「こっの…馬鹿が!!」
「いった!ちょ、叩くことないじゃん!」
「うるさい!鳩尾に拳がめり込まないだけでもマシだと思え!」
「えぇ〜…いいじゃん、似合ってるんだし。」
「似合ってたまるか!」

 それはクラブハウス内に設けられたルルーシュの部屋から響き渡る言い合い。
 いつものこと、とは言え、本日は少々雲行きが違うようだ。

「なんで…こんな格好をッ…」
「ルルーシュがなんでもしてくれるって言ったじゃない」
「言ったが!だが何もこんなことじゃなくても!!」
「俺が見たかったんだ」

 『俺』の単語にルルーシュの肩がぴくりと跳ねる。スザクの一人称が『俺』になる時は彼が本心であり心の底から望んでいる事であるからだ。その証拠にスザクの瞳が少々鋭くなっている。

「俺が任務の時に限ってそんな可愛い格好してたなんて…しかもカメラから悉く逃げてたって?」
「…それは…」
「写真でもいいから残してくれてたら今しなくても良かったかもね?」

 にっこり笑ってそんなことを言われてしまうとぐうの音も出ない。
 先日『恋人』同士となってからスザクは昔のように…いやそれ以上になついてくるようになった。さりげなく添えられる手や向けられる視線が明らかに違っている。しかも日に日に独占欲が強くなっている気がするのは気のせいだろうか?

「あ、ちなみにそれで何枚か撮ったら次もあるからね?」
「ッなに!?」
「せっかくのプレゼントなのに一回で終わらせるなんて勿体無いでしょ?」
「〜〜〜ッ」

 『プレゼント』と言われてしまうと反論の余地がなくなってしまう。

 そう。本日は枢木スザクの誕生日だ。

 最近黒の騎士団との二重生活の為にプレゼントを用意している暇がなかった。ナナリーと一緒に精一杯の手料理を振舞ったとはいえ、せっかく恋人同士になったのにプレゼントなしとはさすがに可哀想だ。そして苦肉の策で提案したのが…今の状況。

「ほら、ルルーシュ。髪の毛梳かすからじっとしてて?」
「………」

 むっつりと唇を尖らせて大人しく座るルルーシュの『長い』髪をそっと持ち上げると手に持ったブラシで優しく梳かしていく。
 さらさらと滑り落ちる漆黒の髪は艶やかで、以前開催した男女逆転祭りの際に着けていた襟足ウィッグとは全くもって質が違っている。手触りの良さにスザクの頬が自然と緩んでいた。今にも鼻歌を歌いだしそうなスザクの表情をルルーシュが鏡越しに伺うと毒気が抜かれたようにため息が漏れた。



 全ての始まりは数日前に遡る。

 その日は生徒会に夜遅くまで拘束され、軍まで戻るのは少し酷かもしれないという考えからルルーシュがスザクをクラブハウスの自室に招いた。久しぶりにゆっくり話を出来るかもしれない、という考えもあったのだが、何よりスザクがとても嬉しそうな表情をしたのでそれのせいと言えるかもしれない。
 脱いだ制服を壁に掛け振り向けばスザクがベットにうつぶせになっていた。

「ねぇ…ルルーシュ」
「…なんだ?」

 ベットの上でごろりと寝返りを打って体の向きを変えるとじっとルルーシュを見つめてくる。見つめたまま何も言わない事に首を傾げると近づいていって端に腰掛けた。目を開けたまま寝てるのではなかろうか?などと変な思考に囚われ始めていると突然腕を引かれ、スザクの上に乗り上げてしまった。何事かと上体を僅かに上げればスザクの手がルルーシュの髪を梳いていく。

「…髪の毛伸ばさない?」
「はぁ??」

 手触りがいいルルーシュの髪が指の隙間から流れ落ちていく。その感触にうっとりと瞳を細めるとルルーシュの頬が僅かに朱を帯びた。

「ナナリーがね?」
「…あぁ」
「ルルーシュの髪が長かったらお母様に似てると思うって」
「え?」
「黒く艶やかな髪で腰の下あたりまであったらお母様と同じだろうなって言ってたんだ。」
「…そう…だな…俺の髪はお母様譲りで真っ黒だからな」
「だから…ちょっと見てみたいなぁ…なんて」

