「…んぷ…っ!」
「ははっ、ぶっかぶかだな。」

 突然開けた視界にぱちぱちと瞬きを繰り返して自分の格好を確認すると、私服の上からロックオンのシャツを重ね着したような状態になっている。身長の差、体格の違いもあってシャツの裾が太腿の半ばほどまで来ていた。きょとりとしてからロックオンを見上げてみると笑顔の彼はくしゃくしゃになった髪を掻き上げている。その仕草がとても色っぽくと思わず下を向いてしまうが、ふと思いついてしゃがみ込んだ。

「ん?どうした?」

 急に座り込んだ刹那がもぞもぞとシャツの中で動いている。首を傾げていると突然立ち上がるものだから危うく顎に頭がヒットするところだった。なんなのだろう?と見ていると立ち上がった刹那の足元に白いシャツが落ちている。シャツだけかと思えばくしゃくしゃになったタンクトップと胸を押さえつけているコルセットもあった。あれ?と更に首を傾げているとぱさりと音を立てて足首に黒のスラックスに通されたベルトごと落ちてきてぺたぺたと素足が抜け出てくる。

「…刹那?」

 何をしていたのかが薄っすらと分かり始めると仕上げとばかりに袖から両腕が出てきた。忙しく瞬きを繰り返し見つめてる先で頬をかぁっと赤くした刹那がもじもじとシャツの裾を引っ張っている。
 少し大きい襟回りから鎖骨が全て出ており、肩の縫い目が二の腕辺りにある為袖が肘くらいの長さになってしまっている。すらりと伸びた足は太腿半分くらいまで丸見えになっていた。表情をちらりと見てみると思ったより恥ずかしかったのか赤面しながらも仏頂面を作って視線を反らしている。鼻血を吹くんじゃないかと思わず口元に手を宛がってしまった。

「ッ!!!(なんだ!?この可愛い生き物はッ!!?)」
「…〜〜〜…」
「(これが萌ってやつだよな…)」

 まじまじと観察してしまった為に放置状態にされている刹那がちらりと上目遣いに睨むのでようやく正気に戻った。取り繕うように一つ咳払いをして壁に付いた両手で距離を測りながら刹那の顔を覗きこむ。

「お前さんさ…」
「………」
「俺をどうしたいわけ?」

 じっと見上げてくる瞳を見つめながら照れ隠しのように頬へと口付ける。するとそっと頬へ両手が沿わされて唇を合わされた。不意打ちのようなキスにぱちくりと目を瞠る。

「俺なしじゃ生きられなくしたい。」

 返されたとんでもない爆弾発言に頭の中が真っ白になった。そしてじわじわと染み入る言葉の意味に顔が熱くなってくる。今とんでもなくだらしない表情になっているな…と自覚しながらもサービス満点な刹那を引き寄せた。

「お前にゃ完敗だよ…」

 抱き上げてキスを強請るように顔を近づけるとまた頬を両手で包んでそっと重ねてくれる。何度かバードキスを繰り返すと徐々に位置が変わっていった。鼻先…頬…額…目尻…眼帯の上…まだ敏感な傷跡に触れる感触に思わず肩を跳ねさせると宥めたいのか何度も口付けてくる。どこか懸命な動きに苦笑を漏らした。

「はい、お終い。」
「っ!」

 がくりと落ちる視界に驚いて硬直してしまうと背中が柔らかな地面と接触する。不思議に思って見回してみるとそこはベッドの上だった。キスに夢中になって運ばれていた事に気付かなかったらしい。さらりと滑るシーツの感触を手で確かめていると首筋にびりっと電流のような感覚が走る。

