ぐわんぐわんと耳鳴りのする頭を支えながらニールは格納庫へと向かっていた。耳鳴りの原因はもちろん小脇に抱えた青いヘルメット。一応ライルに連れ添ってもらい医療室で見てもらった(アニューも一頻り驚いていたが、ライルから双子の兄がいたという話を聞いていたらしくすんなり受け入れてもらった)がとりあえず異常はなく、こぶが出来ている、とのことだったので冷却パックだけもらうことにする。部屋の前でみんなとニールの今後の所属を決める話し合いに戻るというライルと別れ、一人廊下を移動していった。部屋の場所などは前のトレミーとさほど変わっていないように感じるが、違和感は少々広い気がするくらいだろうか。

 そして宇宙服からライルの予備の制服に着替え、目標を探し回っている。目標はもちろんヘルメットの持ち主。

 行動パターンから考えればきっとガンダムの足の影とか部屋の端っことか、あと可能性が高いのはコクピットの中と備品倉庫の物陰。狭いところにぎゅっと体を丸めて息を潜めているに違いないだろう。そんな事を考えながら格納庫へ辿り着けば懐かしい姿を見つけた。

「ロックオン!ロックオン!」

 格納庫の隅にある扉の前でころころと右へ左へと転がっていたオレンジ色のハロが嬉しそうに耳をパタパタと動かしポンポンと跳ねて名前を叫んでいる。近くに着地すれば一際高くジャンプして腕の中に納まった。

「オカエリ、ロックオン!オカエリ!」
「ただいま、相棒。まだ『ロックオン』で呼んでくれるのか?」
「ニール、ロックオン!ライル、ロックオン!オナジ、オナジ」
「んー?まぁ、いいか。だいたい分かる気がするから……」

 目をちかちかと光らせて一頻り喜んだだろうつるっとしたそのフォルムを撫でてやる。ちらりと目の前の扉を見れば内側からロックが架かっているらしく、ハロがここでウロウロしていたところから察するにどうやら目標はこの中だ。

「ハロ、刹那はここの中か?」
「セツナ、ナカ!ロックオン、イレチャダメ!」
「マジで?入室禁止命令ありかぁ……」

 さすがにこの辺りは4年前と一緒とはいかなかった。
 あの頃はまだ艦内の誰かと共同戦線を張るという知恵を働かせることはなく、普通にパスワードを設定するだけで篭ってしまっていた。それならばハロに頼めばすぐに開錠してもらえたが、今はそのハロを味方に付けている。つまりこの約束事に忠実な相棒をなんとかしなくては目の前の扉は開かない。うーんとしばし考えてふとある事が頭を過ぎった。物は試し、と、ちかちか光る目に向き直る。

「ハロ……それはどっちのロックオン?」
「……キイテナイ」
「そんじゃ、ライルのロックオンは入れちゃダメってことで。俺は入れてくれよ、ハロ」
「リョーカイ!リョーカイ!」

 ちょっとした言葉遊びでハロを味方に引き入れまんまと扉を開けてもらった。中へと体を滑り込ませれば、予想どおり、部屋の端に丸くなったその姿がある。周りを色とりどりのハロたちがコロコロと転がり、刹那を静かに伺っているようにも、刹那との壁を作っているようにもみえた。苦笑を漏らし近づくと、気配に気付いたのかその肩が小さく跳ねたのが分かった。

「なぁ、ハロさんらや、悪いけど刹那と二人で話がしたいんだ。」
「リョーカイ!リョーカイ!」

 刹那の傍に立ってお願いすればハロたちは素直に部屋の外へと出て行ってくれる。扉を閉める前に相棒へ一つお願いをしておくと静かに扉が閉まり、施錠音が聞こえた。それに一つ笑みを漏らし、刹那を振り返れば未だに丸まったままぴくりとも動かない。もう一度傍へ寄るとそっと膝を下ろす。パイロットスーツの上半分を脱いで腰に結んでいるらしく、小さな背中は黒いインナーで更に小さく見えた。

「こーのきかん坊めが……さっきのはかなり効いたぞ?」
「………」
「……相変わらずの黙秘主義だな。」
「ッ……」

 黙ったままの刹那を閉じ込めるように壁へ両手を突いて覆いかぶさるようにすれば旋毛が見える。ちゅっと唇を落とせば小さく息を呑む声が聞こえた。それに気を良くして少し長くなった襟足から覗く項、インナーの上からでも分かる浮き出た背骨、肩を辿って半袖からすらりと伸びる二の腕から肘に移り、少し屈んで無防備な脇腹に唇を添えて軽く歯を立てるとびくんっと体が跳ねる。手は使わずわざと口だけで辿り微かに震える肌を薄い布越しに堪能しているとようやっと声が上がった。