 ちょっと照れたような笑いを浮かべるスザクにルルーシュは苦笑を洩らした。

「お母様くらいの長さにしようと思ったら数年はかかるだろうに」
「あー…だよねぇ…ナナリーも七年で肩までの長さから腰下くらいになったもんね」
「そ。それ以前に…邪魔だからあまり伸ばしたくないかな」
「んー…でもクロヴィス殿下みたいに結ってしまえばよくない?」
「手入れが面倒なんだよ」
「もしかして…一回伸ばしたことでもあるの?」
「切るのが面倒だったんで肩より少し下まで伸ばしたことがあるが。」
「え!嘘!!見てみたい!」
「残念だが写真はない。それに俺の髪質は纏め難くて余計鬱陶しかったから出来ればもう伸ばしたくない」
「…そっかぁ…」


 そんな他愛もない会話をしたことがある。それにあの時のスザクの落胆ぶりといったら…
 仕方のないことではあるが、何故だか申し訳ない気分にさせられたのも事実だ。
 何よりの原因はラクシャータに相談したことではないだろうか?

 会話をした数日後…ルルーシュは黒の騎士団にいた。
 紅蓮や月下のメンテナンスををぼんやりと見つめているだけではあったが、幸い仮面の下の表情など誰にも分からない。傍目にはメンテナンスを真剣に見入っているようにしか見えないだろう。

「…ラクシャータ…」
「うん?何かご用かぁい?ゼロ」

 くねりと体を揺らして振り向くラクシャータはいつものように煙管を燻らせデータが打ち終えるのを待っている間なら話しに付き合ってくれる。

「…髪を急速に伸ばすようなもの…何かあるか?」

 突拍子のない質問にラクシャータを始め、その場にいたカレンや藤堂、扇といった他の面子までぽかんとした表情を向ける。その表情にゼロであるルルーシュは首を傾げた。

「何だ?」
「いや、その…」
「なんだい?ゼロ。禿げでも出来たのかい?」
「「えぇ!?」」

 けらけらと冗談交じりの一言に扇とカレンが過剰反応を示した。ルルーシュはというとため息を洩らす。

「禿げならば『伸ばす』ではなく『生やす』だろう。それに私はまだ禿げを作るような年ではない」
「あらそぉお?」

 それもそうか、と何故か安心してしまう一同だった。

「そうねぇ…変装用に開発してるのがあるけどぉ?」
「え?あるの!?」
「あるわよぉ。なんなら着けてみるぅ??」

 懐からすいっと取り出されたのは小さい袋に入ったカフスだ。

「え?これ??」
「そぉよぉ?変装に使うのなら外れにくいものじゃないとねぇ?」
「ちょっまってなんで私ッ…」

 淡々と話す間にもラクシャータがカレンの耳をひっぱりそのカフスを取り付ける。すると途端にカレンの赤毛が伸び始めた。

「いやぁ!!」
「騒がないのぉ。80cm伸びたら自動で止まるから」
「お、止まった」
「ほ…ホントですか…??」
「ほぉ…すごいな…」
「んふふぅ…でしょぉ?でも使う機会がないのよねぇ…」
「へぇ…っつかカレン…お前髪長いの結構似合うぞ」
「え?でも戦う時邪魔になっちゃうし」
「やっぱそういうもんか」
「使えない理由にそういう意見もあるのよねぇ…ま、外してしまえば元通りなんだけど」

 ぱちんと小さな金属音をさせてはずすと長かった赤毛がすぐに肩の長さになってしまった。

「はぁい」
「え?」
「今のところ誰も使わないしぃ…その仮面の下がどんな髪型かは知らないけど作ろうと思えばすぐ作れちゃうから。あ・げ・るvV」
「あ…あぁ…ありがとう…」

 一応礼を告げたものの、今をして思えばあの時ラクシャータだけを呼び出して聞けば良かったと後悔している。誰から聞いたのか、玉城が長髪にはしてないのか?としつこく聞いてくるのだ。自分の不注意からとはいえ、やってしまった感が満載であるには違いない。


