―3―

 先日までの雲も嘘のように空は綺麗に晴れています。
 昨日家を出て再び森へ向かおうとした時、また不動に絡まれてしまったのです。まさかまた森の中を走り回るわけにも行かず、街中で上手く撒いて外れの空家で一晩過ごしたのでした。
 水色の空を眩しそうに見上げ、蛮は再びあの城へと訪れています。門は相変わらず近付くだけで容易く開き、中に入ってしまえば独りでに閉まりました。
 今度は中庭に足を向けることなく正面玄関へと歩を進めます。玄関の扉もやはり見上げるほどの高さで、そこかしこに彫刻が施されていました。その扉もやはり触れただけで容易く開きました。

「こんちゃー」

 開いた扉から顔だけを突き出し、中を窺いつつ声をかけます。が……しん……と静まり返り、蛮の声が虚しく響き渡るだけでした。
 とりあえず中に入り、周りを見回してみます。エントランスは広く、壁際にいくつもの彫刻が置かれていました。窓という窓には全てカーテンが引かれ、蝋燭ひとつ点けられていません。暗くひんやりとしたホールの中央ほどまで足を踏み入れれば、微かに光を入れていた扉が閉まってしまいます。その様子を視線だけで見守っていると奥から物音がしました。
 蛮が振り向くとともにそちらから白い旋風と鋭い一筋の光、気の塊が走ってきます。それらを僅かに動くだけで全てを交わしました。

「ここは他所者が来る場所ではない」
「誰だ?」
「他人のテリトリーに入って質問を投げかけるのは無礼だろう?」
「んじゃ、訪ねてきた人間に突然攻撃仕掛けてくんのは無作法じゃないってか?」
「そうだね……こちらに非があるようだ」
「うむ」
「十兵衛……俊樹……出て非礼を詫びよう」

 一通りの会話が済むと声がした方から誰かが出てきました。執事らしい格好をしています。
 長い髪に鈴を付けた、女性と見紛う容姿の持ち主と鈍い金色の少し長い髪の持ち主の男が二人。そして……置時計をモチーフにした着ぐるみを着た男。

「………」
「………」
「………」
「………十兵衛?」
「……面白くはないか?」
「ウケ狙いだったのか……筧……」
「いや……確かにポジションとしては間違っちゃいねぇけど……」
「っていうか何故時計の方にしたんだろう」
「む……置時計の他にも何かいたのか?」
「何かって……」
「蝋燭立て……だったか?」
「燭台だろ?」
「燭台の方がいいなどショックだーぃ!」



―少々お待ちください



「こほん……」
「着替えさせに行ったのか?」
「えぇ……俊樹と一緒に」
「……ま……当然だろ……」
「まぁ……あの二人は置いといて……
 自己紹介をしようか……
 僕は執事の風鳥院花月だ
 さっきの二人も執事で筧十兵衛と雨流俊樹」
「ふーん……」
「それで……訪ねてきたって言ってたね?」

 ホールに立ち尽くしたままの蛮に花月が近付いて来ます。表情は笑みを象っていますが、その瞳は来訪者を油断なく観察していました。

「ここ数年……この城は外界とは一切の接触が無かったはず
 誰を訪ねて来たんです?」
「誰って……名前なんざ知らねぇな
 聞く間もなかったし……」
「じゃあ……どこで会ったんですか?」
「中庭」
「……中庭?」
「あぁ、大量のバラが咲いてるとこだ」
「そこは……立ち入り禁止にされている所のはず……」
「知らねぇよんな事
 さっさと飛んで行きやがったからな」
「……飛んで……銀次さん、か……」
「あ?」

 どうやら蛮が目的としている人物が分かったようなのですが、表情が明らかに曇りました。何か迷っているかのようです。
 しばらく考えたのち、花月はようやく口を開きました。

「……分かりました。彼の所まで案内しますよ」
「あぁ、よろしく」

 そういうと花月はホールの中央階段をゆっくりと上り始めました。
 細長く開いた窓から白く、朝日の光が差し込んできます。花月がそれを垂直に横切ると、蛮はある事に気付きました。

