―幸―



くるくる回る時の中で ずっと『ずっと』を夢見てた

―変わることなど何もないから

永遠に『永遠』の夢を見て……二人はいつまでも側にいる

―それが当たり前だった

いつもいつも側にいる

―いつもいつも隣に感じて

いつもいつも側にいた

―いつもいつも腕の中にいた

どこにいる?どこでいる?

―腕の中に温もりがない

探しても探しても見つからない

―その温もりがどこにも感じられない

どこまで歩いても どこまで走っても

―町中捜したのにいない

あなたはいない どこにもいない

―……俺は一人になった…

 街の中を歩いていたらブラウン管からそんな唄が聞こえて…俺は今の自分を重ねていた。
 腰まである黒髪を垂らして裸足で唄う女の人。手を、腕を広げて語りかけるその唄は、俺の気持ちをそのまま唄ったようで、理解してくれる人がいるようで、少しだけ苦笑いをした。
 なんだか同情されてるみたい。
 でも……最後まで聞いていたら、同情じゃないみたい。
 だって唄の最後の節は……


約束の場所へ行こう 走って行こう

そこであなたが待っている 私を待っている

『永遠』を掴みに行こう 早く行こう

そこであなたを捕まえて 『ずっと』の呪文をかけるの

そして私が眠るそばで あなたは眠っている


 俺のそばには誰もいない。その唄のように探しに出ても『あなた』を見つけられないから……
 遠くへは行ってないと思った。でもどこを探してもいないんだ。
 もう何日も探してるのに……どこにも、いない。
 俺には『永遠』を掴む事も、『ずっと』の呪文をかける事も出来ない。


「ぎーんちゃん!」

 電気屋のテレビにかじりついてた俺の背に柔らかい衝撃があった。声から察するに……ヘヴンさん。

「うわぁ!びっくりした」
「ふふふ……仕事の帰り?」
「うん」

 ちょっとわざと過ぎる驚き方かなって思ったけど、特に何も言われなかった。その代わり、背中からするっと横に回って腕を絡めてきた。うぅ……やっぱり色っぽいよねぇ、ヘヴンさんて。

「それより銀ちゃん?」
「うん?」

 腕を絡めたまま歩き出すとヘヴンさんが顔を覗いてくる。ちょっと眉間に皺が寄ってるのに気付いた。あれ?もしかして何かご機嫌斜め??

「まぁた痩せたでしょ?
 だめよー?ちゃんと食べて体力つけないと!」
「ちゃんと食べてるよ!」
「嘘おっしゃい!ヘヴン様の目は誤魔化せなくってよ!」

 そう言って俺の脇腹にぎゅーっと抱きつく。あははっ……ちょっとくすぐったい。
 すなおに言うと更にくすぐったいように頬擦りなんてされちゃった。

「ヘヴンさん!くすぐったいってば!」
「だーって銀ちゃんのお肉少なくなってるんだもの!」
「そんな事ないよぉ!」
「そんな事ありますぅ!」
「そおかなぁ?俺男だし……きづかなかったや」

 にへら……っていつもの笑顔をしたつもりだった。でも、失敗しちゃったみたい。ヘブンさんの表情が曇っちゃった。

「倒れるなんて事しないでね?せっかく仕事持って来たのに達成出来なきゃこっちの信用も、がた落ちになっちゃうんだから」
「分かってるって。ヘヴンさんには迷惑かけないよ」
「そう言ってくれるとありがたいわ……」

 笑顔が失敗してるって分かっても俺は『いつも』のように振舞った。いつもの能天気な笑顔を顔に張り付かせたままヘヴンさんとの会話に挑んでる。また、ヘブンさんも故意に『ある事』には触れてこない。

「ねぇ銀ちゃん」
「ん?」
「……大丈夫?」

 最近になってヘヴンさんの口癖になっちゃった言葉、『大丈夫』。この言葉には二つ意味が含まれてる。
 一つは「体は大丈夫?」
 そして……もう一つは……

「……大丈夫だよ?」
「本当に?」
「うん……本当」
「……そう……ならいいけど」
「ただね……一つだけ、最近になって思う事があるんだ」
「なに?」

 正直に自分がこの頃考えだした事を打ち明けようと思った。その内容が決して安心してもらえるような内容ではないって分かってるけど……けど、誰かに言わないと気が済まない感じがしたんだ。
 だって……今までどうしてこんな事、考えずに済んだのかな?どうして思いつきもしなかったんだろ?
 それくらい……安心してたのかな?

