規則正しく響く包丁の音。その音の間に包丁とは異なる音が混じっている。少しイライラとした足音だ。それを発しているのは他でもない。包丁を動かしている張本人、美堂蛮。

「……銀次……」
「うん?♪」
「うざい」
「え?俺何もしてないよ??」
「……視線がうざい」

 ここは奪還屋二人が新たに住居として借りているマンションの一室。キッチンはそれなりの広さがある上、収納付き。リビングも広く、小さなテーブルが置かれている。そのリビングはキッチンの扉を隔ててあるわけだが、その扉が開け放たれている。
 開けた扉付近に蹲るのは大型犬。否、奪還屋の片割れ天野銀次。
 躾をよくした犬のようにその場所で食事が出来るのを待っているわけなのだが……

「視線がうざいって言われても、いつもこんな感じでしょ?」
「いんや……違う。だいたい、お前はいつも飯が出来るまでリビングでマンガ読むか、テレビ見てるかしてんだろが!」
「えー……だってせっかくだから蛮ちゃんを見てたいもん」
「ぬぁーにがせっかくだからだ!」
「不可抗力だってー」
「その顔が確信犯めいてやがる!」

 にへらっと締まり無く緩むところまで緩む銀次の顔を、蛮が左手に握るお玉でビシッと指す。怒気を孕んだその声に銀次は怯える風も無く、飄々としていた。

―今日の昼間。外は快晴。ではなくどんよりと曇っている。しかし気温が高い為、すぐ乾くだろうと思い洗濯を干したわけだが、それが事の始まりではなかろうか?
 近頃特に雨が多く、洗濯物も溜まる一方。少しでも乾きそうな日があれば何が何でも干してしまいたいのだ。室内乾燥機など、この二人には豪華過ぎて手も届かないだろう。夢のまた夢、といったところ。なにせそんな物を買うお金があるのならHONKYTONKにツケを払わなくてはならないから……

 で……何があったかというと……銀次の不注意が原因だ。

「わーい!結構もらえたね!!」
「分かったから、封筒を振り回すな」

 例によって例の如く、先日奪還を済ませた二人が依頼主の家から帰るところだった。河川敷を二人で歩いている。奪還料をがっつり頂いてご機嫌な二人。が、その依頼料が入った封筒を銀次が掲げながら歩いているのだ。いや、歩いているというより、スキップしてる。

「これでまたしばらく裕福な暮らしが出来るね♥」

 ハート一杯にそう言って振り返った瞬間、銀次が傾いた。足元が縺れて倒れていっているのだ。

「う……わっ……」
「なっ!」

 完全にバランスを崩した銀次が転がっていく。そうなると当然手に持った依頼料が手を離れ宙を舞ってしまう。

―それから数秒後。川に座り込み依頼料を握った手を掲げた蛮の姿と雑草まみれの銀次の姿が出来たのだった。……が、悲劇はここで終わらなかった。

 びしょびしょの蛮がたんこぶを作った銀次を抱えて帰ってくると、スコールの如く雨が降り出したのだ。……つまり、干してあった洗濯物もずぶ濡れに。
 着替えなくては風邪を引いてしまうので蛮は何か服を探すのだが、お約束通り服は全て雨でびしょびしょになっていた。それで何かないかと探していると、銀次が「これは?」と言って差し出したものがあった。
 それは、いつぞやマリーアに渡されたエプロン。夕飯を作らなくてはならない蛮としてはもってこいの代物なのだろうが、今は状況が違う。服を着ているのならまだしも、裸にならなくてはならないのだ。その上にエプロンをつけるなど、新婚夫婦がするような事だ。

「……いやだ」
「そう?……じゃあ後はタオルぐらいしかないよ?」
「ならタオルでいい」
「タオルだけ巻いた蛮ちゃんもすっごく美味しそうだよねー」
「は?」
「だって巻いてるって事は動く内に落ちちゃう可能性があるんだよ?」
「……そうだった」