「……お前さ、影ねぇの?」
「……驚かないんですね?」
「害のあるような奴にゃ見えねぇからな」
「ふふ、ありがとう」
「影がねぇってこたぁ……霊か」
「いえ 死んではないですよ
 そうだなぁ……幽体離脱ってとこかな?
 霊は霊でも生霊の方ですよ」
「ふーん……不便じゃねぇの?」
「そうでもないですよ?ご飯を食べずに済みますから」
「へぇ……」
「あとこんな事も出来ますからね?」

 そう言ってにこやかに振り向くと突然花月の姿が景色に紛れて消えてしまいました。音もなく……すぅっと……霧が晴れ渡るかのように……

「お……おい?」

 静まり返った廊下に蛮の声が木霊します。花月のいた所まで歩を進めると、先ほどまであった二つの足音は今一つしか聞こえません。
 どうしたものかと立ち尽くしていると腰の辺りに何かが触れました。

「……こんな風に不意打ちをする事も出来るんですよ」
「っ!!?」

 耳元に花月の声がしたと思うと後ろからいきなり抱き締められてしまいました。条件反射で繰り出した裏拳は虚しく空を切り裂きます。
 瞬時に空気に紛れ、蛮の拳を交わした花月は再び蛮の前へと現われました。

「あぁ、腰は弱かったんだ?」
「……うっせー」

 図星を指された蛮は思い切り睨みつけます。その鋭い瞳に怖気づく事なく、花月は柔らかく微笑んでいました。
 その態度が癪に障り、一発殴っておくか、と蛮が考えていると、花月のすぐ奥に雨流が姿を現しました。

「花月……」
「……十兵衛は?」
「拗ねてしまったから置いてきた」
「そ……そう……」
「……あとが大変だな……糸巻き」
「が、がんばるよ……」

 そう呟くと花月がどこか遠くをふっと眺めました。

「それより……雷帝からその男を月の間に通すように承ったぞ」
「月の間……あそこに?」
「あぁ、間違いはない
 確認の為、10回繰り返して聞いた」
「……聞き過ぎじゃねか?」
「確かに……」
「念には念をと思い聞き返していたのだが……
 機嫌を損ねてしまったらしく……」
「電撃を喰らったってか……」
「なるほど……それで髪の毛がちょっと焦げてるんだ」
「……部長の頃の癖が抜けなくてな……」
「いや……部長だったとしても聞きすぎだろ」
「いくら銀次さんでも切れるね」
「……くっ」

 ……と小さく息を詰めると雨流はその場に蹲ってしまいました。その光景を蛮と花月が苦い笑顔で見つめています。……というかそうするしか出来ません。

「さてと……月の間へ案内をしますか」
「あ?」
「雷帝……君が会いに来た人の通り名」
「ライテイ……」
「そう。僕らの……この城の支配者だ」

 ぽつりとそう呟くと花月はふと暗い顔をしましたが、一瞬にして戻ってしまいました。その変化に蛮は何かを感じ取りました。

「さぁ……こっちです」

 再び歩き出した花月の後を蛮が無言でついて行きます。


―続く

収録後―
G:蛮ちゃーん!お疲れ様ーVv
B:あー……はいはい……分かったからいちいち抱き付くな
G:だーってやっと蛮ちゃんが近くに来てくれたんだもん
B:近く……って……終わったら真っ先に来る奴が何言ってやがる
G:蛮ちゃんと離れたくないんだもーん
B:だーもう……分かったから離せ
G:あれ?
B:あ?
G:かづッちゃん達は?
B:あぁ……糸巻きならカビ生やした遠当てくん引き摺って走って行ったぞ?
G:……引き摺って……なんだ……
B:あぁ、あいつ見た目に反して力持ちだよな
G:……蛮ちゃん……
B:なんだ?
G:かづッちゃんに惚れた?
B:…………はぁ??
G:腰触られて感じちゃったみたいだし……
B:いや……感じたわけじゃねぇし……
G:綺麗だし……
B:んなもんに興味ねぇ
G:やっぱりギャップがいいのかな……
B:お前もたいがいだろが
G:……蛮ちゃん……
B:あん?
G:今すぐ抱かせて
―ゴッ
G:んあ〜!!痛い〜!!
B:当たり前だ!ボケッ!!
G:ばーんちゃ〜ん……(号泣)

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