 そんな経緯を経て手に入れたカフスは結構便利なもので、後遺症の類もまったくなく、きっちり80cmまでしか伸びない。ルルーシュの今の長さプラス80cm。ちょうど腰を過ぎるあたりだろう。

−これ…生徒会長が知ったら喜ぶかも…

 そんなことをふと考えてしまって苦笑を浮かべた。とりあえずそう度々使いたくはない代物であるには変わりないので、何か特別な日にでも…そう考えていたら丁度スザクの誕生日が間近であることを思い出したのだ。最近黒の騎士団が忙しくショッピングに出る余裕のかけらもない。つまり誕生日プレゼントの用意が全く出来ていない。ちょうどいいか…と思ったルルーシュだが、それだけというのも味気ない気がする。ナナリーにはいつもなにかしら形に残るものを買ってあげているのでなおさらそう思うのかもしれない。

−そうだな…スザクの好きにしていい…って言ったらどうするかな?

 ちょっとした好奇心と悪戯心が働きスザクへの誕生日プレゼントは決定された。
 ナナリーも祝いたいというのは分かっていたので一緒に手料理を振舞うことにして、あとはスザクの予定を聞くだけ。

「スザク、明後日は軍の仕事、あるのか?」
「え?明後日?」

 昼休み。いつもの合図を使ってルルーシュはスザクを呼び出していた。すがすがしい風が吹き抜ける中、柵に凭れて隣に立つスザクの顔を覗き込む。ぱちくりと瞬きを繰り返し視線を宙へさまよわせた。きっと頭の中で予定を思い出しているのだろう。

「明後日は…何もなかった…はず。緊急の召集さえかからなければ、だけどね」
「じゃあうちに来いよ。明日の夜にナナリーと誕生日祝いをしようって言ってたんだ」
「え!?」
「嫌か?」
「まさか!!すっごく嬉しい」

 言葉を体で表すようにぎゅっと抱きついてくる。こんなやり取りもここ最近では日常茶飯事になっていて今更咎めはしないが少し気恥ずかしいものがある。とはいえ、やはり嫌いではないので黙ってされるがままになっているのも事実。
 ふと言い忘れている事を思い出したルルーシュはスザクの腕の中で少し身じろいだ。それはいつもスザクが力いっぱいルルーシュを抱きしめるので苦しいと意思表示する行動でもある。最近は手加減出来るようになってきたが最初の頃はそれこそ窒息しそうだったのだ。

「あ、ごめん!ルル!苦しかった?」
「いや、大丈夫。ただ一つ言い忘れたな、と思って」
「え?何??」

 にっこりと微笑んでスザクの首に腕を回すと目に見えてうろたえ始めた。その様子にルルーシュが気を良くする。

「誕生日プレゼントだ」
「へ??…ぷれ…ゼント?」
「あぁ、嬉しいだろう?」
「う…うん…んん??」
「…なんだまだ分からないのか?」
「え…や…あの…」
「俺自身がプレゼントだ」
「や、やっぱりそうなの!!?」

 想像通りの反応にルルーシュは笑いを零す。嬉しさと焦りと驚きがない交ぜになったスザクの顔を両手で包み込んで額にキスを落とすとびくりと体をすくませた。
 いつもは本当に慎ましいと代表される日本人なのかと疑問に思うくらい大胆に迫ってくるくせに、いざルルーシュからその気を出せばこうしてうろたえる。それがルルーシュの優越感を煽るのだが、本人もスザクもそのことは気付いていないようだ。

「ただし一日限定。」
「限…定…」
「そうだ。一日だけ。お前の言いなり。何だってしてやるよ。」
「何でも?」
「…しつこいな」
「いや…だって…夢みたいで」
「ふ…それで?受け取るのか?受け取らないのか?」
「受け取るに決まってるじゃん!」

