地上に降りた二人は小型艇を洞窟に隠して、そこに収容されていた車に乗り換えて街へと向かっている。互いのことは本名で呼び合うことで単なるカップルとして紛れることにしていた。このご時世にゆったり買い物が出来るという点から経済特区日本にきているのだが、ソコにはもう刹那の隠れ家はなく、沙慈に聞くと他の家族が引っ越してきているらしい。あまり使用していなかったし、とは思うものの少し寂しく感じてしまう。
 とりあえず今回の調達物資は2人の服が主なので住宅街には行かず、大型ショッピングモールへ来ている。沙慈の情報とネットの情報を組み合わせて抜粋した店を回りメモに書かれた通り、互いの私服を一通り揃え(ニールの分はライルが事細かに指定してくれているのでサイズだけ選び、刹那の分はニールが始終付き添ってあれやこれやと注文をつけた)、難関だと思われる店の前で2人は立ち尽くしていた。

「俺一人では何を買えばいいのか分からない。」
「そう言うと思ってミススメラギが必要なものとか買うまでの手順を事細かに書いてくれたメモをもらってきた。」

 店のウィンドウから見える色の洪水に刹那が困り果てた表情で見上げてくるのへ、来る前に渡されたメモを渡してやる。ソコにはスメラギの字で何を何組必要かというのと、一度に大量購入は怪しまれるので店員にどう説明して誤魔化すかなど書き記してくれてあった。その内容を読んだ時、正直に大丈夫か?とも思ったニールだが、他に考え付かないから何も言うことなくそのまま渡してやる。手渡されたメモに一通り目を通してその量の多さに目を瞠った。

「……こんなにあるのか……」
「ミススメラギがいるってんならいるんでしょうよ?ほら、行ってこい。」

 送り出すようにぽん、と背中を押してやると不安そうな表情で振り返ってきた。

「……一緒に入ってはくれないのか?」
「んー……まぁ……どっちかって言うとあんま入りたくないかなぁ……」
「どうしてだ?」
「どうしてって……ランジェリーショップに男がいるのってかなり浮くんだよ。注目されんのはなぁ……」

 目の前に聳え立つランジェリーショップを見上げて、ニールは苦笑いを浮かべた。いくら彼女と一緒だとはいえ、男が入るというのはずいぶん注目を引くだろう。そう思って渋ってみればどうしても一人はいやだとダダを捏ねる様な表情の刹那がじっと見上げてくる。

「あんたは格好いいからみんなが見惚れるだけだ。」
「さらっととんでもない褒め言葉くれるじゃない。」
「別に褒めたつもりはない。事実を言っているだけだ。」
「さいですか……」

 真剣にそんなことを言われて思わず頬を赤くしてしまう。それをさり気に隠してあさっての方向へと視線を飛ばした。

「どうしてもダメなのか?」
「ん〜……まぁ一緒に入ってもいいんだけどさぁ……」

 更に渋るニールに刹那はじっと見つめて明確な理由を求める。

「デザインを俺に選べって言うつもりだろ?」
「あぁ。見たところかなりの量があるようだから俺一人では選び兼ねる。むしろどんなデザインがいいかなどわからない。」
「だろうと思った……けどよ、ソラン。」
「なんだ?」
「俺に選ばせると……『俺が脱がせたいデザイン』を選ぶことになるんだぞ?」
「………」

 少々遠まわしな言い方ではあるが、これ以上単刀直入に告げるのは勘弁願いたい。そう思いつつも顔には出さずに黙り込んでしまった刹那の顔を見つめる。……と、見る見るその頬が赤く染まっていった。どうやら正確に伝わったようだ。

「……自分、で……選んで……くるッ……」
「うん、行ってらっしゃいな。」

 首まで赤くなりそうな雰囲気に小さく笑いながら背中を軽くぽんと押してやった。それでもまだ少し不安なのだろう、店のドアに辿り着くまでにちらちらと振り返っている。もうあと2・3歩でドアに辿り着く所まで来ると刹那の足がぴたりと止まってしまい、どうしたのかと首を捻っていると小走りに戻ってきた。もしやまた一緒に入れというのかと覚悟をしているとジャケットの裾をちょいとつままれる。

