「まったく……三人揃って来ないとは……」
「いや、ライルくんの場合は呼びに行ってくれたんだから……」
「呼びに行ったとて戻ってこなければ意味がない。」
「うーん……まぁ……そうかな……」

ミーティングが始まったというのにマイスターの半数が部屋に来なかった。すぐ目の前に最終決戦が迫っているというのに、とぶつぶつ言っているティエリアの後ろを苦笑しながらアレルヤが続く。彼らが行きそうな場所を回りながら、いつかこれが戦いの為の人探しから一緒に出かけようと誘いに行く為の人探しになったらいい、と思いながら廊下を移動していた。
 一番いる可能性が高いと踏んでいた展望室の前に来るとティエリアは急に踵を返した。

「え?え?ど、どうしたの?ティエリア??」
「激戦が目の前に控えているのだから少しでも『ああいう時間』を確保してやりたい。」
「うん??」

 どこかへ向かってしまうティエリアの腕を捕まえると視線で展望室の中を示された。音を立てないようにと注意を払いながら覗いてみると2人の影が重なっているのを確認する。見慣れたシルエットから誰と誰かなど容易に分かってしまう。あぁ、と小さく納得の声を口の中で呟くと廊下の壁に凭れたティエリアのところへ戻っていく。

「やさしいね、ティエリア。」
「当然だ。刹那が今までどんな思いで戦ってきたのか分かっているし、戦争に『絶対』がない以上は大切にしてやりたい。」
「うん。僕も賛成だよ。」
「では不肖のロックオンを探しに行くか。」
「不肖って……」

 くるりと踵を返したティエリアの言葉に小さく笑いを溢す。しかしアレルヤはふと部屋の入り口を振り返った。

−………でも……ちょっと……違和感がある……?

 一度首を傾げたが、廊下の先でティエリアが睨みを利かせながら振り返っているので慌ててその場から離れていった。

 * * * * *

 バツが悪そうに目元を手で伏せたライルが、少し大きめの手袋を着けた刹那を伴ってミーティングルームに来たのは、アレルヤとティエリアが散々探し回っても見つからずに一度戻ってきた直後だった。2人しかいない事とそのちぐはぐな雰囲気に疑問が広がり始める。
 けれど、静かに壁へと凭れたライルと淡々と説明をする刹那によってすぐ解明された。
 一同に走る動揺と不安。戦力が削られてしまったこともあるが、それ以上に再び仲間が帰らぬ人となってしまったことへの喪失感がみんなを襲う。フェルトは特に、4年前に味わった悲しみが再び胸に広がっているのだろう、青褪めた顔で震えているのが見て分かった。その様子を苦しげな表情でスメラギが見つめていると刹那が傍へと寄ってくる。そしてそっとその肩に腕を回して柔らかく抱き込んだ。

「……すまない。」
「ッ……刹那が謝ることじゃないよ!」
「だが、もう少し傷つかないような言い方があると思う。」

 僅かに滲み出る悔しげな声音にフェルトはぎゅっと抱き返す事で刹那の痛みをやわらげられたらと切に願った。そんな二人をやるせない気持ちで見守るしかない周りは彼女達を少しでも癒せる術のない事に苦痛を強いられる。

「スメラギ。」
「……え……?」
「未来の為に……俺たちは戦う。」

 まるで独り言のように、けれど強い意志を持って零れ落ちる言葉にスメラギは弾かれたように顔を上げた。視線の先にはフェルトを包み込む刹那がゆっくりと顔を上げたところだった。

「その為にも……」
「もちろんよ。私はその為にここにいるのだから。」

 部屋に満ちる決意の波。
 それは仲間が欠けてもなお歩み続けるクルーの心を一つに結びつける力だ。
 彼の人は再び闇の中へと還ってしまった。
 仲間に希望を……夢を……温もりを残して。
 ……恋人には……唯一の家族を残して。

 けれど……もう……

−……絶望はしない。俺はもう……ちゃんと歩いて生けるから。

 僅かに伏せられた瞳には煌く光が湛えられていた。

 * * * * *

「あ、刹那。」

 今後の戦いについてミーティングを済ませると、いつ始まるか分からない戦いに備えて充分な休息を取る事がミッションだと言われて解散した。今度こそみんなで生き残るのだ。一同に誓い合って各々が自室へと向かう中、相変わらず大きなサイズの手袋を着けたままの刹那にライルが声を掛けた。握っていたリフトの動きを止めて振り返る彼女にライルは気まずげではあるが、話を切り出す。

「あのさ……」
「?何だ?」
「その……独りで寝れないなら……一緒に寝てもいいけど?」

 視線を反らしながら呟かれた言葉に刹那は僅かながら目を瞠る。ほんの少しの沈黙を刹那の小さな笑い声が破った。とてもおかしそうに肩を震わせている刹那に今度はライルが目を瞠る番だ。

「あぁ……すまない。」
「あ、いや……笑うのは……いいことだし。」
「そうか。でも……悪いな。」
「え?」
「先約がいるんだ。」

 にこやかな笑顔とふわりと揺れる手を残して刹那は廊下を移動していってしまう。その後姿を思わず目で追っていると突き当たりでリフトを放した彼女が別の方向から来る誰かに手を振っていた。
 じっと見つめているとふわりと横までやってきたのは桃色の髪の女性、フェルトだった。腕に枕を抱えているところからどうやら『先約』とやらはフェルトのようだ。

「………ちぇ……先越されちまったのか……」

 残念そうに苦笑を浮かべて髪を掻き上げる。けれどその表情は心から悔しがっているようには見えなかった。
 ふっとため息を吐き出していると足元にこてん、と何かぶつかってくる。視線を下げてみるとそれは優秀なAIで。兄の、自分の相棒でもあるオレンジ色のハロだ。足の回りをコロコロと転がり回ってはこつりとボディをぶつけて来ている。

