ふっと意識が浮上して目がぼんやりと開かれる。そのままぽやっとしていたらおもむろに枕の上に視線を投げてデジタルの時計が示す時間を読み取った。どうやら起きるにはまだ早い時間らしい。
 この部屋に唯一ある窓を眺めても宇宙空間に漂うプトレマイオスの中にいては朝も夜も分からない。
 それでも体内時計は正常に働いており、起床を促す。腕を伸ばすべく筋肉を動かそうとすると…

「……ぅん……」
「!」

 猫がムズがるような声が聞こえた。慌てて腕から力を抜くと腕にすりっと寄ってきて再び眠りに落ちたらしく、規則正しい呼吸が聞こえるのでほっと安心する。
 下ろした視線の先にはふわふわとあちこち撥ねる黒髪があり、その下には蜂蜜色の肌が覗いていた。前髪に隠れてしまった顔は今、普段のクールさを脱ぎ捨てた無垢な表情を浮かべているだろう。すぅすぅと繰り返される寝息を吐き出すチェリーのような唇が見えないのが少々寂しい。
 四年前よりは太くはなったがまだまだ華奢なラインを描く肩から黒いタンクトップがずれ落ちているのを直すと緩く腰に回っていた腕でしっかりと抱き締め直した。

―……四年か……

 なんの因果か、四年前に死んだはずの男は突然ひょっこり帰ってきた。しかも最愛の人物の前に。何が起きたのか未だに分からないが、解明する必要もないんじゃないか、と思っているので、ただ『帰ってきた』とだけあとはどうでもいいといった姿勢を貫いている。
 かといって、自分を取り巻く環境は四年という長くも短い時を確かに刻み、腕の中で眠る恋人の上にも平等に降り注いだであろうその時間が伺える。当時はまだまだ子供だったのに、今はどうだろう?その顔にはまだ子供だった頃の面影を色濃く残しているというのに四肢はすらりと伸び、匂い立つような色香を纏っている。この四年の間に何がこれほどまでに影響を及ぼし成長を促したのか側で見られなかった事が残念でならない。
 自分より僅かに低い体温は、しかし自分よりずっと柔らかで抱き締めると潰れてしまいそうな儚さがある。これで戦場では先陣を切って敵に突っ込んでいくのだから全くもっていい裏切りだ。
 戦場で舞う彼女のMSはまさに女神のようで、その舞いを邪魔しよう者が現れるようなら容赦なく撃ち落とすのが自分の役割だ。その役割が自分のものであることにこれほど喜ばしいと感じることなどこの先二度とないだろう。
 それほど男はその存在に狂わされている。

―あぁ…愛しい…

 そう言ってもきっと「自分にそんな価値などない」と言って切り捨ててしまうんだろうけど…その頬は必ず朱を差すからやめてなんかやらない。

「ん……にぃる?」
「ん、おはようさん。」

 見つめているとふるっと小さく震えた子猫は、舌っ足らずな声で呼んでくれるから頬が緩んでしまう。ぽやん、と見上げてくる目尻に口付けを落として頬にかかる髪を払って口付けてやる。擽ったそうに瞳を細めるからきゅっと抱き締めなおせばそっと背中に腕が回るから頬が更に弛んだ。4年前では有り得なかったことだけにしみじみと帰ってこれた事を感謝する。
 ……けれど……

「も……おきて……?」
「うん、ちょいと前にな。」
「……何してた?」
「可愛い寝姿を眺めてた。」
「ッ!!!」

 はっきりしてきた言葉を話すようになってきたなぁ、と思いながら素直に答えれば予想通りその手がぐいっとばかりに顔を鷲掴みにして離されてしまう。
 こういったテレ隠しは相変わらず変わらないな、と小さく笑っているとぺいっと転がされて腕の中から出て行ってしまった。もう一度腕の中へ引き戻そうとしたが残念ながら手は宙を掻いてシーツの上に落ちてしまう。それにむぅ、としかめっ面で見上げれば冷ややかな瞳で見下ろされた。

「起きたら起こせといつも言っている。」
「なんでだよ?いいじゃん、可愛いんだから。」
「うるさい。」
「そんなこというなよ〜」
「黙れ。だいたい……俺だってあんたの顔が見たいのに不公平だ……」

 ぽつりと言葉を落として刹那はベッドから出て行ってしまった。その言葉の内容を反芻していると黒髪の隙間から覗く耳が赤いのに気が付いた。

−ホント素直じゃないねぇ……

 たて肘をしてその後姿を追っていれば部屋の備え付け冷蔵庫から水を取り出して煽りだした。反らされた喉がこくりと音を立てて上下するのを眺めながら視線を徐々に下ろしていく今更ながらとんでもない格好をしている事に気が付く。当の本人はきっと何も気にしていないのだろうが、これは……朝から刺激が強すぎると思う。

「?……なんだ?」
「へ!?」

 不躾に見つめすぎてしまったのだろう、刹那が訝しげな顔で振り返った。急に話しかけられたもんだからついていた顎がずるりと手の平から落ちてしまう。ますます胡散臭いといわんばかりの顔になられてニールは慌てて表情を取り繕った。

「いや?なんでも?」
「……嘘だな。口が引き攣っている。」
「うっ……」
「言いたい事があるなら言えばいいだろう?」

 男前にもほどがある彼女は枕元まで近寄って仁王立ちになってニールを見下ろしてくる。苛立ちを隠さない瞳を見上げて引き攣ったままの笑みでどうしたものかと考える。考えるがちっともいい案など浮かぶはずもなく。素直に言うか、と観念して小さくため息を吐き出した。もう一発殴られるのはもう覚悟の上だ。

「刹那さ……誘ってんの?」
「は?……意味が分からない。」
「んー……だからさ……これは俺の為?」
「?……ッひゃ!?」

 ふっと手を差し出すとその行く先をじっと見つめていた刹那の太ももに辿り着いた。そのままつつーっと上がると黒いショーツに行き当たり指を潜らせればびくりと刹那の体が跳ねる。真っ赤になった顔を見上げてにやりと笑えばきっと鋭い瞳を返された。

「タンクトップ一枚にショーツだけって……刺激強すぎなんですけど?」
「〜〜〜ッ」

 刹那はずりっと後ずさりして潜り込んでいたニールの手から逃れるとタンクトップの端を引っ張ってどうにか隠したいらしい。けれど天然なのだろう、その行為は新たな挑戦を叩きつけてくれている。

「あ〜……刹那さ〜ん?」
「ッなんだ!」
「そうやって引っ張ると豊かなお胸の谷間が強調されてるんですけど?」
「ッ?!」

そう呟いてやれば赤かった顔が更にかぁっと赤く染まっていった。これも4年前にはなかった羞恥の表情だと思えば幸せだと思ってしまえる自分はかなり来ていると思う。そんなことをぼんやりと考えていれば……

「……目標を……」
「へ?」

 刹那が突然しゃがみこんだからどうしたのかと首を捻ればその両手にオレンジ色の愛らしい相棒の姿があった。そのまますっくと立ち上がる彼女の姿にニールは背筋へ悪寒を走らせる。

「ちょ……せ、つな??」
「ッ狙い撃つ!!」
「ッぐあ!!!」

 剛速球で投げられた相棒は「アン!」と愛らしく鳴いて顔面にめり込んできたのだった。


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いちゃぱら。(爆)

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