「…どうして起こしてくれなかったんだ…」

 あれから刹那は昏々と眠り続け、目を覚ましたのは夕食時だった。わずかに開いた扉の隙間から漂う温かな匂いに釣られて目を覚ましたといってもいい。ベッドの上でぼんやりとしていたが徐々に冴えてきた頭が今任務中であることを告げてきた。それと共にずっと眠っていたことも思い出されて慌ててベッドから降りようとすれば掛け布が絡まって転がり落ちてしまう。その音に気付いたのだろうロックオンに笑われながら刹那は着替えずそのままの服装に靴を履いて食卓についたのだ。

「ん?だって気持ち良さそうだったし?」
「…おかげで俺だけ何もしてない…」

 むぅ、と文句を言えば料理を渡されながら返されて更にヘソを曲げてしまう。

「いいんじゃね?気を張ったところで奴さんが動くわけでもないし。」
「…せめて洗い物はする。」
「りょーかい。」

 自分から言い出したことは全く曲げないのは分かっているのでそこは譲ってやると漸く機嫌を直してくれたらしい。「いただきます。」と合掌してから料理に手を伸ばし始めた。
 食後は宣言通りシンクに刹那が立って使った食器をざぶざぶと洗ってくれている。その後姿をぼんやり眺めながらロックオンの視線は一点に注がれていた。

−ほっせぇよなぁ…俺の二の腕くらいしかねぇんじゃねぇの?けどあれで男を蹴り倒したりするからそれなりに力はあるんだよなぁ…

 視線の先には白いティーシャツの裾からすらりと伸びている足がある。毎日筋トレを欠かさず、体術を叩き込まれているのでその足は決してひ弱ではない。けれど滑らかなラインを描くその腿は実に美味しそうに映る。
 そのまま少し上に上がっていけば動くたびに形を露にするウェストラインがあり、『女性』の曲線までもはっきりしたラインではないものの、『少女』らしい柔らかな曲線を描いていた。年齢の近いフェルトと比べてもそのラインが直線に近いのは、きっと発育不良からきているものだ。だが、それも改善されつつある今、刹那…彼女はきっとフェルトやクリスのようにハッキリした女性のラインを手に入れる。そこまで育った刹那はさぞかし可愛いのだろう…
 ふと口元が弛んでいる事に気付き慌てて戻すともう一度ちらりと後姿を見つめる。小柄であっても手際よく動く手足はまるでハムスターのようで可愛いかった。少し下を向いているので緩い襟元から項と項から背中に掛けて浮かぶ背骨まで見えている。思わず齧り付きたくなるそのラインに自然と喉が鳴ってしまった。そっと手を挙げて刹那の背中に自分の手が重なるようにして柔らかく包むように握ってみる。華奢な体はすっぽりと手の中に納まってしまいきゅっと握り締めたらきっと逃げられないのだろうな…
 そんな事を考えていたら不意に刹那が振り返った。

「…何しているんだ?ロックオン」
「へ?あ、あぁ!いや?何も??」

 中途半端に上がった手を無理矢理下ろして引き攣った笑みを浮かべれば、何か言いたげな顔をされたが何も言われなかった。ただ少しだけ首を傾げてからマグカップを両手に持って尋ねてくる。

「何か飲み物を作ろうと思うんだが…何を作ればいいか分からない。」
「あぁ、はいはい。せっかくだから幾つか教えておこうか?」
「…頼む。」

 こっくりと頷いた刹那に笑みを浮かべるとロックオンは椅子から立ち上がり、シンクに向かうついでに冷蔵庫から幾つか材料を取り出した。取り出した材料をカウンターに並べると、刹那から見えるようにと名前が見えやすいように向きを変えてくれる。その中のマーマレードとレモンのジャムを指差して「簡単なものからな?」といってくれた。