「ッ!?」
「お兄さんほったらかしにしてシーツと戯れたいわけ?」
「ち、ちがっ…」

 ロックオンから離れると決意した日から…正確に数えるならそれよりも少し前から彼の部屋を訪れていなかったのだ。
 お泊りをするのも刹那の部屋の方が多かった。それと言うのもロックオンの部屋は誰かしら訪ねてくる事が多いのだ。それに比べ人付き合いが苦手な印象を与えたままの刹那の部屋には訪ねてくる人物も限られている。むしろ頻繁にくる人物は一人で…それがロックオンである以上、まったく訪ねてこないと言っても間違いではない。よって二人きりの時間を邪魔されることはなかった。
 そんな理由から刹那がこの部屋を訪れることが少ない。
 ロックオンの言うようにシーツと戯れていたのも、自分の部屋のシーツと同じものなのに全く違うものに感じるので何故だろうか?と不思議に思っていたのだ。けれどその思考の間に彼は放置されたと受け止めたようで僅かに反らされていた首筋に歯を立ててくる。
 何度も甘咬みする口を抑えて弁解しようと必死になった。

「…じゃあ…なに?」
「…ロックオンの…」
「俺の?」

 口を押さえつけてくる手を掴み取って白状するようにと指先へ口付ける。もじもじと中々言わないが、この反応を見せる時の刹那は恥らっているのだという事は知っている。なので話し出すまでじっと待ち続けるのだ。すると、ようやく観念したのか、ちらりと上目遣いに見て頬の赤みを深くした。

「……ロックオンの…匂いに包まれてるな…って…」
「……っ…っ…っ」
「?ロックオン??」
「あぁ〜ッ!ダメ!ほんっっとダメェぇぇぇぇ!!!」

 いきなり叫んだと思えばぎゅうぎゅうと窒息するかと思うほどに抱き潰されてしまう。一頻り抱き締め雄叫びを上げて満足したのか、ガバリと急に引き離したロックオンはじっと真剣な表情で見つめてきた。急激な変化に刹那もぱちくりと瞳を瞬かせるしか出来ずじっとしていると、ふわりと柔らかな笑みとともに解けそうなほどの甘い口付けを施されたのだった。

 * * * * *

 ゆらゆらと風に舞う木の葉のような心地良さの中で意識が覚醒していく。ふわふわと浮いているような感覚に瞳を開くと目の前は一面に滑らかな肌色が広がっていた。何度かゆっくりと瞬きを繰り返しほんの少し顔を上げると緩やかなウェーブを描くミルクティーブラウンの髪が見える。そこでようやく自分が抱き締められたままなのだと気付く。

「………」

 穏やかな寝息を立てる男の顔をじっと見つめつつ、そっと体を起こすと力の入っていない腕はずるりと落ちていく。その光景を見るとふと自らの体を見下ろした。

−…ロックオンのシャツ…

 彼自身の心に何かを深く刻み込みたくて普段では考えないような事をしてみた。自分から彼の肌に口付けてみたのだが、何をどう間違えたのか彼が着ていたシャツを覆いかぶされてしまった。服を着た上からでも充分に泳ぐ大きさのシャツをじっと見つめて更に…と高みに手を伸ばした結果、ロックオンの萌ポイントを激しく刺激したようで…素肌に彼のシャツ一枚の状態で散々弄られては体の隅々まで口付けられた。
 ちらりと横で眠る男の顔を見てみると、まだまだ起きる気配はないらしい。表情は穏やかなままだった。

−…苦しくはなさそうだな…

 最中に熱冷ましの効果が切れたとかで心配していたが、彼の手管に落ちる意識の中では何もままならなかった。止め様と声を上げても聞き入れてはもらえずもどかしい思いでいっぱいだったのだが…本人の言う通りタフな体は悲鳴を上げていないらしい。
 そっと頭を撫でて顔を近づける。

−大丈夫…今度は守る…

 まだ耳に生々しく残る音がある。
 それは…ロックオンの相棒ハロの声…
 回線ごしではあるが、『ロックオン』の名と『負傷』という単語が幾度も繰り返されていた。
 もし…あの時ラッセが間に合わなかったら?
 ぞっと震える背筋を知らないふりしてなかった事にし、誤魔化すように黒い眼帯に唇を寄せる。

「………」

 黒い布の下にどのような傷を作ってしまったのかは見ていないが、痛みを与えないようにと柔らかく触れるだけに留めてゆっくりと離れる。そのまま彼の顔をじっと見守るはずだったが、その口元が僅かに変化しているように思った。