「やめッ……」
「やめてほしいなら顔を見せなさいな」
「〜〜〜ッ」

 項にも歯を立てた後唇を密着させて息を吹きかけると体がぎゅうっと強張ったのが分かった。次はどこにしようかとターゲットを見定めていると肩をぐいっと押されて強制的に距離を作られる。「お?」と目を瞠れば膝に埋もれていた顔が少しだけ上げられた。
 瞳は涙に埋もれ止め処なくその雫が頬を濡らしている。紅くなった目尻と眉間に寄せられた皺、きゅっと唇を噛むその表情にニールは笑みを浮かべて顔を寄せた。

「こんなにぐちゃぐちゃになって……」
「ッ……」
「瞳だって……そんなに泣くと溶けちまうぞ?」
「ッあんた……のッ……せいだッ……」

 舌で涙を舐め取り目尻に唇を寄せてしゃくり上げる背中を壁に沿わせると顔の両側へ手をついて体を密着させる。まだまだ溢れるそれを舐め取っていると途切れ途切れに抗議の声が上がった。さっきは押し返していた手が服の裾を握り締め解かれた唇からはひくっひくっと浅い息が吐き出される。飽きる事無く顔中にキスを散らせて陥落しかかったその扉をそっと開くように言葉を重ねた。

「この涙は俺のせいなのか?」
「そう……ッだ……あんたが……ッ……」
「……俺が?……なに?」
「みんなとっ……いッ……るの、みたッら……苦しく、なっ……」
「……あぁ……」
「それにッ……まえっ……みたいにッ……さわるっからッ!」
「うん……」
「……くるしッ……むね……くるしぃッ……」

 酸素を取り込もうと忙しなく動く唇を避けて頬や額、目じりに唇を押し当て落ち着くのを待ってやる。もう一度頬に触れると背中に腕が回されてしがみ付く様に強く抱きつかれた。首元に顔を埋め浅い呼吸を繰り返し嗚咽がずっと続く。肩に濡れる感触と荒くかかる熱い息を感じあまり刺激しないほうがいいかもしれないと壁に付いたままだった手が、その震える肩を抱いてやりたいと疼いてきた。

「刹那……抱きしめていい?」
「ッ……んっ……!」

 そっと尋ねれば埋めたままの顔は必死に頷くように動く。優しく抱きしめてやると背に回った腕が更に力を強めるので、それに答えるようにぎゅっと抱いてやった。そのままどれくらいの時間が経っただろう?刹那の嗚咽がようやく治まり出してニールは背に回した手でそっと撫でてやり、頬に当たる黒髪に頬擦りをした。

「……4年前……」
「ッ!」
「俺がお前さんの目の前で死んで、散々傷ついて……でも、こうしてまたみんなと一緒に戦ってるんだな、刹那」
「……ん……」
「頑張って戦ってんのに……いきなりひょっこり生き返ってきて……俺は……」
「……ぅ……」
「サイテーだな、俺は……」
「……ぃ……ッ……」

 小さく聞こえた声は嗚咽かと思ったが何か伝えたいらしい。上手く言葉の出ない刹那は首筋に顔を埋めたまま首を振っている。埋もれたままでは表情も確認する事が出来ず、首を傾げるとがばっと勢いをつけて刹那の体が離れた。

「いぃ!」
「え?」
「あんたがッ生きてればそれでいい!」

 ぼろぼろと零れ落ちる涙もそのままに瞳を吊り上げきっぱりと言い切ってくれる。すがすがしいまでの真っ直ぐな言葉にぽかんと見上げていたが、小さく戦慄いている唇にくしゃりと表情が崩れた。頬を伝う涙を指で掬い黒髪に手を差し込んで額を寄せる。

「そんな甘い事言っていいのか?」
「いいっ……それであんたがいなくならないならッ……いい!」
「……ったく……完敗だよ、刹那……」

 最初は戻って来てくれた事へのあまりの喜びに胸が苦しくて泣いていたはずが、いつの間にかそれはいなくなったら嫌だという我侭に変わり、最後は何故か怒りの感情まで出てきている。まだ止まりそうにない涙に滲んだ視界で苦笑を浮かべるニールの顔が見えた。新たに溢れ出した涙を吸い取られると口付けを与えられる。僅かに下から見上げられていたはずの体勢はいつの間にか身長の差通りに上から被さられ、更に深く貪られた。しがみ付くように背中に回していた腕を首に回して自ら舌を絡めに行く。迎え入れられた口内で軽く吸い上げられ、逸らした喉を指先で擽られた。ひくんっと反応を示すと漸く開放される。