「この2つは普通のジャムだけど、カップに2〜3杯ほど入れて湯を注げばそれだけで美味しい飲み物になる。」
「…湯だけでいいのか?」
「あぁ。ゆず茶とかレモネードが同じように作るからな。」
「…そうなのか…」
「簡単でびっくりした?」

 聞いてやれば素直にこくりと頷くものだからその頭をくしゃっとかき回してやる。

「インスタントコーヒーつってコーヒーにも湯を注ぐだけのものがあるからまた今度みような。」
「…ん。」
「で、お前さんの好みを考えた上で俺の一押しはこいつ。」

 そう言って今指差してたジャムの瓶はさっさと冷蔵庫の中へとしまってしまう。残されたのは牛乳と板チョコだ。その二つをじっと見て首を傾げると刹那はロックオンを見上げる。「何が出来るのか分からない。」と言いたいらしい。

「ホットチョコレートとかココアとも言うんだが、温まるし甘いしミルク入ってるし…イイトコ取りってやつ。」

 説明をしながら片手に小さい鍋を持ちその中へ牛乳を注いでコンロにかける。その間に取り出した包丁で板チョコを細かく刻んでいった。そうしている内に牛乳が沸騰しそうな音を立てていて、刻んだチョコを放り込んだマグカップに注いでいく。ティースプーンで軽く混ぜて片方を刹那の目の前に持ってくる。

「熱いから気を付けて持って。」
「…了解。」

 刹那がじっとマグカップの中を見つめながら両手でそっと包み込むと、ロックオンももう片方のマグカップを持ちリビングへと促した。二人並んでソファに座ると刹那は相変わらずカップの中を覗き込んだままだった。

「やけどしないように飲めよ?」
「…ん…」

 はふはふと息を吹きかけて冷ますとそっと唇を当てて口の中に含んでみる。じわりと胃に広がる熱と口に広がる甘さにほぅ…と息を吐き出す。

「美味しい?」
「…うん…」
「そいつは良かった。」

 こくりと頷いたらロックオンがふわりと微笑みを浮かべてくれた。もう一口含みちらりと隣を見上げるとロックオンも同じようにカップを傾けている。こくりと嚥下する音とともに上下する喉仏が見えていた。刹那の視線に気付いたのかこちらに視線を合わせて「うん?」と首を傾げてくれるのに慌てて首を振るとまたカップに口を付ける。
 しばらくそのまま沈黙が続いたが刹那がポツリとつぶやいた。

「ロックオン…今夜また一緒に寝てはダメか?」
「ッぷ!」

 思わず吹いてしまい、あわや気管に入りかけてむせてしまう。刹那はというとそんなロックオンをじっと見上げて言葉を待っていた。涙目になりつつも何とか治まったロックオンは刹那に向き直りその表情を見てうっと息を詰まらせる。

「…ダメか?」
「…な…なんで…一緒がいいわけ?」

 無表情はいつもと変わらないのにゆるりと潤む瞳がまるで泣いているように見える。そしてこれはきっと刹那の『懇願の仕方』なのかもしれない、そう気付きはしたがいつもとあまりに違うその態度に少々不安も湧き上がってきた。いつもならこちらから近寄れば『鬱陶しい』、触ろうとすれば『触るな』と言って手を叩くのが常のはずだ。なのになぜこうも自分からくっつくような事を言ってくるのか…
 直球気味に問いかければ両手に握ったマグカップに視線を下ろしながらもぽつぽつと話してくれる。

「ロックオンは…暖かい…」
「…暖房機みたいなもん?」
「そうじゃなくて…体だけじゃなくて…ココも…暖かくて気持ちいい。」

 そう言ってそっと触れるのは胸元。それは一体何を言わんとしているのか…じっと見つめている横顔は僅かに俯いているがその頬は微かに赤く染まっているし伏し目気味の瞳はどこか艶めいて見える。
 もしかして…と思いつつもそれはどう考えても浅はかな望みだと切り捨てる。となると刹那が求めているのは単に人肌の温もりだろうと予測が出来た。それでも少し腑に落ちない部分もあるが、とりあえずこれが一番可能性の高い答えだとロックオンは一人頷き納得をする。

