか晒してるんじゃないわよ!」
「は…い…」
「しばらくは女なんだからそれなりの身のこなしを習得なさい!」

 いつの間にやら床に正座状態で説教を受ける光景になってしまっている。とはいえ、口を挟む隙は爪の先ほどもなく…男性陣は静観するしかなかった。

「スカートを履いてる時に椅子へ座るなら足を揃える!」
「…あい…」
「足を組むときは斜めに組みなさい!」
「…あぅ…」
「そ!やれば出来るじゃない」
「うぅ…」

 言われるがままに座り方を変えているとようやく合格の声がかかった。その状態をキープしていると次第に…男の時は使わなかった足の筋肉がぷるぷると震え出した。

「………」

「………」

「………」

「………無理!!!」
「「早ッ!!!」」

 5秒も経たない内に涙目で白旗を揚げた。

「ムリムリ!無理だって!太腿ぷるぷるして変に攣りそうな感じがする!」
「だとしてももっと持つでしょう!?」
「持たない持たない!だって今までこんな座り方出来なかったしっ!筋肉が攣る!」
「まったくもう…仕方ないわねぇ…しばらくそこで正座してなさい。」
「…うぅぅ…」

 早々にギブアップした虎徹に正座を命じたネイサンは携帯片手に誰かと話し始めてしまった。

「…そんなに違うものですか?」
「…そんなに違うもんなんだよ…」
「それほどまでも苦戦するようには見えなかったけれど…」

 説教を待ち構える子供のような雰囲気の虎徹にバーナビーとキースが不思議そうに首を傾げた。そんな二人を忌まわしそうにちらりと見上げると口を尖らせる。

「…疑ってんだったら足揃えて座ってみろよ…」
「「………」」

 ぐすぐすといじける虎徹の挑戦的な言葉に二人は顔を見合わせる。見るとやるとでは違うものか?と首を傾げつつ彼(彼女)の左右へと腰掛けた。

「………あ。」

 座って数秒…バーナビーの口からポツリと声が零れた。今まで気にしなかった事に今気付いた…と言わんばかりの感嘆を表した声だ。その横でもキースがハッと気付いた顔をする。

「そうか!男の時は邪魔になってたんだね!股間のちぶごがふっ!」
「爽やか純粋、清らかが売りのスカイハイがそんな下品な言葉を口にしちゃダメデス!」

 ドストレートに呼称を叫びかけた彼の口を虎徹は慌てて塞いだ。勢い余って後頭部を手摺にぶつけたのはちょっとした事故だ。大目に見てもらいたい。

「は〜い、タイガーちゃん、お・待・た・せ」
「へ?」
「お着替えしましょ☆」

 そう言って掲げられたのは両腕いっぱいの紙袋。いったいいくつあるのか…どう見積もっても片手では数え切れそうにない。

「…ぅわ…すごい量…」
「丁度いいサイズと似合うデザインを決める為にね。このくらいは当然でしょ」
「…に、したって…多くね?」
「ふふん…私の地位を侮るんじゃないわよ?」

 不敵な笑みを浮かべる彼(彼女?)に何を言っても無駄だな…と虎徹はため息を吐き出して更衣室へと腕を引くネイサンに従ってのたのたと歩いていった。

「…ってちょっと待て!いくらなんでもその短さはないだろ!」
「あら!何言ってんの!女だったら全然有りよ!」
「さっき太腿見せるなっつったじゃねぇか!」
「さっきはスカートだったからよ!」
「違いが分からねぇ!」
「見せていい服装とダメな服装があるのよ!」
「まっすます分からねぇ!」

 扉が閉められ静寂が広がるかと思ったのはたったの一瞬だけだった。なにやら中から賑やかな言い合いが聞こえてくる。漏れ出る会話の内容からするとどうやらネイサンが用意した服とやらは虎徹の許容範囲をはみ出しているらしい。

「いいからさっさと履いてみなさいな!それ着る時はハイソックスなんて履かせないんだから大丈夫よ!」
「えぇ〜???」

 ネイサンが理解不能なままの虎徹を丸め込んだようだ。室内がしん…と静まり返る。

「静かになった…そして静かになったね」
「…大丈夫ですかね?」
「さぁ…どうかしら?」
「…シーモア先輩ですからね…」

 あまりの静けさに待っているメンバーも思わず静まり返ってしまう。たとえ何かあったとしても…『あの虎徹』だ。なんの騒ぎもなしに『あんな、こんな、そんな』事態には陥らないだろう。
 けれど気になる事は気になる…