「いつの間にこんな積極的に……」
「……あんたがいなくなるからだ……」
「?いなくなったから?」
「出来なかった事としたかった事がいっぱいになって……後悔した……」
「なぁるほど……そいつはありがたい。」
「……笑い事じゃない……苦しかったんだ……」
「あぁ……そうだったな……」

 額に口付けを落とされ、唇にも軽くキスをされるとこつんと額を合わせられた。上目遣いにじっと見つめると複雑そうな表情のニールの顔が見える。

「お前さんさ……」
「……なんだ?」
「ホント……成長したよな……色々。」
「……?色々?」
「そ、色々。」

 きょとりとする刹那にニールは苦笑を浮かべて誤魔化した。
 4年前はまだまだ貧相という言葉がしっくりくる体で、最後に見た頃にはそれも随分女の子らしい丸みを帯びてはいたが少女の域は出ていない。さらに筋肉ばかりが目立ち女性特有の柔らかさには少々欠けていたように思う。なのに、これはどうしたことか?とニールは頭を抱える。
 あれから4年。たかが4年。されど4年。今腕の中にいるのは大人になった刹那だが、まさかここまで成長するとは思っても見なかった。体にぴったり沿うパイロットスーツに包まれた足は長くしなやかで、インナーから剥き出しにされている腕もうっすら筋肉がついてすらりとして子供のラインは残っていない。何よりも困るのは男にないその柔らかな膨らみだ。どうやらブラはしていないらしくツンと尖った先端が分かるほど張り出したそれは4年前では想像すら出来なかったものだ。寧ろ自分の手で好きに育てようなどと考えていたくらいで。まさか天然でここまで膨らむとは思わなかった。

「ロックオン?」

 そんな女性のフェロモンたっぷりな姿になっておきながら尚この純粋無垢な仕草。そのアンバランスさが心臓のど真ん中を射抜いてしまう。平静を勤めようと顔に笑みを貼りつけていたのだが、あっさり切り捨ててくれたようだ。そんなニールの心中も知らずに瞬きを繰り返す刹那を軽々と持ち上げると自分の膝の上に下ろす。自分の腰を跨ぐようにすれば体はぴったりと密着した。いつの間にか止まった涙の跡をぺろりと舐め上げて腰をより密着するように桃尻に手をかけるとぴくりと痙攣する。

「ろっくお……」
「今のロックオンはライルだろ?」
「……だが……」
「ニール……って呼んで?」
「ん……」

 甘えたような声で耳に吹き込めばふるりと震える。相変わらず耳弱いなぁ、などと薄く笑みを浮かべかぷりと齧り付いた。次いでとばかりにねっとりと舌を這わせれば途端に刹那が暴れ出す。

「っひゃ!?」
「ん……いい匂い……」
「ちょッ……まて!」
「うんー?」

 耳の裏に鼻先を擦り付けて唇でインナーとの境目を擽り、背に回していた手はするりとインナーの中へと潜り込ませる。つつぅっと這い上がる手から逃れようと背を反らし無駄な抵抗を見せる刹那は気付いていないだろう。反らせば反らすほど柔らかな胸がニールに押し付けられている事に。

「ロックオン!」
「名前呼べって……」
「……にー……る……」
「ん、いい子。」
「!?」

 おずおずと名前を呼ぶと途端にがくんっと体が押し倒されニールが覆いかぶさってきた。その表情を見上げれば背筋にぞくりと震えが走るような飢えた獣の顔をしている。ぺろりと舌なめずりするのをじっと見上げていると鼻をかぷりと齧られた。

「ぁ!ちょっ……ニールッ!」
「うん?」
「誰かッ……来たら……」
「んー?あぁ……来るかもな。」
「なら今すぐどけ!」
「無理。」
「なッ!?」
「こんな美人に育ったお前を腕に抱いて何もしないとか無理だね。」

 つつーっとインナーの上を滑る指に刹那の頬が赤く染まる。潤んだ瞳で上目遣いに見上げてくるのに笑みを浮かべ、インナーの裾から両手を差し込むとそれを押しとどめられた。それにちょっとむっとした顔をすれば重ねた手にきゅっと力が篭る。

「頼むから……下を脱がせて……」


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