―7―

「美堂ぉおおぉぉおぉぉぉおおッ!!!」
「なーんでこんなとこにあいつが来るんだよ」
「?蛮ちゃんの恋人?」
「……それもう1回言ったら百伸ばしの刑だ」
「す……すいません……」

ぽろりと出してしまった言葉に蛮の目が鋭く睨んできて銀次は思わず縮んでしまいました。そうしている内にも声が近付いてきています。どうやら門を打ち破ったようです。

「んと……蛮ちゃんの知り合い?」
「街の狩人だ。俺様を狩ることに執着してるみてぇだ」
「んーと……蛮ちゃんが強いからって事かな?」
「さぁな」

 二人が立つ中庭から門へと通じる道に不動の姿が見えました。あちらも二人の存在に気付いたらしく、にやり……と笑みを零しつつ近付いて来ます。焦らすようにゆっくりと。しかし確実に近付き、表情がはっきりと分かるところまでくると静かに語り始めました。

「探したぜぇ?美堂よぉ……この俺から逃げようったって
 無駄だって事分かってねぇようだな?」
「……狩猟……ってわけじゃなさそうだね」
「あ?」

 不動の声に眉を顰めていた蛮の耳に、ぽつりと小さな声が聞こえてきました。もちろん誰が呟いたかは分かっています。けれどもその言葉の意味が分からなかったのです。ふと顔を見ると先ほどまでの穏やかな表情は消え去り、初めて会った時のような冷たさを感じ取りました。

「おい……そこの化け物」
「ん?俺の事?」

 すっ……と手袋を嵌めた手で銀次をまっすぐに指差しました。表情は先ほどまでの含み笑いではなくどこか怒りを含んだ顔をしています。表情の変化に気付いた蛮が疑問に囚われました。不動のそんな表情を初めて見るからです。いつもは先ほどのような喜々とした表情を浮かべ殺意を込めて襲い掛かってくるのでした。

「お前以外に誰がいる?
 てめぇ……美堂に何してやがる」
「何って……あぁ、見ての通りだけど?」

 銀次の顔が柔らかく笑顔を作るとそれに反して不動の表情が険しくなりました。未だに銀次の腕の中でいる蛮はというと、二人の様子が微妙に変化しているのは分かるが、どうしてなのかさっぱり分かっていません。

「その腕……切り落としてやるッ」

 不動が叫んだ途端、その左手に細長い銀色の光が生まれました。それは薄闇に映える銀細工の仕込み刃でした。鋭く風を切り裂き、言葉通りに銀次の腕を狙って振り下ろされます。
 しかし肉の切り落とす音は聞こえず、代わりに金属が石を弾く音がしました。

「ちぃッ……避けたか!」

 姿勢を戻して振り返ると蛮を抱えたままの銀次が静かに着地するところでした。地面に着地すると体勢を立て直した不動が再び切りかかって来ました。それも間一髪で避けると完全に頭に血を上らせた不動が次々と立て続けに攻撃し始めます。

「逃げるなよ美堂……せっかく迎えに来てやったんだぞ?」
「ちょ……おい!離せ!あいつの狙いは俺だけだ!」
「冗談。不法侵入者は排除しなきゃね」
「不法侵入って……俺もじゃなかったか?」
「じゃあ器物破損罪って事で」
「……今適当に選んでるだろ?」
「ばれた?」
「俺を見ろ!美堂ぉぉぉ!!」

 大きく薙ぎ払われた爪を避けると蛮の視界に赤が散りました。ふわりと風に遊ばれるそれが何か確認出来ると同時に、光の粉を散らして掻き消えてしまいました。音を立てて引く血の音を耳の奥に捕えながら蛮は振り返ります。
 先ほどまで密集していた『赤』がいつの間にか斑になり、今また切り裂かれていました。

「美堂おぉぉおぉおおおぉッ!」

銀次は振り下ろされる爪から逃げようと蛮を引き寄せました。しかし……

「!蛮ちゃん?!」

 蛮が銀次の腕を振り解き、振り下ろされた爪の下に右腕を差し出したのです。爪が筋肉に食い込み鮮血が飛び散りました。その光景に不動がにやりと笑います。食い込ませた爪をわざとらしく捻ると蛮の表情が痛みに歪みました。

「そうこなくっちゃなぁ?美堂……
 避けたのにわざわざ戻ってくるなんてな
 切り刻まれたくなったか?」
「んなわけあるか……クソが……てめぇの攻撃なんざ喰らうかよ」
「いいぜ……その目……その表情……もっと苦しみに歪めぇぇぇ!!」

 素早く爪を抜き更に攻撃を加えようと再び振りかざします。それに応じんと蛮も僅かによろめきながら戦闘態勢に入りました。
 しかし今まさにぶつかろうとした時、雷鳴が轟きました。二人の間を雷光が走ります。