「ねぇねぇ!入っていーい?」
「あら?キッドちゃん?いいわよー」
「おっじゃまー!」

 どうしたものか…と顔を合わせる面々を余所にホァンがあっさりと開かずの扉だったはずのドアの向こうへと行ってしまった。

「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
「あ、そっか。今『おばさん』だから女が入ってもいいんだ」

 女が女の着替えを見ても問題無し…という事実に気付いたようだ。ぽすん…と手を叩いたカリーナが軽い足取りで隣の部屋へと向かう。
 バーナビーの前を通り過ぎる時に…

「…ふっ…」
「!!」

 不敵な笑みを見せ付けていった。ビキッと浮き上がる血管と今にも何かを吐き出しそうにギリギリと音を立てる歯にイワンは思わず一歩遠のく。キースはというと嬉しそうに走って行ったカリーナの後ろ姿を羨ましげに指を咥えて見ていたので、全く気付いていなかった。
 再び扉が閉められて広がる沈黙…

「ッいってぇ!!何だよ、いきなり!」
「ムカつくのよ、その足!」
「あしぃ??」
「前から思ってたけど、おじさんの癖に細すぎるのよ!」
「んな事言われたってなぁ!」
「女の敵!女の敵ぃ!」
「ちょっマジで!足蹴にしないでもらえるかな!結構痛いんだぞ?!」

 なにやらカリーナの逆鱗に触れたようだ…哀れな叫び声が聞こえてくる。

「…今度は何の騒ぎだ?」
「…あぁ、先輩。マスからお帰りなさい。」
「そこはスルーしろよ…」

 半分呆れたような声に振り返るとスッキリした顔をしたアントニオが立っている。さっきまでの騒動を知らない彼には何が起きているのか分からないのも無理はない。

「ネイサンが服を選んでいるらしいんだ」
「服ぅ?」
「おばさんの足癖が悪いんですよ。直せそうにないから…多分ズボンを選んでいるのだと思いますが…」
「…あぁ、なるほどな。よく胡坐で座ってるから…あいつ…」

 スカートを履いていた事を思い出したのと、いつもの座り方を思い出してアントニオはため息をついた。そしてそれらの原因と、聞こえてくるカリーナの言葉から今中でどうなっているのかも粗方予想がついたようだ。

「…あ、タイガー!コレ着ようよ!」
「……ないッ!ないないないないないっ!」

 再び賑やかになったにはなったのだが…叫んでいるのは虎徹のみのようで…残念ながら内容がよく聞こえない。残されたメンバーで顔を見合わせてこぞって扉の近くへ詰め寄る。

「あらぁ…こんなのも入ってたのねぇ…」
「いいじゃない。着なさいよ」
「何言っちゃってんの!?君達!」

 聞き耳を立ててみたところ、新たな試練を突きつけられたようだ。何かを勧めるホァンから必死に逃げようとしているのをネイサンとカリーナのコンビで阻止しているらしい。

「おじさんがこんなもん着たら間違いなく警察呼ばれるだろ!!」
「「今はおばさんじゃない。」」
「おばさんでも年齢的にアウトだッ!」
「大丈夫だよ、タイガー!ここにはボク達しかいないもん。」
「大丈夫じゃないっ!俺の中の何かが失われる!」

 ドアに耳を寄せて聞こえる会話をじっと聞き入っていると話題になっている服は『相当』なもののようだ。

「…興味ありますね。」
「右に同じく。そして同じく。」
「…ぼ…僕も…」
「あの虎徹がここまで拒絶するものってなんだ?」

 あの悪乗り大好きな虎徹が嫌がるもの…果して何なのだろうか?大概のものだろうという予想はすぐにつくが…具体的なもの…というのが中々浮かばない。

「…ミニスカート…」
「いや、違うと思うよ、バーナビー君」
「そうですか?」
「さっきの時点でスカートはクリアしている。」
「…なるほど。」
「…コスプレ…とか…」
「「「ッコスプレ!」」」