 ロックオンが先に風呂を使い、「ベッドに入って温めておくよ」と自ら暖房器具のような役を引き受けてくれて結局は今夜も一緒に寝ることになった。
 刹那はロックオンに言われたように片方のベッドに二枚の掛け布団と枕を移動させておいて入れ違いに風呂場へと入っていった。頭と体をいつもより少し丁寧に洗っていることを本人は気付いていない。けれども湯船にはロックオンとの約束通りゆっくりめに10を数えるまではしっかり肩まで浸かってから出て行った。水分をしっかりタオルでふき取って髪の毛を乾かすのもそこそこに電気の点いていない寝室へと急いだ。

「お?どうした?そんなに必死な表情しちゃって。」

 扉を勢い良く開くと少し驚いたような表情をしたロックオンが振り返った。ヘッドライトを照らし、本を片手に刹那が風呂へ行く前に掛け布団を乗せて置いたベッドの上で布に埋もれつつ読書をしていたらしい。

「ぅ…いや?」
「そんな慌てんでもちゃんと一緒に寝てやるよ。」
「う…ん…」
「ほら、ここにこい。髪の毛拭いてやるから。」

 くすくすと笑われながら言われて顔が熱くなる。そんなつもりではなかったはずが、言われてみればその通りで立ち尽くしてしまっていると手招きをされた。布団の一部を捲ってスペースを作ってくれたのでそこへちょこんと座れば肩から掛けたままだったバスタオルで髪の毛を拭き始めてくれる。

「お前さん、女の子なんだからもっと髪の毛の手入れは丁寧にしておけよ?」

 傷つけないように適度な強さで拭きながら途中、何度か手櫛で整えながら乾かしていく最中でぽつりとロックオンがそんな事を言ってきた。ふわふわと揺れるタオルの向こうで微笑みに少し苦笑を交えた表情が見えて首を傾げる。そんなことを言われたのは初めてだからだ。

「?…何故だ?」
「ん?女は髪が命とか言うらしいぞ?」
「…戦うのに邪魔にならなければどうでもいい。」
「言うと思った。」

 淡々と告げれば呆れたような声音がする。更に首を傾げるとタオルが退けられて前髪をついと引っ張られた。どうやら乾き具合を見ているらしい。それを離されるともうまたタオルを乗せられて少し俯き加減になるように指示されると後ろの方を重点的に乾かし始めた。

「何かいけないのか?」
「だってもったいないだろー?」
「…もったいない?」

 なんだか聞きなれない言葉ばかりが出てくる…そんなことを考えながら聞き返す。

「そ。刹那だってこんなに可愛いんだからさ。」
「………」

 その言葉に目を見開いてしまった。ついでに思考も真っ白になっている自覚がある。じっと自分の足の上に乗る両手を見つめて何か言うべきなのかと考え込んだ。しかし答えが出る前に急に黙り込んだ事を不思議に感じたのだろう、ロックオンが声を掛けてきた。

「…刹那?」
「…なんだ?」
「ん?いや…」

 素っ気無くいつもと変わらない声音になるように気をつけながら応えれば腑に落ちないながらも流してくれた。それにそっと小さく息を吐き出す。刹那は今自分が、頭からタオルを被っていて、俯いている状態でよかった、と思っている。きっと今頬が赤くなっていると分かっているからだ。そしてなぜだかソレをロックオンに知られたくなかった。頬が赤くなる理由は分からない。それを何故ロックオンに見られたくないかも分からない。でも…とにかく見られなくて良かったと思っている自分に僅かに戸惑いながらも頭に触れる手に心地よさを感じる刹那は成すがままになっていた。