 いささか頭痛を感じ始めた蛮。エプロン一枚よりマシかと思えば明らかにそちらの方が危うい格好になるだろう。そうでなくとも横にいるのが『性欲に素直なゴールデンレトリバー』。少しでも露出の少ない格好をした方が良さそうだと判断した蛮は渋々エプロンを手に取った。
 まだ救いなのが定番の白レースでヒラヒラなエプロンではなく、黒でシンプルなデザインのものだという事。蛮の体には少し大きくて体をちょうど一周回るようなサイズだ。それでも、まぁ……エプロンには違いないわけなので。背中が開いていれば、首元もぱっかり開いているのだが、タオルでグラビアのお約束『ぽろり』はしないで済むだろう。



―そうして今に至る。料理を始めたはいいが、やはり銀次が側を離れずにいる。

「ったく……ロクな事しねぇ……」
「うん♪でも俺はすっごく嬉しい」
「あー……はいはい」

 銀次の幸せ一杯宣言に、蛮は呆れを色濃く表して受け流す。これ以上何を言っても無駄、と結論を出したのだろう。鍋の蓋を開け味見をする。甘すぎず辛すぎず。ちょうどいい加減になったようなので火を消した。蓋を再び閉めると脇に置いてあった菜箸が床へ転げ落ちる。それを面倒くさそうに拾うと……

「……くあっ!!」
「?!」

 大型犬が突然叫んだ。何事かと振り向けば小刻みに震えてその場に突っ伏している。

「???銀次?」

 突っ伏したまま動かない銀次に蛮が恐る恐る手を差し伸べてみた。横に膝を突いて顔を覗き見ようとしてみると腕を掴まれる。何事かと驚けばいきなり組み敷かれた。

「っな!?」
「……蛮ちゃん……煽り過ぎです……」
「はぁ?俺が何したよ?!」
「屈んだ」
―『屈んだ』?確かに先程菜箸を拾う際に屈んだわけだが……それがなにか?

 蛮の頭の中は疑問符が浮かんでいる。煽り過ぎるという理由が見つからない。それ以前に煽った覚えはないのだ。眼をぱちくりとさせていると銀次が頬にキスをしてきた。

「……今の格好で蛮ちゃんが屈むから……後ろ……全部見えちゃったの」
「!」

 今の蛮の格好は『裸エプロン』。それで屈めば自然とエプロンの狭間から尻が出てしまうのだ。そんな事に気付かない程蛮は意識から銀次を締め出していた。が、今さら気付いても後の祭り…大型犬は早々と事に及ぼうとしている。

「ちょっ……やめろ!銀次!」
「い・や♥」

 身を捩って暴れようとする蛮を銀次はあっさりとひっくり返す。うつ伏せにさせるとエプロンのリボンを解き無理に捩じ上げた両腕を一纏めにして結ぶ。リボンに結ぶと伏せさせた体を持ち上げて、背後から抱き締める体勢にさせた。

「このっ……」
「駄目だよ?蛮ちゃん。これちぎったらエプロン縛れないから全裸になっちゃうよ?」
「っ……」

 ちゅっと首筋にキスを落とすと、銀次の手が開いた背中からエプロンの下へと侵入を果たした。前へと潜らせて胸を存分に撫で回す。黒い布の下で銀次の手が動き回っているのが蛮の目に映った。フローリングの床に座り込むとひんやりとした感触が素肌を駆け上がる。ふるりと無意識に体を震わせれば、銀次の指が突起を摘み上げた。

「……あっ……」
「いい子だね?蛮ちゃん。大人しくしててね」

 くにくに……と摘んでは指先でころころと転がす。その刺激に震えると更に強く摘まれた。だがその刺激にも、もはや快感しか見出せない蛮の体。いかに銀次の手によって慣らされたかを教えられているかのようで、蛮は頬を染める。銀次が突起を擦るだけでも体が震えた。休む事無く与えられる刺激に蛮の呼吸が乱れていく。次第に腰が揺れてくると銀次は片手を下へと滑らせた。