「………ロックオン?」

 恐る恐る呼びかけてみると彼の体が小さく震え出す。何が起こったのか、と見ていれば小さい笑い声が漏れた。そうして瞳が薄っすらと開く。

「…なぁんだ…」
「え?」
「キスしてくれるんじゃないんだ?」
「!」

 悪戯っぽく言われた言葉にはっと気付くとすぐに顔が発火したように熱くなる。どうやら眼帯の上に唇を寄せていた辺りには起きていたらしく、無意識の内に彼へ口付けていた事が恥ずかしくなってきた。けれどいつものように顔面へ平手を見舞うのは気が引けて、代わりに両手で顔を包み込んだ。

「………」
「ん?刹那?」

 いつもの張り手がくると構えていたのか、予想を裏切る動きに驚いたようだ。不思議そうに見上げる瞳を一瞥すると、…ちゅ…と可愛い音を立てて要望通りにキスを施した。そうすれば驚いていた顔が更なる驚きに包まれる。

「…え?」
「…してほしかったんだろ?」

 ぱっと手を離して勝ち誇ったような笑みを浮かべていると、一瞬目を見開いてすぐに笑い声が漏れる。そんな彼に満足して水を飲もうとベッドから降りていく。

「あ、刹那。」
「なんだ?」
「ちょうど良かった。そこの引き出しからリボンの付いた箱出してくれ。」
「?…箱?…これか?」

 言われるままに冷蔵庫横の棚にある小さな引き出しを覗き込むとサテンのリボンが掛けられた箱が入っていた。それを取り上げて確認すると満足気に頷いてくれる。ベッドの上でシーツを腰に巻きつけたロックオンが胡坐を組みながら手招きをするから、水は後回しに運ぶ事にした。

「…何?」
「ま、いいから。ここに座んなさいな。」

 手渡してまた冷蔵庫へと歩きかけたのだが、腕を掴まれるので仕方なくベッドに乗り上げた。
 ロックオンと向かい合うように座ると今しがた渡した箱を目の前で開いていく。何が入っているのだろう?と内心ドキドキしながら見つめているとベルベット素材の箱が出てきた。

「はい。」
「?」

 取り出した箱をぽんと手の平に乗せられた。ぱちくりと瞬きながら見上げると笑みを刻む瞳が開くように促してくる。更に首を捻りつつもカパリと開くとアクアマリンを抱いた銀色の小さな指輪が入っていた。じっと見つめれば見つめるほどにそのアクアマリンが何かに似ているように思えてちらりと目の前の男の顔を覗き見る。

「……似てる…」
「似たような色探したからな。」
「………ロックオンの右目?」
「や、そういうつもりではなかったんだがな。」

 あまりにも色が似ているものだからもしかして負傷した目が指輪になったのでは、などと突拍子もない発想をしてしまった。ロックオンが目を負傷してしまったのは偶然だからもちろん違うのは分かっているが、一瞬でも考えてしまうほどによく似ているのだ。
 しばしじっと見つめてからふと顔を上げる。

「それで?」
「聞くと思ったよ…」

 なぜ指輪を渡されているのかが分からない。首を傾げて素直に尋ねると苦笑が返されてしまった。しかし彼を傷つけたわけではないらしく、むしろ待ってました、と言わんばかりに腕を回されて引き寄せられる。そうして彼の太腿の上で横座りになった。

「…ロックオン?」

 ベルベットの箱の中から指輪を取り上げると左手を捕まえられて薬指へと差し入れられた。ぴったりと嵌まるその指輪を不思議そうに見つめていると捕まれたままに口元へ引き寄せられる。