「ッな!?」
「ッがあぁあぁあぁぁ!!」

 二度目の雷光が不動を吹き飛ばしたようです。雷光で白くぼやけた視界にその光景を捉えると蛮の体がふわりと浮きました。

「ぅあ!?」
「不動……とか言ったっけ?」
「……くぅ……」
「しばらくココで待ってろ。すぐ相手してやるから」
「あ?待てよおい??」

 すぐ側から銀次の声がした事によって蛮は自分が抱え上げられている事に気付きました。未だに白く靄のかかる視界を回復させようと目を瞬かせますが、それよりも先に漆黒の羽根が空を裂きます。蛮の声に耳を貸すこともなく銀次は飛びました。雷撃のダメージから回復出来ないで呻く不動がどんどん遠ざかって行きます。

 静かに下ろされた場所は城の最上部に位置するテラスでした。まだ少し白く染まったままの視界に銀次の顔を捕えるといきなり右腕を捕まれました。

「ッい……っつ……」
「……」

 ポケットの中から白い布を取り出すと紅く染まる腕に巻きつけ始めました。布の端をキツク結ぶと蛮の口から小さく悲鳴が上がります。

「どうしてあんな事したの?」
「あ?」

 なかなか回復しない目を擦りながら蛮はぶっきらぼうな声を上げました。目を擦る蛮の手をどけてサングラスを外させると、目を閉じさせるようにまぶたの上に手を重ねました。冷たい皮膚の感触が瞼の上から伝わってきます。

「どうして……腕をさしだしたの?」
「どうしてって……あのままじゃバラの花が切り刻まれちまうだろ?」
「……じゃあ自分の腕はどうでもいいの?」
「傷は治るがあのバラは元にゃ戻らないんだろ?
 だったらこうするしかねぇだろうか」
「……うん……」

 どこか気落ちした声を返す銀次に、蛮は訝しげに思いつつも当然といった風に言葉を返しました。でもどこか不満げな声です。

「……蛮ちゃんはここでいて」
「は?」
「あいつ……追い払ってくるから」
「あいつにゃ追い払うくらいで引くような可愛げなんかねぇぞ?」
「じゃあどうする気だったの?殺す気だった?」
「……場合によっちゃ……そうなる」
「あぁ……あいつとここから出て行く事も考えてた?」
「……」
「……そうなんだ……」

 瞼を手の平に覆われたままなので銀次の表情は伺い知れませんが、声音から察するにどこか苛立ちを感じているようです。瞼の上の手はそのままに、蛮の右手がすくい上げられました。

「……ここから出て行くなんて……許さないから……」
「……許さないっつってもあいつがここに来たのは俺のせいだ
 俺が出て行けば済む話だろ?」
「ダメ……絶対ダメ……」

 呟くような声が耳に届くと、右手の指先に温かく柔らかい感触が伝わりました。その感触が肌を滑って傷の上まで移動してきます。柔らかく傷を押さえては別の場所へと移動していきます。

「……俺をここに置いたってメリットなんかないだろが」
「そんなの考えたことない」
「バラの代わりになるメリットがあったからあの交換条件を出したんじゃないのかよ?」
「そうだけど……メリットなんて関係ない」
「はぁ?」

 言葉の意味がまったく分からないといった声音の蛮に銀次が少し笑ったように思えました。右腕の上を行ったり来たりしていた温かな感触が消えると銀次の声が耳のすぐ側で響きました。

「……こういう事だよ……蛮ちゃん」
「ッ!」

 突然視界を隠されたまま足払いをされました。辛うじて声は出さなかったものの、後ろに倒れ込む感覚に蛮は思わず銀次の腕に縋ります。背中に腕が回されたのを感じると床に体が押さえつけられました。非難の声を上げようとした唇に何かが被さります。

「!?」

 手がどかされ視界が解放されると目の前に琥珀の瞳がありました。何が起こったのか分からず視線を下げると、自らの口が銀次のそれで塞がれています。息苦しさに思わず唇を開くと熱いものが侵入してきました。

「んんっ!」

 逃げようとすると顎を捕えられ固定されてします。体を押し戻そうにも酸素の行き渡らなくなった脳と力の抜け落ちる体ではそれもままならなくなっていました。くちゅ…と濡れた音が耳に届いてきます。

「……ふ……はぁ……」

 漸く解放されました。何とか押し返そうと服を掴んでいた手から力が抜け落ち床の上に投げ出されます。酸素を求めて忙しなく上下する胸を見下ろしてから、銀次の手は額にかかる黒髪を梳いていきました。それを瞳を細めつつ甘受していると今度は額に口づけられました。

「答えは期待してないから……
 ただ俺の気持ちを知ってくれたらそれでいい」

 切なげに零れた言葉に蛮が何か言おうと口を開いたが触れるだけのキスに塞がれて音を発する事は出来なかった。静かに離れると銀次が手摺を越えて飛び立ってしまいました。

―続く

―収録後
G:蛮ちゃん、傷……大丈夫??
B:……なわけあるか もうちょっと加減しろこのドアホ!
G:いだッ!なんでぶつのぉ〜?
B:なんでだぁ?よく見ろこの右手!
G:右手?怪我なんかしてないよね??
B:そんな事じゃねぇ!変色してんじゃねぇか!
G:え?……そういえばちょっと紫っぽいかも……
B:っぽいかも……じゃねぇだろが!!
G:んあ〜!ごめんよ蛮ちゃーん!!

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