「ゃ……銀次っ……」
「いや、じゃないでしょ?こんなになってるのに……」

 黒い布を微かに押し上げている蛮のモノに手を添える。きゅっと握り締めると蛮の体が跳ねた。その敏感な反応に銀次は自身が熱くなるのを感じる。手をスライドさせればじゅくっと淫らな音が響いた。

「ほら、蛮ちゃん……エプロンに小さな白いシミが出来てるよ」
「〜〜〜ッ」

 耳元に吹き込まれる銀次の言葉をなんとかして避けようと蛮は身を捩った。が、腕を縛られ後ろから抱きすくめられては逃れる事は出来ず、必死の抵抗が銀次の鬼畜心を擽る。

「蛮ちゃん、イっていいんだよ?ぜーんぶエプロンにかかるようにしてあげるから」
「……っあ……ヤ……だっ……!」
「もう……頑固だよねぇ?蛮ちゃんて」
「あっ……ふ……っんぅ」

 扱く速さを上げれば、耐え切れなかった蛮の嬌声が漏れる。鼻にかかる甘い声に銀次は更に追い上げさせた。蛮がイきやすいように敏感な先を執拗に攻め立てる。

「あぁ……ゃあぁっ……」
「イって……蛮ちゃん」
「っん……ふあぁ!」

 耳元に息を吹きかけるように言葉を送り、先端を軽く引っ掻くと蛮の体がびくりと仰け反った。銀次の手の中で蛮のモノが弾ける。体の前を覆う黒のエプロンに白いシミがじわりと広がっていた。その光景を目の前に見せ付けられた蛮が首を振り乱す。

「や……あ……」
「気持ち良さそうだね?蛮ちゃん」
「……はぁ……ぁ……」
「ね……蛮ちゃん……料理してあげる」
「……は?」

 ぐったりと体を預けたままの状態で見上げると銀次がにこにこと微笑んでいる。

―この表情は……良からぬ事を考えた時……
「……もう飯は出来てる」
「うん♥俺が料理するのは、蛮ちゃん♥」
「はい?」

 思い切りしかめっ面をすると銀次が蛮を抱え上げた。腰を掴んで立たせるとシンクに上半身を預けさせる。一枚の布越しに鉄のひんやりとした感触が伝わってきた。

「っ!ちょっ!!」

 鉄の冷たさに気を取られていると足を開かされ、蕾に濡れた感触が広がる。その身に覚えのある感触に蛮は焦り始めた。ぴちゃっと音を立て、銀次が蛮の蕾を舐めているのだ。

「蛮ちゃん、じっとしてくれないとちゃんと料理出来ないよ?」
「何がっ……料理……だっ……っ……」
「あ……そうだ♪」
「あ……?」

 いきなり辞められた為に緊張していた蛮の体から力が抜ける。へたっとシンクの上に状態を横たえると、荒い呼吸で振り返った。

―とぷっ
「ひあっ?!」
「蛮ちゃん暴れちゃ駄目だよ」
「っぁ……何っ?!」
「ぅん?何って……オリーブオイル」
「!」

 小瓶を傾け、蛮の蕾にオイルを垂らす。とろとろと肌を滑る感触に体が自然と震えた。蕾にオイルをたっぷりとかけると、内腿を伝ってオイルが流れていく。

「滑り良くなるでしょ?」
「なっ……なっ……なっ……」
「ほら♥」
「っ!……あぁっ!」

 ようやくオイルを片付けると蛮の蕾につぅっと指を滑らせて突き立てた。その衝撃に蛮の体が一際跳ねる。難なく入った銀次の指を蕾が締め付けた。きゅうっと引き締まり、奥へと誘うように蠢き始める。