「コレは誓いの印。」
「誓い?」
「俺が刹那を幸せにしますって誓い。」

 ふわりと微笑む顔とその言葉に刹那の目が見開かれた。

「…それ…は…」
「順序が色々狂ってるけどさ。プロポーズの言葉だよ。」
「……」
「改めまして…」

 返ってきた言葉に茫然としている間にもロックオンは刹那の手を握り直し、額を突き合わせて窺うように瞳を見合わせる。

「俺と一緒に幸せになってください。」

 喉の奥がカラカラに干上がるような感覚だった。
 食事時によく聞く言葉だった。
 確かクリスが言っていた言葉だ………

−「女の子に生まれたんだから女の子特有の幸せってのを味わいたいわよねー」

 溜息混じりにそんな事を言うクリスに、一緒に食事を摂っていた刹那とフェルトは同じように首を傾げた。

「…特有の幸せ?」
「…あるの?」

 もちろんクリスもフェルトも刹那が女の子である事は知らないが、男であったとしても知っておいて損はないと考えたのだろう…立て肘を付きながら話始めてくれた。

「プロポーズってのがあるでしょ?」
「うん。」
「ぷろぽーず?」

 つい先程まで鏡のように同じ動きを繰り返していた二人がここで別の動きをした。素直にこくりと頷くフェルトと言葉の意味が分からない刹那。きっと育ってきた環境が影響しているのだろう、切なさを笑顔で隠してクリスは説明を続けてくれた。

「プロポーズってのはさ。男の人が愛する女の人に結婚を申し込む事だよ。」
「………」
「やっぱりさ〜…女の子なんだから守られたいよねぇ…でさ。言われたいんだ。お前を幸せにしてやる…とかって!」
「…言われたいのか?」
「もー…分かってないなぁ、刹那は。幸せにしてやるって…すっごく大事にしてくれるってことじゃない!愛する人からそんな風に言われて…こんな嬉しい事ってないわよねー。」
「そう…か?」
「そ・う!」

 びしりと言い切ってしまうクリスに傾げるつもりの首が頷くしか出来なくなってしまった。

「そんな事言われたら間違いなく胸キュンだよ?」
「「…胸きゅん?」」

 死語に近いその言葉に二人して首を傾げているとクリスは楽しげに微笑む。

「そ!嬉しくて嬉しくて…泣いちゃうかも。」
「…クリスはそういう相手はいないの?」
「いないのよねー…なんか口先だけで言われてもやだしさ。見た目にも頼りないのって嫌だしさー…」

 両肘を机に付いてぷっと頬を膨らませるクリス。しかし刹那から見える視界の端では壁に腕を付きガックリと肩を落としているリヒティの姿が見えている。その頭を慰めるように苦笑を浮かべて掻き回しているのはロックオンだった。

「あ〜〜〜…幸せにされたい!」
「…クリス…なんだか言葉の使い方…変…」−

 そんな会話をしていたのはそう昔ではない。

「え?せ、刹那!?」

 今じっとロックオンの顔を見ているのだがその輪郭がぼやけているように見える。そっと伸ばされた指先が目尻を擽り離れると、その爪に水玉が乗っていた。
 どうやら自分は泣いているようだ。
 優しく撫でる手をそっと掴み取り頬を寄せる。どうしたのか、と不思議そうに見つめる彼の顔を見つめ返して呟いた。

「今…ようやくクリスの言っていた意味が分かった…」
「…へ?」

 ゆっくりと瞳を閉じて頬に触れる温かな手にすり寄る。

「泣くほど嬉しいというのは…こういう事なんだな…」

 口元はきっと孤を描いているだろう…それでも自分の今の気持ちを誤解されないようにと素直に打ち明けた。

「(…刹那も女の子だな…)」

 柔らかく孤を描く唇に穏やかそうな表情を浮かべる刹那を見る内に、ロックオンも微笑みが浮かんできた。寄り添わされる頬を更に引き寄せて体をすっぽりと包みこんでしまう。首元に凭れかかる黒髪に頬を寄せて心地よい時間を堪能し始めた。

「…ロックオン…」

 どれほどの時間をそのままで過ごしただろう?もぞりと動く黒髪に頬を離すと紅い瞳がじっと見上げてくる。

「俺もロックオンに…」
「んー…そうくるよなぁ…」
「…ダメなのか?」
「ダメってわけじゃないんだけどさ。これは刹那の分しかないの。」
「………」
「…拗ねなさんな。」