「なに?お前が一緒に寝てくれるの?」
『イッショ、ハロ、イッショ!』
「さ〜んきゅ。」

 自然と浮かぶ満面の笑みと共にその丸いフォルムを抱え上げてひと撫でする。と、まるで犬や猫が目を細めるかのように赤い瞳をチカチカと点滅させた。

 * * * * *

 刹那の部屋に二人して入ると互いにラフな格好になる。それというのも、フェルトのお願いで今夜一晩でいいから一緒に眠ろう、という事になったのだ。

「ごめんね、刹那……いきなりこんな事言って……」
「いや、構わない。まぁ……むしろ……もっと早く言ってくれても良かったな、とは思うが。」
「それは……ちょっと無理だったかな。」
「?何故だ?」
「だって刹那のことずっと男の子だと思ってたもん。」

 だって、とハニカんで言うフェルトの言葉の意味が今ひとつ図りきれず首を傾げた。すると説明を付け足してくれる。聞き馴染みのある口調を使って……

「だからね。未婚の女の子が男ばっかの所に身一つで行くなんて危険でしょ、って。」
「……クリスに言われたのか?」
「うん。言った時ちょっと説教されちゃった。でも今は刹那が女の人って分かったから、1:2でならいいかな、って。」
「なるほどな。」

 クリスに言わせると、フェルトも、きっと今なら刹那もだろう。『女の子としての危機感』や『身嗜み』といった項目が非常に低いのだ。それでもこの4年間の間にフェルトは髪留めを使ってみたりして、と以前よりぐっと女の子らしくなっただろう。
 今のフェルトを知ったら彼女は満面の笑みで褒めてあげるのだろうな、と思い浮かべて笑みを溢した。

「……ホントは……ロックオンも居て欲しかったんだけどね……」
「ロックオン……ニールか?」
「うん、そう。」

 さきほどまで綺麗な弧を描いていた眉がへにょり、と曲がってしまった。それでもそれはまだ笑みの部類に入る苦笑を象っている。

「仲間よりももっと近い……でも恋人より遠い……お兄さんみたいな存在だったの。」
「……兄?」
「そう。私、家族ってあまり知らなくて……だからロックオンが……ニールがお兄さんみたいだった。」
「……そうか……」
「でね、刹那はお姉さん。」
「………え?」
「本当は子供が生まれてからするものなんだろうけどね。」
「?何、を??」
「川の字。一組の夫婦とその子供との三人でするのが普通なんだけど……刹那とロックオンと三人でしてみたかったの。」
「……えと……」
「私が子供役ってわけじゃなくて。お兄さん夫婦に甘えて一緒に寝てもらう妹、って感じかな?」

 至極楽しそうなフェルトを見ている内に、刹那はふとある事を思いついた。それは今ならなんの問題も反対の一つもされることなく実行が出来る。

「…………フェルト。」
「うん?」
「服と枕を持て。」
「え?」
「移動しよう。」
「え?……え??」

 言われるままに両方を抱えたフェルトは半ば強引なまでに部屋から連れ出された。刹那に引かれて入った先はすぐ近くにある、ニールが使っていた個室。

「……いいのかな……?」
「今更だろう?」
「うん……でも……」

 勝手知ったるなんとやら……部屋のパスワードを難無く打ち込んだ刹那はスタスタと中に入ると、一枚余分に持ってタオルケットと一緒に枕もベッドの上に放り投げた。フェルトが所在なさげにきょとりとしている間に、デスクの上に置いてあった制服一式の中から一枚取り出す。

「家主が居なくなったから許可を取りようがない。」
「……うん……そうだけど……」
「それに……あいつなら大歓迎だ、とか言って両腕を広げそうだ。」
「……ふふっ……そうかも。」

 刹那が取り出したのは最後にニールが来ていた制服のインナーで……それをベッドの上に丁寧に広げてフェルトを振り返った。それはまるで刹那の言う通り、彼が両腕を広げて向かえ入れるような体勢に見える。二人して笑い合ってその上に寝転がった。インナーの胸元に頭が来るように位置を調節し、顔を向かい合わせにする。シングルベッドである備え付けのベッドに二人分の重みが加わって小さく軋む音が聞こえた。

「……窮屈じゃないか?」
「うん、ヘイキ。」
「ならいいが……」
「すごく……嬉しいんだ。」
「え?」
「本当に……夢だったの。」
「ゆめ?」
「刹那と一緒にロックオンを挟んで眠るの。」

 くすくすと楽しそうなフェルトに刹那はぱちくりと目を瞬いた。

「あ、ロックオンと刹那を挟んでもいいかな。」
「……それは……どう違うんだ?」
「うんとね……要は三人一緒に眠ってみたかったの。」

 もじもじと少し照れくさそうにするフェルトの言葉をじっと待ち続ける。するとにこっと笑って続きを教えてくれた。

「二人とも妹みたいにすっごく大事にしてくれて……家族みたいだなって思ってたもの。だから、一度一緒に寝てみたかった。」
「………それなら……」
「ん?」
「俺とニールでフェルトを挟む方が妥当だ。」
「……えへへ。」

 刹那の提案にフェルトは擽ったそうに…照れくさそうに微笑む。その頭を彼の人のようにそっと撫でてやった。

「夢を叶えてくれてありがとう、刹那。」
「……肝心の抱き枕がいないけどな。」
「大丈夫だよ。充分過ぎるもん。」
「……そうか……」

 未だ彼の人の気配が色濃く残る部屋の中、そっと手を握り合う。柔らかく二人分の温もりをベッドに預け、寄り添いあう二人は静かに目を閉じて夢へと旅立った。


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10/12/30 脱稿

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