それは月の綺麗な夜だった。
猫すらいない路地裏は静まり、しんしんと降り注ぐ光にコンクリートジャングルが浮き彫りにされている。

仄暗い路地裏を一つの影がゆったりと横切って行く。長いコンパスによりゆっくりと刻まれる硬質な音は小さく反響して夜空に吸い込まれていった。
月の光を反射するような白い肌。インディコライトのような碧の瞳には鋭さがあり、ミルクティーブラウンの髪は癖を持って緩やかなウェーブを描く。均整のとれた体を高級なスーツに包み、長い手足はさながらモデルのようだ。ここがどこかのスタジオならば雑誌の撮影と言われても頷けるだろう。しかし、ここは街にならどこにでもあるような路地裏で、彼は今仕事帰りなのだ。
彼の名はニール・ディランディ。『ロックオン・ストラトス』という名で有名なスナイパーだ。
一見すると手ぶらに見えるが、彼は仕事道具を持ち歩かない主義なのでそう見えるだけで、ついさきほど道具をいつもの場所に隠してきたところだった。そして今、自らの住処へ真っ直ぐ足を運ばず少々遠回りしているのは、仕事直後の警戒から。もし追っ手が掛かっているならば、この人気の全くない路地裏で始末するつもりである。とはいえ、彼が今まで追手にかかったことは皆無だが、念には念を入れて、といったところだろう。
それでも律儀にこの習慣を守り続けているのはプロの意識からか、今日で最後となるからか…
彼は今日までフリーでいたが、つい先日とある組織から勧誘を受けた。
随分丁寧な態度ではあるが言葉に少々棘の付いた色黒の青年、見るからに短気で喧嘩っ早そうな青年ときゃぴきゃぴした今時の女の子。なんともアンバランスな組み合わせの三人組に胡散臭さしか感じなかったが、見せられた端末の映像にシルエットのみを映した人物の言葉を聞いて考えを改めた。ずば抜けた狙撃の才能しかない自分に新たな道を用意するという。来るも来ないも自分次第だと言うが、現状に飽きてきていたからうってつけだという軽い理由で受ける事にした。
その時は請け負った依頼がまだ残っていたのでそれらが済み次第ということで今に至る。
本日でこの稼業は終了。迎えは向こう側から三日後に向けるとのことなのであとは待機しておけばいいだけだ。
愛着も執着もない仕事ではあるがそれなりの期間続けた仕事だけに少し寂しいなどという感情が浮上し、自嘲気味に月を見上げた。

「…あ?」

ぼんやりと見上げていたのだが、突如横のビルの屋上から黒い塊が飛び出してきた。それはビルとビルの中間で速度を緩めると徐々に大きくなってくる。どうやら何かが落ちてきているようだ。逆光でよくは分からないがそれはどうやら人が逆さまに落ちてきているように見える。瞬時にこのビルが何階建てかなど考えて受け止めるべきだと体が反応したが、それよりも先に宙に投げ出された体がくるりと弧を描いた。かと思うと背中から真横に小型のジェットエンジンらしきものが現れる。エンジンの逆噴射によって落下速度は緩められ、地面から少し離れたところで噴射が止まって音もなく舞い降りてしまった。

突然の出来事にぽかんと口を開けたまま数歩前に着地した人物に魅入ってしまう。
こちらに背を向けた人物は後姿で判断するにまだ少女ではないだろうか?低い身長ときゅっと締まった細腰、スラリと伸びた足にはまだ成人らしいラインは見られない。さきほど広がっていたジェットエンジンが小さく折りたたまれているが、それよりも少し小さい背中、癖の強い漆黒の髪が風に靡き、その身に纏うのは世闇に紛れそうな濃紺のワンピース。裾は膝上の高さで白いレースとリボンをあしらいふわりと膨らんでいる。白いレースの下から伸びる細い足は黒のニーハイソックスに覆われ、巷で言うところの絶対領域がちらりと覗いていた。肩もパフスリーブでふわりと膨らんだ形をしており、袖には白いカフスと丸ボタンが付いている。

中途半端に上げられたままの両腕をどうしたものかと僅かに下ろせば、ほんの少しの布擦れの音に気付いたのか目の前の少女がくるりと振り返った。
まず最初に目を奪ったのは意志の強い光を称えたアルマンダインのような紅い瞳。ついで小さく開かれた瑞々しいさくらんぼのような唇。中東の出だろう、蜂蜜色の肌にその二つの色彩は尚鮮やかに映った。顔の作りはまだ幼さの抜けない少女のようでどこか妖艶なエキゾチックさを感じさせる。その顔に浮かんでいるのは驚きに満ちた表情だ。