「?……ソラン?」
「……一緒に入れって言わないから……」
「から??」
「……ニールの好きなデザインを教えてほしい」

 首を傾げ頬を赤く染めて、もじもじと指を動かし上目遣いにそんなことを言ってのける刹那にニールは思わず鼻を押さえて上を向いた。

−こんの……天然娘ッ!!!
「……ニール?」
「や、悪い……大丈夫だから……もうちょい……待って……」
「?あぁ……」

 きっと今自分の顔も赤くなっているだろうことは安易に予想が出来る。それを隠す為に、また、垂らしそうになる鼻血を耐える為にも上を向いたのだが、きっと刹那からすれば何があったのか全く分からず不安になってしまうだろう。その不安をなんとか軽減させる為にもジャケットの端を掴む手をもう片方の手でしっかりと握ってやった。
 少しの間そのままでいて、ようやく復活したニールに刹那はもう一度首を傾げると苦笑を浮かべて頬を撫でられた。誤魔化されたとも感じるのだが、ニールがメモを貸すように言ってきたから思考を中断させる。

「具体的なデザインは分かんないから……とりあえず店員さんにこの2つの系統があるか聞いてみな。」
「……フェミニン……ガーリッシュ……」

 返されたメモに書き加えられた文字を読むが、何の事だかさっぱり分からず首を傾げてしまう。ちらりとニールを見上げれば苦笑を浮かべてちょいと指を差して教えてくれる。

「そ。今お前さんが着てる服もフェミニンって言われてる系統のファッションだから。」
「……分かった。」

 ガーリッシュも似たような雰囲気の服装である、と言われてなんとか納得して頷くといい子、と頭を軽く撫でられる。撫でられた部分に手を沿わせているとぽんぽんと背中を軽く叩かれた。

「で、デザインとか色は好きなの選びな?」
「……自分で?」
「あぁ、お前さんが選ぶんなら俺も好きなやつだろうからさ。」
「……そうなのか?」
「そうなの。俺が好きなソランが選ぶんだから俺の好きなものになるの。……分かった?」
「……ん……」

 言い聞かせるようにそう言って頬を撫でてやれば擽ったそうに、嬉しそうに微笑むからこちらの頬も弛んでしまう。すぐに済ませるからと今度こそ店の中に入った刹那に小さく笑いを溢して、どう時間を潰そうかと周りをぐるりと見渡してみた。そこでふと目を引くものがある。にんまりと笑みを浮かべると軽いフットワークでその店へと向かっていった。

 * * * * * * * *

「……ニール?」

 少し大きめの紙袋を携えてさっきニールが立っていた街灯の下に来たが、当の本人が見当たらない。待たせすぎてどこか行ってしまったかと辺りを見回せば、ほんの二件ほど先にある店の前で商品棚を食い入るように覗いていた。何か興味を引くものがあったのかと近づいてみると、そこはきらきらと光の洪水が起きているようなお店だった。よくよく見てみれば商品棚にはアクセサリーが所狭しと並び、ラインストーンやビーズが光を反射して輝いている。

「お、いいとこに来たな、ソラン。」
「?何をしているんだ?」
「いいからいいから。こっち向いて?」
「?」

 きょとりとしつつも言われた通り真っ直ぐニールへと向き直ると何か取り上げすっと顔の横へ掲げられた。何だろう?と思うものの、視界にはニールの革に包まれた手しか見えず何をしているのかさっぱり分からない。とりあえずじっとして早く終わるのを待っていると反対の手も同じように何か掲げ始めた。左右で見比べながら……うーん……と一頻り唸って難しい表情を作っていたが、ふと明るい笑顔を浮かべる。

「うん、やっぱこっちだな。もうちょいと待っててくれ。」
「……了解。」

 納得がいったらしく明るい声でそう言い残すと何かを手に包み込んでレジへと行ってしまった。じっと待っていればすぐに戻ってきてさり気無く紙袋を取り上げられて手を繋がれる。

「休憩がてら喫茶店に入ろうぜ。」
「ん。」

 * * * * *

 ショッピングモール内にあるカントリー調のカフェテラスに入ると刹那を座らせてメニューも見ずにぱぱっと注文してしまった。どうやら待っている間にこの店もチェックしていたようで、その手際の良さに感心してしまう。
 さほど待たずに運ばれてきたのは甘い香りのする紅茶とティーポット、そしてコーヒーだ。目の前に置かれた湯気の立ち上る紅茶をまじまじと見つめていると向かい側でニールの笑い声が聞こえる。