 真剣な表情で言い切るスザクに笑みを洩らし、ルルーシュは腕を解いた。そろそろ午後の授業だ。

「明後日はナナリーは咲夜子さんと一緒に買い物に出る予定だから多少羽目を外しても大丈夫だろう」
「それは…何のお誘い?」
「…さぁ?」

 楽しそうに笑いながら去っていくルルーシュの後姿をじっと見つめたままスザクはしばらく動けなかった。


 クラブハウスの玄関前。ルルーシュが指定した時間ぴったりにスザクは到着した。鍵を渡され、着いたら勝手に入って来てもいい。と言われている。ちらりと持って来たカバンに視線を落とすと速くなる鼓動を抑えようと深呼吸を繰り返した。鍵を開くとホールには灯りは点いているが人の気配がない。耳を澄ませると二人の話し声が聞こえてきてどうやらリビングにいるのだというのが分かった。
 暗い廊下に差し込む光が丁度リビングの扉の位置だった。まるで道案内をするかのようなその光に笑みがこぼれた。近づくにつれ二人の話し声が鮮明になっていく。

「ナナリー…まだ決まらないのか?」
「はい、とっても迷ってます」
「その割にはとても嬉しそうだな?」
「えぇ。だってこんなこと出来る日が来るなんて思ってもみませんでしたもの」

 苦笑交じりのルルーシュの声に対して、ナナリーの声はとても弾んでいて楽しそうだった。

−相変わらず…仲良しなんだなぁ…

 そっと廊下から覗き込めば、椅子に座るルルーシュの横にナナリーがいるのが見えた。が、見えたと同時にスザクの思考が止まってしまった。

「…」
「どうしましょうか…クロヴィスお兄様みたいに緩く結んで横に流してもいいですし…あ!ユーフェミアお姉さまみたいに二つおだんごを作るのはどうですか?」
「いや…それは…俺には似合わないと思うんだけど」
「そうですか?んーと…私とお揃いで二つ括りにしてもいいですか?」
「うッ…いやそれは…」
「駄目…ですか…」
「あー…ナナリー」
「はい」
「一つに纏め上げてくれるかな?まだ料理の盛り付けとかあるから出来れば邪魔にならない方が嬉しいんだけど」
「そうですわね!じゃあまた今度色々とさせて貰っても構いませんか?」
「いいよ。また今度ね」
「はい!」

 少し落ち込みかけていたナナリーの声が途端に明るくなる。だが、スザクの思考を奪ったのはそのやり取りではなく、ルルーシュの髪だ。今ナナリーが丁寧に梳かして結い上げている黒髪。少し猫っ毛なのか緩やかなカーブを描くその髪の持ち主はルルーシュであって。長さは腰の辺り。今日は学校で顔も合わせたが、彼の髪はあそこまで長くはない。いや、そもそも一日やそこらであそこまで伸びるわけがない。

「でもすごいですね。こんな機械が発明されているなんて」
「あぁ、俺もびっくりしたよ。ただ会長あたりに知れたら長髪祭りだとか言い出しかねないけどね」
「うふふ。本当ですね。」
「冬ならまだ考慮するけど…夏とかにされたら嫌…かな。」
「暑いですものね。…えーと…」
「ん?どうした?ナナリー」
「えっと…くくり終わったんですが…リボンをどうしようかなぁ…って思いまして」
「り…リボン!?」
「はい!せっかくですし。んーと…これは…桃色って言ってましたよね」
「ちょ、待てナナリー!俺にピンクなんて!」
「駄目ですか?えっと…じゃあ…紅とか…」
「うッ…それ…は…バラのコサージュが付いて…」
「お花は駄目ですか…うーんと…」

 話を盗み聞いているとどうやら何かの発明品のおかげらしい。自分の上司以外にこんな変わった発明をする人間がいるとは…思わず背筋を震わせるスザクであった。
 リビングではルルーシュに何か付けてもらおうとナナリーがあれこれ選んでいる。その対象となっているルルーシュとしては飾りはいらないと言いたいのだが、ナナリーの真剣な様子に言い出せずにいた。相変わらず妹に甘い兄の姿にスザクが薄く笑いを洩らす。

「そっちの藍色のリボンはどうかな?」
「え?」
「!スザク!」
「この色ならルルーシュに似合うと思うよ」
「本当ですか?じゃあお兄様!これにしましょう!」
「え?いやでもそれは…レースが…」