「あのね……」
「……うん」
「俺はどうして『彼』みたいに声が聞こえないのかなって」
「!……銀ちゃ……」
「じゃね!ヘブンさん!」
「ちょっと!銀ちゃん!!」

 ヘヴンさんの声が聞こえた気がしたけど、俺は構わずに走り始めた。
 ……走って……走って……息が切れても走って……
 ただ人にぶつからないように、誰もいない……俺達の部屋を目指して……

 走ってる……ほんの一週間前までは出来なかった。動く事も、話す事も、誰かと会う事も、笑う事も……
 俺……本当にぼろぼろだった。誰か会いに来た覚えはあるけど、誰か覚えてなくて……無限城にいた頃より酷かった気がする。今こうして走れる様になるまでずいぶん日が経った。『あの日』からたくさん時間が流れた。そして今もふと気付けば意識がなかったりする。
 ヘヴンさんに言われてる通り、ちゃんとご飯を食べてはいる。でも……自覚はないけど、ちゃんと眠れてないみたい。だから痩せてきてるのかな?……だけど……眠たくないんだもん。仕方ないよね?


 きぃって音を立てて部屋の扉を開ける。いつの間にか日が暮れてたみたいで、部屋の中が赤かった。
 後手に扉を閉めて鍵を閉める。そっと足音を立てずに部屋へと入っていく。見慣れた折りたたみのベッドと机。その上にある……灰皿。乾燥しきった吸殻がそこにあった。本数は……増えてない。
 机に頭を乗せて座る。目の前に灰皿があってその奥にはキッチンが見える。そこにはいつもの後姿はない。

「………」

 静か……
 開けた窓から外のざわめきが聞こえる。……ただそれだけなのに……泣きたくなってきた。ヘヴンさんに大丈夫って言ったとこなのに……
 ……やっぱり俺は強くないんだ。こうして『生きる』だけで精一杯……
 ヘブンさんやみんなと普通に話せるけど……一つだけどうしても出てこない言葉があるんだ。以前の俺なら毎日口にする言葉。口にするだけで幸せになれる言葉。少しは前みたいに話せるようにはなったけどね?まだ……だめなんだ。

 突然消えてしまった『彼』。街中捜し回って、心当たりのある場所全部行って……でもどこにもその姿はなくて……
 俺は……何も出来ずにぼうっと灰皿を見つめてた。灰皿を見つめているはずなのに……幻が見えて……
 灰皿の上で器用に動く白い手。細くてしなやかで、でも……とっても強い手。灰皿の上で二回煙草を叩き、その煙草をまた口元に運んでいく……そんな幻。
 そうしたらどこを見ても幻が見えて……目を閉じてしまいたい自分とその幻に溺れたい自分がいて……幻が話し掛けてくる声から耳を塞いで逃げてしまいたい自分がいて……その声をもっと聞いていたい自分がいて……
 正反対の自分がぐるぐる胸の中で回ってた。それで少しも動けなくて……少しも声を出せなくて……

 ……でもこうして俺が今『生きてる』のは小さい希望に縋ってるから……

 俺は『彼』が死んでいないと信じてるから……
 『彼』の屍を……骸を見たわけじゃない。

 だから……だから……

 『彼』はそのうちひょっこり帰ってくるんだと、信じてるんだ。
 たったそれだけ。たったそれだけでも今の俺にとって唯一の希望。生きる為の糧。
 『彼』が帰ってくる事を信じてるから…帰ってきたときにちゃんと笑顔で「おかえり」って言えるように、生きてる。もし『彼』が帰って来た時、俺がいなければ『彼』はきっと悲しむから……きっと泣いてくれるから……『彼』の泣き顔を見たくない。泣いてほしくないから俺はちゃんと『生きる』事にしたんだ。いつも通りの俺であるように。がんばってる。

 でも……やっぱり俺は弱いから……『彼』だなんて言っちゃうんだ。『彼』の名を人前では呼べない。駄目すぎるよね?


 ね?

 蛮ちゃん……


 蛮ちゃんの事、『彼』だって……おかしいよね?

 ねぇ……蛮ちゃん?俺一人でちゃんと仕事してるんだよ?すごく簡単なのばかりだけど。
 でも……ちゃんと一人でこなしてるよ?ちゃんとみんなと話も出来るようになったよ?ちゃんとみんなと会ってるよ?ちゃんと走れるし、笑ってもいるんだよ?

 蛮ちゃん……蛮ちゃん……

 この前までこうして名前を呼ぶ事すら出来なかったよね?でも……心の中でだけど、ちゃんと名前を呼べるんだよ?

 ねぇ……蛮ちゃん……どこにいるの?どこでいるの?俺を呼んではくれないの?……俺といるの嫌になった?

 ねぇ……応えて?蛮ちゃん

 俺を呼んで?俺の名前を叫んで?俺を……求めて……

 そしたら……すぐに蛮ちゃんのところへ行くよ。動けないならすぐに迎えに行って連れて帰ってあげるよ

 ……だから……だから……

「……蛮ちゃん……」

 目の前がぐにゃって歪み始めた。
 頬を冷たい水が流れていく。ぽたっぽたって音が鳴ってる。

 痛い……体中が痛い……

 ……痛いよ……蛮ちゃん……

 ふと窓の外を見てみると大きな鳥が飛んでいくところだった。


―ピィィィィィィィィィィィィィー



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