「アップルのフルーツティーだよ。」
「……りんご……」
「そ。多分ソランの好みの味なんじゃないかと思ってな。」
「……頂きます。」
「はい、どうぞ。」

 はふはふと冷ましてちょびっと口に含めば甘酸っぱい香りと口当たりのいい甘さが広がって頬が思わず弛んだ。その様子を向かいの席に座って眺めるニールの表情もふわりと和らいで直視できなくなってしまう。慌てて落とした視線の先でたゆたう赤い波に息を吹きかけるのに集中し始めた。

「ソラン、ちょっとじっとしててくれ。」
「?あぁ。」

 そう前置きをして席を立ったニールは先ほどの店で買った袋から中身を取り出してすぐ横までやってくる。それを見上げていると屈んで視線を合わせてくれた。体ごと振り向くように指示されて大人しく従えば、フェルトが留めてくれたヘアピンを外される。何をするのかと思って見上げていると頭の上に何か被せられて首の後ろで結ばれた。首を滑るニールの指に思わず体を跳ねさせてしまっていると、先ほど外されたヘアピンをまた着けられる。

「うん、上出来。」
「?何?」
「ハンドバックに鏡入ってるだろ?」

 言われてから慌てて白いピンタックの小さなバックを漁り始めた。それらしい四角の板を取り出すとひょいと取り上げられて目の前で開かれる。移りこんだ自分をまじまじと見つめて頭を飾る青い花と生成りのレースに気が付いた。

「店先で見かけてさ。今の服装に似合うなぁ、ってな。」
「ニールが……選んだのか?」
「あぁ、こいつとカチューシャとどっちにしようか迷ったんだけど。これにして正解だったな。」

 にっこりと笑いかけられて頬にかかる髪をさり気無く耳にかけられると頬が熱くなった。ぽそぽそとお礼を言えば満面の笑みを返してくれる。鏡を覗きながら着けて貰ったヘッドドレスの青い花をまじまじと見ていると「そういえば……」とニールが何か思いついたように話しかけてきた。

「結構大きい紙袋になったんだな?」

 ちらりと視線を余った椅子に乗せた紙袋の方へと走らせた。私服の紙袋もいくつかあるのだが、それに混ざって先ほど入った店の紙袋も似たような大きさをしている。一度目を通したので何を買ったかは知っているが、それにしても紙袋が大きいように感じた。

「本当はもう一回り小さいはずだったんだが……」
「何か欲しいもの見つかったのか?」
「いいや、全然。」
「あ、そう……」

 まさかと思った予感はばっさりと切り落とされてしまい、乾いた笑いで誤魔化した。分かってはいたが少々寂しい気がするのは気のせいだろうか?心で涙を呑んでいると鏡をカバンに直し込んだ刹那が少々曇った表情を浮かべる。

「スメラギが記したように説明をしたら店員が色々と勧めてくれた。」
「え!?あれ、使ったのか?!」
「あぁ。訝しげにされたので仕方なく。そうしたら隣にいた女性にも色々進言をもらって、更に店側とその女性からプレゼントだと言ってリストにないものを貰い受けてしまった。」
「はぁ?」
「一応断ったが押し切られてしまった……」

 しゅんとしょげたように見える刹那にニールは開いた口が塞がらなかった。
 スメラギの記したメモと言うのは『怪しまれたら使え』という内容の事が書かれており、必要ないならば使わなくて良かったのだが、あまりの居た堪れなさに使ってしまったのだろう。
その内容というのが……

−店員に怪しまれた場合の設定>
・擬似人格タイプR17を使用
・実家の猛反対に遭い、彼氏と駆け落ちしてここまで逃げてきた
・着の身着のまま来たので何も持っていない
・自分ひとりで選ぶのは初めてなのでどう選べばいいのか分からない
・初めて愛した相手なので失望させたくない