気軽に夜の挨拶をしようにも先ほどの登場の仕方では、己は特殊な人間です、と見せ付けられたようなものだ。まったくもってどうしたものか、と考えていると少女の眼光が突然鋭く突き刺さってきた。ぴくりと体を反応させると少女の体がこちらへ向き直り一気に間合いを詰められると鋭く右手が突き出される。
手の切っ先は寸分違わず己の喉仏を狙って突き出されており、間一髪で避けるとその手がそのまま真横に振り払われる。その追撃も座り込むことで避けると今度は斜め下から蹴りを繰り出されているのに気が付いた。なんとか後ろに飛び下がることで避けると小さく舌打ちの音が聞こえる。それに苦笑を浮かべるとロックオンはゆっくりと立ち上がり、少々呆れた調子で声をかけた。

「おいおい…可憐な少女が舌打ちなんかしちゃいかんだろう?」
「…あんたに関係ない。」

ぽつりとそう呟くと少女は体制を整えて再度飛びついてくる。舞うように繰り出される手刀や蹴りは全て急所を狙い撃ち、一撃で沈没させようという考えが見て取れる。それはきっと少女故の低い攻撃力を補う為の手段だろう。休む間もなく繰り出される攻撃を余裕の笑みを張り付かせながら避けてはいるが、正直ロックオンにとって接近戦は得手ではない。この場から逃げようにも逃走経路全て断ち切る攻撃は見事としか言いようがなかった。何か手はないか、と意識を少し逸らした瞬間、足に何かぶつかってバランスを崩した。どうやらコンテナへと追いやられていたらしく、チャンスとばかりに回し蹴りが首めがけて放たれる。

「っ…」
「…っとぉ…あっぶねぇ…」

コンテナの上に座った状態になったロックオンは襲い来る蹴りを何とか防ぐ事に成功する。踵を右手で掴み膝裏に左手を甲をあてがう事で衝撃を軽減させてダメージなく受け止めてみせた。高く上げられた足を辿ると幾重にも重ねられた綿レースのパニエが足の付け根辺りまでずり上がってしまっている。その向こう側には目線の高さに差がなくなった事で少女の顔が良く見てとれた。受け止められたことが悔しいのか唇を噛み締め、鋭い眼光はそのままにこちらを睨みつけている。

「ッ離せ!」
「いやだね。離したらまた攻撃しかけてくんだろ?」
「当たり前だ!」

掴まれてびくとも動かない足をなんとか解放させようと体を捩ったり足に力を込めたりと抵抗しているが、男女の差、年齢の差が著しく現れ全く功を奏していない。それでも無駄あがきとも言える動作を繰り返す少女にロックオンは薄く笑いかける。

「あんまり暴れると体の筋がいかれちまうぜ?」
「っうるッさい!」
「それにパンツが見えそうだ。」
「?…………ッ!!!!!」

ロックオンの言葉に一瞬怪訝そうな顔つきをしたが、彼の視線が意味ありげに下へ降りるのをつい追いかけてしまう。視線の先でずり上がったスカートが今にも捲れそうになっているのに気付くと息を詰めてスカートの裾を両手で押さえ込んだ。見る見るうちに顔が赤くなるのを可愛いじゃないか、など暢気に考えているとぎっと睨みつけられる。しかし赤い頬と涙目では可愛いさに拍車をかけるだけだという事に気付いていないだろう。

「離せ!変態!!」
「変態とは失礼な。態々親切に教えてやったってのに。」
「うるさい!黙れ!」
「減らない口だなぁ…なんだったら…」
「な、にッ…」

わざとらしいため息を吐き出すと踵を掴んだまま少女の左足を潜って下げながら引っ張れば曲げられる膝の関節に体が自然と引き寄せられる。曲げた膝を右肩に乗せさせて左手で腰を抱き寄せれば爪先立ちになっているだろう右足の震えが伝わってきた。にやりと口の端を上げると左手をずらし小ぶりな桃肉を鷲掴みにすると少女の背がびくりと跳ねる。困惑の瞳で見つめて来る少女を上目遣いに見上げて横にある腿へ頬を摺り寄せた。

「このまま喰ってやろうか?」
「〜〜〜ッ!!!」

滑らかな腿を頬で堪能して悪戯に桃肉を弄れば音がしそうな勢いで少女の顔が真っ赤に染まった。スクエアネックから覗く鎖骨辺りまで赤く染まる様子に加虐心を更に刺激され左手をスカートの下に潜り込ませると裏腿をつぅっと撫で上げ、頬に当てた柔らかな内腿にキスを一つ落とす。すると声にならない声を上げた少女が左膝を肩からずらすと間髪いれずにロックオンの米神めがけて頭突きをしてきた。