 リビングに入って来たスザクが取り上げてナナリーに渡したリボンは柔らかなサテンに飾りレースが縫いつけられた幅広のリボンだ。正直言ってリボン自体着けたくない心境のルルーシュは椅子から立ち上がろうとした。

「ほら、ルルーシュ。ナナリーが着けてくれるんだから動いちゃ駄目だって」
「あ!ちょっこら!スザク!」
「すぐに結びますね」
「〜〜〜〜〜ッ」

 スザクに拘束されてしまい、ナナリーのうきうきとした雰囲気に流され、ルルーシュは悔しいながら降参をした。しかし、にこにこと押さえつけるスザクを睨みつけることを忘れない。

−あとで覚えてろよ!
−覚えてたらね?

 声には出さずに口の動きだけで会話をしているとリボンが結び終わったらしくナナリーの嬉しそうな声が上がった。その声に怒りのボルテージも急降下してしまう。

「…じゃぁ…スザクも来た事だし、盛り付けしようか、ナナリー」
「はい!スザクさん、座って待っててくださいますか?」
「はい、了解」

 素直に座ってキッチンの様子を伺い見る。ナナリーにバランスのとりやすいものを運んでもらい、その間にルルーシュは料理を皿へと盛り付けていく。その手際の良さは見ほれてしまうほどだ。テーブルに置く際にはさすがにナナリーでは危ないのでさりげなく手伝い、動くたびに揺れ動く藍色のリボンに笑みを浮かべる。きりっと澄ました顔をしているが、ふわりと靡くリボンがとても愛らしい。これも誕生日プレゼントの一環かな?などと考えている内に料理が並び、三人の和やかな晩餐が開始した。


 たっぷり話し込んで、ナナリーを寝かしつける頃にはもう日付が変わりかけていた。
 ルルーシュの部屋で主の帰りを大人しく待つ間にスザクは荷物の中から小型の機械を取り出す。

「待たせたな、スザク」
「ん?そうでもないよ」
カシャ−

 ルルーシュがスザクに向かって微笑む瞬間にシャッターの音が響いた。瞳を瞬かせると何が起こったのか把握したルルーシュが詰め寄ってくる。

「ちょスザク!いきなり何を!!」
「何って、僕の誕生日プレゼントを撮り収め♪」
「とッ!?」
カシャ−
「怒った顔も可愛いよね、ルルって」
「ッ!!」

 カメラから顔をずらしにっこりと微笑むスザクにルルーシュは言葉を失った。ついでに顔がかぁっと赤くなるのが分かる。何故こうも恥ずかしい台詞が吐けるのかと苦々しく思っているとスザクの腕が伸び、背中を覆う髪に指を絡めてきた。

「この髪…びっくりした…ウィッグじゃないんだね」
「…ツテでもらっただけだ…」
「ふぅん…でも…ちょうどよかったかな」
「…は??」
「一日限定で何でも言うこと聞いてくれるって言ったでしょ?」
「あ、あぁ。言ったな」
「で。考えて荷物も持って着たんだ♪」
「ッそれは!!!」
「コスプレ喫茶の時着てたんだってね?僕いなかったからさぁ…」
「うッ…」

 この前の学園祭でルルーシュのクラスはコスプレ喫茶をすることになってしまった。どう考えても会長の差し金としか思えないのだが、生徒会の実行委員といえど、クラスに全く参加しないわけにはいかない。クラスの出し物の内容は聞いていたのだが、ルルーシュが何のコスプレをするか、というのはお任せにしていた。それが彼にとって最大の誤算になるとは思っても見なかっただろう。
 女子にずいっと突きつけられた衣装は

『純白のウェデングドレス』

 白薔薇をあしらったクラウンに純白のマリアヴェール、腕にはレース布地の手袋をはめ、胸元が大胆に開いたAラインのドレスは誂えたかのようにぴったりだ。サイズはきっと会長あたりから聞き出したに違いない。こんな衣装では給仕が出来ないと反論を返せば、看板として座っているだけでいいとか言われてしまう。だが、ルルーシュにも意地がある。写真として残されるのは真っ平だと思い、もし一枚でもカメラに収められたら即座に脱ぎ捨てる、という宣言を掲げて群がってくるであろう新聞部とその他大勢のカメラから逃げ切ったのだった。
 また、その日は奇しくも軍務が入ってしまい、自分だけ見れなかったといってずいぶん悔しがっていたのだ。