 正直に白状するとぷいっと顔をそ向けられた。きっと今正面から覗きこんだら頬が少し膨れているかもしれない。そんな刹那に小さな笑いがこぼれてしまう。

「これはねー…婚約指輪なの。世間一般では、男が愛する女性に贈るものなの。」
「………不公平だ…」

 説明を加えたものの、まだまだ納得してくれそうにない刹那に苦笑が広がってきた。どう慰めようかなぁ…と刹那を抱き込みつつ悩んでいると何を思ったのか、先ほどの箱へ手を伸ばし始める。腕を緩めて取れるようにしてやると箱に絡まったままのリボンを取り上げた。

「…何やってんの?せっちゃん。」
「じっとしろ。」

 リボンを取るためにずれた体の位置を戻すと手を握られる。大人しく見守っていると、手にしたリボンをするすると巻きつけ始めた。何をされるのやら…とじっとしていれば、左手の薬指にぐるぐると巻かれたサテンのリボンが片花結びにされている。それで満足をしたらしい刹那の手はあっさりと離れて行った。

「…これ?」
「指輪の代わり。」

 白いサテンのリボンのせいか、突き指をしてテーピングを巻かれたような状態になっている。けれどきちんと指を曲げたり出来るものだからさすが、と言ったところだろうか。そうして満足気な刹那は再び首元へと頭を預けにくる。

「…代わりね。」
「あぁ。」
「んじゃ、近いうちにちゃんとした結婚指輪買いに行かないとな。」

 天井に翳されていた手が降りてきて体を包み込むとそのまま倒れるようにベッドへとダイブされる。衝撃はすべて目の前の広い胸で消されたが、腰に回された手は離してくれそうになかった。どうやらこのままもう少しごろごろしたいらしい。特に反対する事でもないと判断すると刹那もそのまま体の力を抜き切った。

「…しばらくはこのままでいい。」
「ん?どうして?」
「…ロックオンの瞳の色だから…」
「……りょーかい。」

 結婚指輪をするということはこの婚約指輪をはずさないといけないのだろう。せっかく手に入れた彼の色をすぐに手放したくはないな…と刹那なりに駄々をこねてみると正確に伝わったのだろう、小さな笑い声を上げるだけでそれ以上は聞いてこない。

「な、刹那。」
「…ん?」

 温かな体温に思考がふわふわとし始めるとロックオンが呼びかけてくる。僅かに反応を遅らせながらも返事をすると頭を撫でられた。

「本当の名前教えてくれよ。」
「……守秘義務…」
「俺達の間じゃ今更だと思うけど?」

 ソレスタルビーイングに入ってから口うるさく言われてきた義務を口にすると笑い声が聞こえてくる。そして少し考えてみるとそれもそうか、と思った。刹那もロックオンも互いの出身国を知っているし、過去の傷も知っている。ロックオンについては家族構成も教えてもらっていた。あと知らないのは互いの本名くらいではないだろうか。

「俺はニール・ディランディ。」
「にぃる…でぃらんでぃ…」
「そ。ニール、な。ついでに弟はライル。」
「ニールとライル…」
「うん。で…刹那は?」

 初めて知る名前と見慣れた男の顔を照らし合わせて、柔らかな感じのする音に彼らしい名前だな、と感心してしまう。ついで、と言って教えられた彼の弟の名前も勇ましい、とか硬い感じはない。双子と聞いていたが、本当にそっくりなのかもしれない…そんな事を考えていると今度はそちらの番だ、という風に質問を振られる。

「…ソラン…」
「そらん?」
「あぁ…ソラン・イブラヒム。」
「…ソラン…イブラヒム…」
「ん。」
「ソラン。」

 もう随分耳にしない音を繋げると、優しげな笑みを浮かべた彼は舌の上で溶かす様に名前を呼んでくれる。
 ただ名前を呼ばれただけだというのに、鼻の奥がつんっとしてきた。

「…ありがとう…」
「お前さんがそれ言う?」
「…だって…言いたい…」
「そっか…」
「ニール。」
「…うん…?」
「…俺を愛してくれてありがとう…」
「こちらこそ。俺を選んでくれてありがとう。ソラン。」

 二人で小さく笑いあうと何かに誘われる様に瞳を閉じる。すると待たずしてそっと唇が重ねあわされた。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

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