 こんな具合のことだったはずだ。
これらを総合させて一体待っていた間にあの店の中で何があったのやら……考えるだけで少々薄ら寒いものを感じてしまう。しかし何が一番気になるかと言うと、擬似人格タイプR17。刹那の擬似人格がそこらの女優よりもよほど卓越したものだと分かっている分、どんな人間を演じたのかが気にならないわけがない。

「な……ソラン?」
「なに?」
「あの……擬似人格タイプR17って……どんな?」
「……どんなといわれると……」

 素朴な疑問のはずだが、何か心臓が酷くざわめく。何か踏んではいけないものを踏んだような気分だ。それでも聞いてしまった今はもう後戻りなど出来ない。困ったように俯いてしまった刹那をじっと見つめて待っているとそろりと上がった表情に肩がぴくりと跳ねた。

「ッ!!」
「それほど特別ではないと思うのです。」

 胸の前で指をもじもじと動かしてぽつりとけれどよく通る声で刹那の口からは聞きなれない敬語が出てきた。思わず目を見開いてしまっていると斜め下に視線を落として説明を続ける。

「お店で書いてあった通りに言ったらお店の方が本当に良く選んでくださって……」
「あ、あぁ……」
「隣にいらした奥様も相談に乗ってくださって……ニールさんの為にって……お洋服を勧めてくださいましたの。」
「う、ん……」
「お支払いしようと思ったのですけれど、必要ないと断られてしまいまして……」
「そ……か。」
「でも……ニールさんが気に入ってくださればいいな……って……ニールさん?」

 頬をほんのりと染めて嬉しそうにはにかんで説明をする刹那に対してニールは徐々に俯いていき、終いには机の上に突っ伏してしまった。

「どうかなさいましたか?」
「いや、ちょ……たんまッ……」
「私、何かおかしいですか?」
「そうじゃ……なくて……」

 机の端に両手を添えて身を乗り出してくる刹那は刹那ではないようで…どこからどう見ても可憐な女性であって……深窓のお嬢様といった言葉がしっくりくる。どことなく王留美に似ているが、あそこまで尖ってはおらず、ふわりと柔らかい。例えるならマシュマロのような空気を纏った女性だ。そんな刹那を見せられてどうもなく過ごせるわけがない。
 ちらりと見上げてもまだ心配そうな表情で覗き込んでくる彼女にニールは下半身が下世話にも程があるほど熱くなるのを感じ取っていた。

「おかしいんじゃなくてさ……」
「はい。」

 上体を机に伏せたまま顔だけ上げて意外に近くにあった刹那の頬へ手を伸ばし撫で上げて指に絡む髪を掬い上げる。そのままするりと毛先まで滑らせて口元へ引き寄せるとちゅっと音をさせて口付ける。

「!」
「可愛くて色々我慢出来なくなりそうなの。」
「……」
「………」
「…………」
「………というわけで、解除してくれ……」
「……了解……」

 互いにおかしな間を作ってしまい、視線も反らすに反らせずにいるとニールが強引に顔を背けてくれた。それにつられて刹那も顔を背ける。……と……

「あ。」
「うん?どうした?」
「さっきの女性が歩いてくる……」
「え?マジでどの人?」
「えと……あの……こげ茶の髪で同じ紙袋持ってる……」

 刹那が慌てて説明している間にもその女性は近くまで来てこちらの存在に気付いたようだ。声は聞こえないが「あら」と口が動いたのが分かる。焦った立ち上がったニールが深々と頭を下げると刹那も慌てて立ち上がってそれへ倣う。次に頭を上げた時には女性は笑みを深くして手をひらりと振って通路を折れて行ってしまった。2人揃って無意識に留めていた呼吸を……ほぅ……と吐き出してしまい互いに顔を見合わせて笑い合う。

「で?あの奥様にどんな服貰ったんだ?」
「……今はダメだ。」
「へ?」
「ニールと……2人きりの時に着てあげなさいと言われた。だから教えない。」

 ちょっと悪戯めいた笑みでそんな事を言われてニールはしばし目を見開いてしまったが、刹那が紅茶に口をつけ始めるのを見て破顔するだけでそれ以上は聞かないことにした。


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兄さんの理性を天然で狙い撃ってしまうのは刹那の仕様です。
勝手に擬似人格のナンバー作ってみたけど…被ってないよ…ね??←

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