 が。

 まさかその衣装をまた着る羽目になろうとは…夢にも思わなかっただろう。

「はい、じゃあ着替えて?」
「い…」
「嫌だ。なんて言わないよね?一日限定で言うこと聞いてくれるんだもの。…ね?」
「…ぐ…」

 満面の笑顔なのに怖いと思うのは気のせいだろうか…?
 渋々着替えているとスザクがとても嬉しそうに眺めている。着替え中は出て行けと言おうとも思ったが「見たいから」とか言って居座る予感がして諦めた。誕生日プレゼントの用意をし損ねた自分が悪いのだ、と言い聞かせて黙々と着替えに集中する。その一生懸命に羞恥を隠そうとする姿にますます笑みを深めるのをルルーシュは知らない。ロングパニエの上にドレス本体を重ね着して背中のファスナーを上げようとすると、その手に暖かい手が重ねられた。びっくりして肩ごしに振り返るとすぐ後ろにスザクが立っている。

「そのまま上げると髪の毛巻き込んじゃうよ」
「う…あぁ…今長いからな…」
「よけてて。僕が閉めてあげるから」
「あぁ…悪いな」
「どういたしまして」
−役得だから全然いいんだけどね

 心の声は決して言ってはならない、と過去何度かの経験で学習済みだ。純白のドレスに包まれながら、細いラインを描き出す肢体をついじっと見つめてしまう。じじじ…とファスナーを上げるとその布地の下へ隠されてしまう背中が勿体無く思えて思わず指を滑らせた。途端に跳ねる細い肩にはっとする。

「な何!?」
「あぁ…ごめん。一房落ちてたからよけただけ」
「そ…そうか」

 それらしい言い訳に素直に納得してくれたルルーシュに苦笑を浮かべ、ファスナーを上げきってしまう。このままではよからぬことに発展しそうでまずい。

「ね、ルル。こっち向いて」
「………」

 仏頂面ではあるが素直に振り向いてくれたルルーシュににっこりと笑いかける。ナナリーが結んでくれたリボンと結い上げたゴムをするりと外すと、乾いた音を立てて髪が滑り落ちた。指を差し込んで軽く手櫛で整えると化粧などなんの施しもしていないのにとても綺麗だった。

「…綺麗…本当にこのままお嫁にもらいたい気分」
「〜ッ…こっの…馬鹿が!!」


 こうして冒頭へとつながるのだった。
 髪を梳かし終えクラウンとヴェールを持ったスザクが目の前に回りこんできた。

「あとはこれを被せるだけだよね」
「………スザク」
「うん?」

 ルルーシュの頭にヴェールを半分被せた状態で手を止めたスザクが顔を窺うように小首を傾げて応答した。

「…この誕生日プレゼントは…嬉しいのか?」

 多少なりとも不安に思っていたことを素直に聞いてみた。いかにも間に合わせ的な内容であったように思えてルルーシュとしては心苦しかったのだ。だが、スザクはそんなルルーシュの心のうちを知ってか知らずか満面の笑みを浮かべる。

「すっごく嬉しいよ?」
「…そう…か?」
「だって、俺の知らないルルーシュの姿をいっぱい見れるからね」
「…なら…いい…」
「うん」
「…あぁ…そうだ、スザク」
「なに?」

 まだ視界はヴェールに遮られていない。クリアな視界の中、ルルーシュはスザクの頬を両手で包み込んだ。その突然の行動にスザクが目を瞠っていると唇に柔らかな感触が押し当てられる。視界いっぱいにルルーシュの顔が映り、自分が今何されているのか理解するのにかなり時間を要した。

「る…ル?」
「…喜んでくれて…ありがと…」

 声はとてもか細く小さいものではあったが、そっぽ向いたルルーシュの頬が朱に染まっていて…
スザクは満面の笑みとともに目の前のルルーシュを抱き寄せたのだった。


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