「いッッッ!!!?」

ゴツッと鈍い音に目の前がちかちかとフラッシュする。左手で鈍い痛みを発する場所を抑えて仰け反ると右手にかかっていた体重はさっと消え失せてしまった。まだちかちかと明滅しているような視界で少女の姿を追えば、少し離れた位置でこちらも額を押さえて蹲っていた。とんでもなぇな…などと自分のした事を棚に上げ苦笑いを浮かべると少女がよろりと立ち上がる。その足元…左足に靴がないことに気付きふと自分の右手を見ると小さな黒い靴が残されていた。あぁ、脱皮したのか…とか思っているとまだ僅かに紅い頬と涙目になった顔が勢い良く上げられる。

「…目標を…駆逐する!」
「え!?」

左右に広げられた両手に突如としてコンバットナイフが現れた。これはさすがにまずいと判断したロックオンは慌てて体を跳ね起こすとその場から飛び退く。するとしっかり狙いを定めたコンバットナイフが少女の手によってコンテナに突き刺さった。引きつった笑みに冷や汗を垂らしているとすぐさま向き直った少女が次々にナイフを閃かせて襲いかかってくる。なんとか避けつつ少女の体力が削られて動きが鈍るのを待とうとしたが、どうやらそれは望めそうにない。先ほどと違い足技を使わないのは同じ失態を防ぐ為だろう、その為にナイフによる斬撃のみになってしまった攻撃をなんとか潜り抜ける。怒りのためか数倍速さを増した攻撃に反応して交わすので精一杯で捕まえる事が困難になっていた。逆にこちらの息が上がってくる。
呼吸を整えようとした僅かな隙を突いてナイフが心臓目掛けて突き出された。

「!?」
「はは、残念…」

咄嗟に左腕を盾にしたが、その左腕もナイフが突き刺さる事はなく硬質な音を響かせただけで無傷だった。目を瞠り飛び退いた少女にロックオンは左腕を振ってデリンジャーを取り出すとその足元を向けて発砲する。足に怪我を負わせれば動きを封じられると思ったのだが、予想に反して少女は素早く回避してしまった。デリンジャーには4発しか装填出来ないのですぐに弾切れになってしまい、それを狙って少女が駆け込んでくる。月光を反射して襲い掛かるナイフの切っ先をジャケットの下に隠し持っていたガバメントで防ぐと二回三回と間髪いれずに振り下ろされるナイフを全て受けきった。再び距離を開けた少女に向けて脅しの為に銃口をむけるが、彼女は唇を噛んで睨みつけるだけだ。それどころかまだ飛びかかってくる気らしく、体勢を僅かに下ろしじりじりと間合いを見計らっている。 今まさに切りかかろうとした瞬間、空気を振るわせる低い振動音が響いた。それにロックオンは首を傾げると少女はバツの悪そうな顔をして後ずさり始める。どうやら彼女の持つ端末のバイブ音のようだ。ふと彼女の視線がロックオンの足元へ投げられると身を翻して走り去ってしまった。

「…なんだ?」

構える必要のなくなった銃を下ろして少女の視線の先を追ってみると、なんてことはない。片方の靴が転がっていた。さっきナイフを受け止めるのに咄嗟に落としたのだが、どうやらこれを回収してから去りたかったようだ。
銃をジャケットの下へ戻すと出しっぱなしだったデリンジャーも元通りに戻す。そしてひょいとばかりに靴を拾い上げると目の高さまで上げてふと微笑を刻んだ。

「なんとも勇ましいシンデレラだな」

よくよく見るとまだ真新しい靴はメーカーもサイズの表記もされていない。ますますもって特殊な人物だという事を裏付けている。くつくつと喉の奥で笑うと住処へと足を向けた。

「楽しいシンデレラ探しの始まり…かな?」

ひとまず所属することになった組織の迎えがくるまでに手掛かりだけでも掴めればいい。そうすればきっと…同業者か同じ世界の住人だろう彼女に再び合間見える機会があるかもしれない。ないならないで仕事がオフの日に探せばいい。
そんな事を考えながら夜空に浮かぶ月を振り仰ぎ、笑みを深めるのだった。


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T・CB…チームソレスタルビーイング!…なんの捻りもありません…
っつか組織のこと全く出てきてないし(遠い目)

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