「おっし、こんなもんかな?」

 どのくらいその状態でいたのか分からないが、しばらくしてロックオンの声がそう告げた。次いでタオルがぱさりと退けられる。ずっと俯いた状態でいた為固まってしまった首をそろりと上げると嬉しそうな表情を浮かべるロックオンが見えた。そっと伸びてきた手がさらさらと髪の毛を整えてくれる。右へ左へ、そして最後に後ろへ流して出来上がりに満足した表情を浮かべた。

「ほら、丁寧に拭いただけでこんなに艶が出るだろ?」
「…ん。」
「こんな綺麗な黒髪してんだから、もっと丁寧に扱ってやらないと可哀想だ。」
「そう…か?」

 前髪を摘み上げて見せてくれながら言ってくれる言葉が刹那を動揺させているとは知らず、ロックオンは指の間をすり抜けていく髪の感触に浸っていた。何度指を通してもさらさらと滑っていく髪が気持ちいい。

「ん、そう。なんなら、髪、切って整えてやろうか?」
「…ロックオンが?」
「あぁ。この見事なまでの斬バラ加減からするに自分でテキトーに切ってるんだろ?」
「邪魔だと感じたところにハサミを入れて切っていた。」
「やっぱりな。んじゃ、今度切りたくなったら言えよ。俺が切ってやる。」
「……頼む…」

 一房摘んでばらばらな毛先に笑みを漏らしながら約束を取り付けると素直にこくりと頷いてくれた。にっこりと笑って頬にかかる髪を退かせると、突然目元に迫る指先に驚いたのか慌てて瞳が閉じられる。手の平が頬に触れると閉じた瞳はゆっくりと再び開かれた。

「………」
「………」

 少し遠い位置にあるヘッドライトと窓から挿す月光に煌く紅玉がゆるりと揺らいで見える。まるで水中に宝石を投げ込んだようで、思わず引き寄せられてしまう。
 少しずつ近づく顔に息も出来ないほどの苦しさを感じるのに、『ソレ』は決して苦しいだけのものではなく…淡い闇を纏った顔は昼間見せる表情とは打って変わってどこか艶を帯びていた。闇夜に光る猫の目のような翡翠の瞳は真っ直ぐ己を射竦める様に見つめ、反らす事を許さないように体の自由を拘束してしまう。鼻先がぶつかりそうな位置まで近づき互いの呼吸が合わさると刹那は何かに誘われるように瞳を閉じた。
 間近にあった紅玉が隠されてしまいそれを追うように唇が目尻に触れる。柔らかな感触が押し当てられて唇が微かに肌を食むような動きをしてぴくりと肩を跳ねさせると、そっと離れていってしまった。

「………」
「………」

 そろりと薄く瞳を開くと頬に触れていた手が前髪を掻き上げて晒された額にも温かく柔らかな感触を押し当ててきた。それもすぐに離れていってしまったので閉じた瞳を開けばピントの合う位置にロックオンの顔があった。

「…おやすみのキス…」
「……おやす…み…?」

 オウム返しをしてしまえばにっこりといつもの笑みで頭を撫でてくれる。ヘッドライトを消すついでに持っていたタオルをサイドテーブルに放り、人肌に温められた掛け布団が一枚肩に掛けられた。それでやんわりと包み込まれると、昨夜のように抱き寄せられて寝転んだ。

「明日は情報収集だからな。今日はゆっくり眠っておかないと。」
「…ん……ロックオン…」
「うん?」
「…シャツ…掴んでもいいか?」

 半分眠りに落ちた声が遠慮がちに聞いて来るのへ快諾してやれば「ありがとう」と呟き、数分も経たない内に眠りの虜になってしまった。
 その表情を見ながらロックオンは苦笑を浮かべる。

「…まったく…俺もどうしちまったんだろな?」


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視姦してるわけではないです。←
EDの散髪に繋がるような展開を盛り込んでみました☆

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