「気持ちいいんだね♥」
「あっ……はぁっ……」

 始めは1本だった指が早々に2本、3本と増えていった。蛮の蕾も悲鳴をあげる事なく、容易く咥えていく。挿入を繰り返しては、思い出したように指をばらばらに動かした。

「ゃっ……やめっ……あぁ……っやぁ……」

 蛮の縛られた手がぎりっと音を立てて握り締められている。その手に優しくキスをすると、銀次は指を引き抜いた。一気に引き抜いた事により、蛮の口から切ない吐息が漏れる。しゅるり、と音を立ててエプロンの紐を外されると蕾に銀次の滾るモノが押し付けられる。

「っ!」
「気持ちよくさせてね?蛮ちゃん」
「っあぁぁぁ!」

 ぐちゅっと卑猥な音を立てて銀次が中へと押し入る。雄を咥えた事によって蕾から中に注がれたオイルが溢れ出てきた。腿を伝うオイルの感触に蛮は身を震わせる。

「……ぁ……は……ぁ……」

 蛮が荒い呼吸を繰り返す度に蕾が震えるようにひくついている。中ではオイルに塗れた内壁が銀次の雄を包み込むべく蠢いていた。あまりの快感により蛮の膝が震える。気を抜けばそのまま床へ座り込んでしまうだろう。
 蛮の腰を片腕で抱え背に胸を重ねると、蛮の腕に手を滑らせる。顔を上げさせようにも腕に埋めたままでは上げさせることは出来ない。

「蛮ちゃん……顔、上げて?」

 黒い髪をそっと梳き、露になった耳へ言葉を吹き込む。すると内壁がうねり、下敷きになっている体がぴくりと反応を示した。おずおずと顔を上げると銀次の手がその顎を捕えて少し持ち上げる。

「いっぱい声を聞かせてね」
「んあっ……あぅっ……あぁっ……」

 銀次がグラインドする度に蛮の口から甘い声が漏れた。最奥まで容易く届くこのバッグ姿勢である上に立ったままされると、足に力が入る為、自然と蕾も締めてしまう。場所がキッチンという非常識さに羞恥心を煽られ、蛮は敏感に反応してしまうのだ。その証拠にシンクの上で指が立てられている。

「すっごく気持ちいい……蛮ちゃんの中……」
「あっ……やぁっ……も……っあぁ……」
「ん……いいよ……蛮ちゃん……一緒にイこうね」

 顎に沿えた手を離して両手で腰を掴むと挿入の速さを徐々に上げていった。それに比例して蛮の鳴き声も甘く高く変わっていく。

「ふ……ッ……あぁッ……ぁんッ……あぁんッ」
「っく……出すよ……蛮、ちゃん」
「あぅッ!っあぁぁぁぁぁ!!」

 最奥を突き上げ、蛮の声が甲高く上げられると銀次が息を詰める。蛮が仰け反り白濁を放つと、銀次が中でどくんっと脈打って達した。蛮の中に全てを吐き出し終えると銀次がゆっくりと腰を引く。ずるり、と雄が抜けて行くと蛮の体からは力が抜け、そのまま崩れ落ちそうになった。銀次の腕がそれを防ぐと二人して床の上へと座り込む。

「あぁ!!」

 体中を駆け巡る熱が徐々に薄れていった頃、突然銀次が叫んだ。何事かと蛮が見上げると何故か泣きそうな表情をしている。

「……忘れてた……」
「何を?」
「蛮ちゃん……」
「あ?」
「蛮ちゃんの下の口ににんじん入れ忘れた!!」
「はぁ?!」
「すっごくやらしいって聞いてたのにぃ!!」
「なっ……」
「蛮ちゃん!今からでも遅くない!やろう!」
「ふ……ふざけんな!!誰がするか!」
「大丈夫だって!気持ち良くしてあげるから!」
「絶ッッッッッ対嫌だぁぁぁぁぁ!!」


 この後果たして銀次の願いは叶ったのか、それとも蛮が逃げ切ったのか……
 ……我々が知る由もない……



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