 各々が脳内で思いつく限りの服装を宛がっているとイワンが爆弾発言を漏らしてしまった。

「虎徹殿…日本人ですし…コスプレ文化もあるといいますし…」
「…コスプレか…」
「コスプレ…王道でいくと…ナースかな?」
「え?いきなりソコに行くか?」
「あれ?王道だと思ったんだが…」
「王道というならまずはフレンチメイドでしょう?」
「フレンチ…なのかい?」
「えぇ。ビクトリアンはロングスカートの清楚な感じなのであのおばさんには不釣合いです。なによりお色気が全て封じられてしまいます」
「むむっ…それは問題だね。」
「いや…問題にはならんだろう…」
「そういうバイソン君は何だと思う?」
「え?…そりゃ…体操服とか…」
「体操服??」
「えーと…あの…赤い…ブルマとか…」
「なるほど…ロペス先輩は赤ブルマに三つ折の白いソックスが好みだと…」
「そこまで言ってねぇだろ…っつか余計なもん付け足すな。」
「あぁ、すいません。スクール水着の方でしたね。」
「いや、謝る事はないっつかそれも違うからな?」
「そういうバーナビー君は何がいいと思うんだい?」
「僕ですか?…そうですね…ポリスの制服も捨てがたいかと。」
「あいつの正義感にはぴったりってか?」
「えぇ。それに…手錠をかけるのも…掛けられるのもいいな…と…」
「…お前も大概だよな…」

 静かな湖面に岩を投げ入れたように広がった妄想が話し合われる。それぞれが…それぞれに思う存分好みに走っていた…その証拠にいつの間にか『王道のコスプレが何か?』から『自分が思う一番似合うだろうコスプレは何か?』に議題が摩り替わってしまっている。
 そこでふと言い出した張本人でもあるイワンが沈黙したままな事に気が付いた。

「折紙先輩は?」
「え?…え…と…」

 質問を吹っかけてみると突如顔が茹ダコのように真っ赤になってしまった。…どうやら何か自分好みのコスプレが存在するらしい…彼の好みとなると…日本…という事は…セーラー服か?…それともくのいち…はたまた豪華な仕掛けを纏う花魁…雅系か萌系かだけでもかなり嗜好が広がりそうだ。ある意味、面子の中で一番期待出来そうでもある。

「何だい?」
「何もないってことはないだろ?」
「…あの…その……………美少女戦士…」






−「ハンドレット・パワー!メーィクアッーップ!!!」

「タイガー&バニーのたまにドジ踏んでスカートめくれちゃう方の、ワイルドタイガーです!」

「市民のみなさんに代わって、正義の鉄槌、落とさせていただきます!」

「虎の鳴き声は 愛のメッセージ」




「ッ〜〜〜」
「…鉄板だな…」
「…興味深い…実に…興味深い…」
「さすがですね…先輩…レベルが違います…」

 突風のように脳内を駆け抜けた『虎徹の姿』に唸り声が響く。決して気分を害した唸りではなく…あくまでも…いいッ!…という唸りだ。『美少女』という点にツッコミを入れなくてはいけないのに…それすら出来ずに妄想を深く掘り下げ自分の中で形にしようと必死だったりする。

「これでいい!いいったらいい!!」
「えぇ〜?」
「いいじゃない…一回着るくらいさぁ…」
「そぉよぉ…ちょっと着るだけじゃなぁい」
「あ〜っ!あ〜っ!きっこえまっせ〜んっ!はぁい!お着替え終了ー!…っと?」

 中から聞こえてくる虎徹の声に…ハッ…と現実に引き戻される。ドアに貼り付けていた耳を引き剥がすと左右に分かれて壁に凭れかかった。さも退屈してましたという雰囲気を装ってさり気無く立ち尽くす。すると間髪入れずドアが開かれた。
 予想通りに虎徹が出てきたが…服は先ほどとほぼ変わっておらず、タイトスカートが7分丈パンツになってたくらいだろう。
 無意識の内に何かを期待してしまっていたらしい…男性陣の間に深いため息が広がった。

「…何してたんだ?お前ら??」
「…ちょっと…」
「楽しそうなのが気になってな…」
「でも仲間には入れてもらえないからね!」
「イメージトレーニングに時間を費やしていたんですよ。」
「??ふぅん???」

 明らかな苦しい言い訳だというのに、虎徹は首を傾げるだけで終わらせてしまうのだった。


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